著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
国語教師として身につけるべき音読指導法とは
名進研小学校国語顧問教諭岩下 修
2018/6/1 掲載
 今回は岩下修先生に、新刊『岩下修の国語授業 国語力を高める究極の音読指導法&厳選教材』について伺いました。

岩下 修いわした おさむ

名古屋市生まれ。公立小学校教諭、立命館小学校教諭、立命館大学非常勤講師を経て、現在、名進研小学校国語顧問教諭。著書に、『AさせたいならBと言え』『改訂新版 続・AさせたいならBと言え』『国語の授業力を劇的に高めるとっておきの技法30』『指導案づくりで国語の授業力を高める』『岩下修の国語授業 授業を成立させる基本技60』『岩下修の国語授業 書けない子をゼロにする作文指導の型と技』(以上明治図書)ほか多数。

―本書では、先生が開発されてきた「日本語の理に適った音読法」をおまとめいただきました。この「理に適った音読法」を身につけさせることで、子ども達の音読や国語学力にどのような変化が現れるのでしょうか?

 子ども達の音読があっと言う間に変わります。今年度の2年生。4月の1時間目から劇的に音読が変わりはじめ、この2か月で、私が見たこともない姿になっています。一人一人の中にある回路がつながった感じ。教室の中に、毎時間、巨大で心地よいエネルギーの空間が生まれる感じです。
 なぜこんな音読が生まれたのか。むだの少ないシンプルな指導法にたどり着いたからだと思います。それが、文章の「意味句読み」であり、詩歌の「リズム読み」です。無理・無駄・誇張のない、ごく自然体の音読法です。この音読法が、子ども達にヒットしているのだと思います。
 この「理に適った音読法」は、映像と意味に対する喚起を重視した音読法です。読み手自身に理解を促します。「音読はすでに読解」なのです。またこのように表現された音読は、聞き手にも映像を伝え、聞き手の読解をも促します。
 子ども達の音読する姿を見て思います。「頭によい」「心によい」「からだによい」音読法だと。

―U章では、「追い読み」「一斉音読」「リレー音読」など、さまざまな音読練習法をご紹介いただいています。この部分はどのように活用できるでしょうか?

 「〇〇読み」。以前から、さまざまな教室音読が実践されてきました。私は、現在、音読指導の大半を「追い読み」で行っています。指導の言葉はただ一つ。「先生の読むように読んでください」。実は、この一つの指示で、信じられないような音読空間が生まれています。「追い読み」の際、「教師は同じ音読を二度行う」これがポイントです。「追い読み」のバリエーションの他、「一斉読み」「リレー音読」も紹介しています。さまざまな「〇〇読み」の中から、実際に私が行っている「頭によい」「心によい」「からだによい」音読法を紹介していますので、本書に示した通りに、そのまま、おためしください。

―V章・W章では伝統的言語(文語体)詩文、現代詩歌の厳選教材を、その音読法とともにご紹介いただきました。これらの教材は、どのような観点で選ばれたのでしょうか?

 現在、伝えられている文語体の詩歌、文章は、成熟度が違います。「理に適った音読法」をあまり考えなくても、音読すれば、リズム(歌)がうまれ、映像(文学)が生まれます。文学性と音楽性が豊かなのです。教科書で紹介された詩文も入れていますので、即、活用できるかと思います。
 口語体の詩は、さまざまな仕掛けを使い、文語体の詩歌に負けない試みがなされてきたように、私には見えます。その中から、金子みすゞ、まどみちお、宮澤賢治、新美南吉の作品を紹介しました。比重は違いますが、文学性と音楽性を豊かに備えた作品ばかりです。
 文語体の詩文やすぐれた口語体の詩文を音読することで、日本語の「表情」「響き」「リズム」「働き」が理屈抜きで身体化されていきます。身体化した日本語は、まさに、「一生もの」として、読解の場、作文筆記の場、そしてコミュニケーションの場で発揮されていくと考えています。

―先生は本書で「音読のない国語授業はない」と述べられていますが、国語教師はどのような音読の指導力を身につけるべきだと思われますか。

 ある場面の物語の授業をするときに、まず、場面の音読をします。発問・指示を出し、対話が始まります。教材中の言葉が話題になったとき、「読んでみましょう」と言って、一斉音読します。板書したことを、「誰か読んでください」と言ったりもします。子ども達は、音読することで、何度も、授業に参加する形となります。理解と表現を促す音読活動は、国語授業には欠かせません。
 子ども達に、ひたすら「先生のように読んでください」と言えるような音読指導力を身につけてほしいと思います。必要なのは、先生の読み方が気にならない音読です。「機械的な読点一拍休み」とか、「文末・文節末のりきみ」は、なぜだめなのか。その箇所が気になってしまうからです。その瞬間に、大事な情報や映像はかき消されてしまいます。このことに気づくのに、私は何十年もかかってしまいました。試行錯誤の何十年間を一気に飛び越えて、「理に適った音読法」をぜひ身につけてください。

―最後に読者の先生方へのメッセージをお願いします。

 子ども達は、先生がどんな音読をしようと、1年間、その音読につきあうことになります。これは、おそろしいことです。私は、テレビのナレーターの読み癖が気になり、違う番組に変えることがあります。子どもには、一切、それができないのです。
 「頭によい」「心によい」「からだによい」音読が子どもに生まれる教室にする。そのためには、まず、教師自身、そのような音読ができるようになることが必要ですね。本書で示したように、教材に印をつけて練習してから授業に臨んでください。練習の時間がないと言われる方は、「授業の本番で自分の音読を鍛える」、この精神で行きましょう。自己流でなく、本書で示した「理に適った音読」を意識して、音読の面白さ、音読指導の面白さ、子ども達とともに言葉を獲得し自分の世界を広げていく面白さを味わうことができると確信しています。そして、困ったら、いつでも見に来てください。いっしょに音読しましょう。

(構成:木山)
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