1 はじめに
2018年3月に日本学級経営学会(共同代表理事 阿部隆幸、赤坂真二)が立ち上げられました。日本学級経営学会は、研究知が他の分野に比べて少なく経験則で語られがちな学級経営について、研究知を積み重ね、学級担任や学級経営に関心をもつ皆さんと分かち合うと共に、日本の教育に貢献していこうという趣旨の元に設立されました。詳しくは、ホームページをご覧ください。さて、その学会のメンバーでこれから1年間、こちらの連載を担当させていただくことになりました。
教科指導の結果は、テストなどで定期的に子どもたちの状況がフィードバックされるので、成果や課題は見出しやすい状況にあることでしょう。しかし、学級経営にはそうした明確な評価の基準も規準も共有されていません。したがって、知らず知らずに学級が危機を迎えていて、気づいたときにはもう「手遅れ」などということがあります。人間ドックのように、学級経営にも定期健康診断が必要だと考えています。ここでは、学術的な話というよりも、毎月、その時期に応じた学級経営のポイントをお知らせし、読者の皆さんの学級経営を振り返っていただく機会にしていただけたらと思います。第1回目は、上越教育大学の赤坂真二が担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
2 「6月危機」は存在するのか
さて、かつてから学級経営には危機とも呼ばれるクラスが不安定になる時期が伝えられてきました。それが、6月、11月、2月と言われています。これは実践家の経験則です。経験的に「どうもそのようなことがありそうだ」と実感されているわけです。明治図書の雑誌『授業力&学級経営力』の特集タイトルを見ると、2019年6月「荒れはじめのリカバリー術」、2018年6月「「魔の6月」乗り切り術」、そして2015年6月「「魔の6月」を乗り切る!学級&授業づくり3原則」とあります。この雑誌が刊行された2015年から3回の特集が組まれていますが、果たして「6月危機」なるものは本当に存在するのでしょうか。「学級の荒れの時期」を詳細に調べたものは、私が探す限り見つかりませんでした。
しかし、大津市が平成30年1月に発表した「平成29年度いじめについてのアンケート【調査結果報告書】」に興味深いデータが示されています。小中学校の児童生徒に、前の年に「からかわれたり、悪口やおどし文句、嫌なことを言われたりした」「仲間はずれにされたり、無視されたり、陰で悪口を言われたりした」などの行為を、「特に強くされた時期」を聞きました。すると、1370人の児童生徒の回答をまとめると次のグラフのようになりました。
(大津市「平成29年度いじめについてのアンケート【調査結果報告書】より、筆者作成)
こうして見ると高い割合を示すのが、3学期制で言うところの1学期は6月、2学期は11月、3学期は2月であることがわかります。さらに、「誰からされたか」との問いに、「同じクラスの男子」、「同じクラスの女子」の答えが、それぞれ、53.4%、36.6%であり、クラスメートからそうした行為を受けているとのことです。この調査では、学級が荒れているかどうかまではわかりませんが、学級における子どもたちの人間関係のトラブルが起こる割合が高くなっている時期が存在することがわかります。実践家の伝える経験則は妥当な感覚だと言っていいでしょう。
脳科学者の中野信子氏は、「いじめが増える時期は6月と11月」と言います*1。この時期は「日照時間が変わる時期にあたるので、セロトニンの合成がうまくできず、分泌量も減り、その結果、不安が強まり、“うつ状態”を経験する人が散見される季節」なのだそうです*2。さらに、「セロトニンは安心感をもたらすホルモンで、「セロトニン不足」は不安を招くだけでなく、暴力性を高め、過激なギャンブルにはまるなど、悪い結果になることを承知しつつも、それを止められない、“衝動性”を招く」とも指摘しています*3。
6月、11月は、学校の年間計画から見ても、運動会や文化祭などの大きな行事があります。また、校内研修、公開授業が本格的に始まると共に、外部の教員組織の事業も始動し、教師が多忙を極めていく時期でもあります。教師の関心が児童生徒に向けられなくなり、それまでそれなりにやる気をもって物事に取り組んで来た子どもたちのパフォーマンスが落ちることもあるでしょう。そんなときに、余裕を失った教師が、子どもたちを叱る、注意するなどのことが多くなり、信頼関係を崩し、クラスが荒れてしまうことは起こり得るのかもしれません。
これらのことから考えると、子どもたちが不安定になる時期というのは潜在的に存在し、いじめなどの問題行動やクラスの荒れが起こるリスクが高まっていると言っていいのかもしれません。少なくともこうした可能性を考慮しながら、学級経営をしていく必要はありそうです。
3 「6月危機」を乗り切る
クラスの緩みは、ルールの揺らぎです。子どもたちの荒れに気付いたら、注意したい、叱りたい、ここは引き締めたいと思うことでしょう。4月、5月は挨拶や返事ができていたのに、この頃はできていない。言葉遣いが悪くなってきた。忘れものが多くなってきた。時間を守らなくなってきた。それらに対して「〜しなさい」「〜しましょう」とできてないところを指摘する指導をしたくなるかもしれません。そうした指導をする前に考えていただきたいことがあります。
それまでできていたと思われる行動は、身についたものではなく、子どもたちが、教師の期待に応えようとして少し「背伸び」をしていてくれたものかもしれません。教師への信頼があればこその行動です。しかし、子どもたちとあなたとの信頼が揺らぎ、「背伸び」をやめてしまったのかもしれないと考えてみたら対応のヒントが見えるでしょう。そこで、注意や叱責を多用してしまったら、ますます、信頼関係が損なわれていくとは思いませんか。信頼関係が壊れたら、もう、指導は入りません。それこそ、学級崩壊の始まりです。
取りあえずできていないところには目をつぶり、先ずは、できているところの指摘から始めましょう。細かく見たらほころびはあるでしょうが、4月から比べたら、何か成長しているはずです。そこを探して、指摘し、喜び、感謝します。それに全員ができていないことなどないでしょう。必ず、できている子どもたち、やっている子どもたちがいるはずです。その子どもたちを承認します。「嬉しいな」「ありがとう」と声をかけます。
もし、どうしても修正が必要だったら、叱ったり、注意したりするのではなく、やり直しをさせます。やり直しをさせる時に、「怒り」を用いる必要はありません。ルールを確認して、もう一度取り組ませます。不適切な発言をしたら、「○○さん、そういう言葉は使わないんだったよね。違う言葉で言ってくれる?」というように感情的に追いつめないように適切な行動を促します。指導したら、「わかる?」と尋ねて、指導を受け入れたら「ありがとう」と感謝をします。そして、修正をしたら、目を見てニッコリ微笑んで頷くなどの承認の合図を送ります。これらの具体的な指導行動は、例ですから、みなさんが取り組みやすいようにやってみてください。
なお、この指導の前提として、同時進行で子どもたちとの信頼を強化していくことが必要です。楽しい授業をすることやイベント活動も有効でしょうが、実際には、とても多忙な時期だろうと思います。教材準備やイベントの時間を取ることが難しい場合もあるでしょう。信頼強化には、子どもたちとのふれあいの時間の確保をお薦めします。おしゃべりして一緒に笑う時間を1日に一定時間「天引き」するように確保するのです。ふれあいの時間があって始めて「ルール指導」は機能します。
うまくいっていても、うまくいっていなくても、6月は潜在的に危険な時期であると自覚し、少し丁寧に学級経営を進めることが大事です。世の中の成功者たちは、大胆に見えて、実は細心の注意を払っているものです。
【注】
*1 中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』小学館新書、2017
*2 前掲1
*3 前掲1
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- 1
- 名無しさん
- 2019/6/30 9:49:13
6月危機については昨年度、自分自身が経験してとても大切であることを実感しました。子どもたちのあれが出てくる時期、教師と子どもとがつながるすべがないと、夏休み明けにとんでもないことにつながります。こうした記事を掲載していただき、感謝します。今年度は昨年度の反省を生かし、学級経営を進められていることが何よりの進歩です。