<日本学級経営学会発>学級経営ガイドブック
日本学級経営学会のメンバーによる、読み切り学級経営ガイド。明日の学級づくりに役立つ実践的な内容が満載です。
学級経営ガイドブック(10)
「教室マルトリートメント」を生み出す教師の圧
東京都立矢口特別支援学校川上 康則
2020/3/25 掲載

1 教室に不用意に吹かせている「風」を自覚しよう

 教師は、常に教室の空気感をつくり出しています。子どもたちも、教師の佇まいや立ち居振る舞いに合わせて態度を変えます。厳粛な教師のもとではピリッとした雰囲気になりますし、弱めの圧の教師の前では緩んだ雰囲気になります。そうした教師の醸し出す空気感を、多賀一郎氏(2014)は「風」と表現されていました。
 学校現場では、とかく「どうすればあの子(たち)を変えられるか」という方法論が話題になりがちです。しかし、対応の本質は「どういうアプローチで迫るか」ではなく、子どもたちを「どのような風で包むか」という教師側のふるまいで決まります。もし、クラスが落ち着かない、子どもが言うことを聞かないなどの「窮地」に陥ったら、自分自身が教室に吹かせている「風」を自覚することから始めてみましょう。

2 「風」を吹かせ続けると、やがて「圧」になる

 風は、瞬間的なものです。大声で強い指導をすると、子どもたちは瞬間的に行動を止めて固まります。動きだけでなく、思考も止まります。「鋭い風」「尖った風」がその場に吹くからです。
 もし、この風を継続的に吹かせ続けたらどうなるでしょうか。精神的に追い込む「圧」(pressure)になっていきます。子どもたちは、大人の顔色をうかがいながら行動するようになり、主体性を失っていきます。
 「学校には圧が強い教師と弱い教師がいる」と看破した俵原正仁氏(2019)によれば、圧が強いタイプは、良く言えば「エネルギーに満ちている」、悪く言えば「厳しい、一緒にいると疲れる」という基本的特性があり、圧が弱いタイプは、良く言えば「優しい、子どもに寄り添う」、悪く言えば「元気がない、優柔不断、何をしても叱られない」と感じさせる要素をもっているとされています。ここでは、「圧の強い」タイプの教師が無自覚なうちに起こしてしまいやすい「教室マルトリートメント」について取り上げます。

3 教室マルトリートメント(Class maltreatment)

 マルトリートメント(maltreatment)は、1990年代の終わりに日本で使われはじめた言葉で、「不適切な関わり」を意味します。児童虐待(child abuse)の意味をより広く包括的に捉えた概念であり、例えば「子どもの手の届くところに、無造作にたばこやライターを置く」なども、危険を予知できていない不適切な対応として取り上げられています。
 学校現場では、この虐待という行為を「保護者が我が子にする行為」として家庭の問題だと捉えられがちです。しかし、高齢者施設での「高齢者虐待」や障害者施設での「障害者虐待」がニュースなどで取り上げられるように、学校現場において教師が子どもにマルトリートメントと見なされるような行為をしているケースも決して珍しいことではありません。
 宮本信也氏(2020)によれば、教育現場で行われる「威圧的な姿勢で行う教育」や「子どもが自信を無くすような強い叱責」、「子どもの気持ちを傷つけるような言動」などは、「心理的虐待」として整理できると言います。「圧の強い」タイプの教師は、教室にいるだけでそうした雰囲気を醸し出している可能性がありますし、無自覚にこれらの指導で子どもたちをコントロールしている危険性すらあります。
 さらに、「学習上の課題がある子どもを支援しない」とか「子どもが自信をもてるような働きかけをしない」などは、必要な教育活動を放棄する「ネグレクト」と同じであるとも整理しています。特別な配慮や支援を必要としている子への関わりについて「この子にはそういうものは必要ない」と拒んだり、支援員や介助員に丸投げしたりするような行為は、まさに教師によるネグレクトと言ってよいでしょう。また、子どもが自分の思い通りに行動してくれない場面で、「じゃあ、好きにすれば」とか「もういいわ、さよなら」などの言葉を投げかけてしまうような場面はありませんか。これは「ネグレクト」と同じで「自分は先生から大切にされていない」と感じさせる結果につながります。

4 自分が発している「圧」へのアンテナを高くもとう

 多くの人にとって、虐待のイメージは「全身傷だらけ」であったり、「食べ物を与えられずやせ細った体」であったり、義父や内縁の父からの暴力や性的行為を打ち明けられなかったという「悲惨なストーリー」なのだろうと思います。何となく、日常とかけ離れた、自分と無縁の世界という印象をもたれていたのではないでしょうか。
 しかし、実際のマルトリートメントは、多くの人の身の回りで、しかも日常的に起こっています。特に、学校現場におけるマルトリートメントは、友田明美氏・藤澤玲子氏(2018)の言葉を借りれば「多くの人が考えるよりももっと目立たない種類の、もっと残虐性を感じない、もっと曖昧で地味なもの」であり、だからこそ深刻な事態を引き起こす行為なのだと言わざるをえません。

  • たとえば、授業で「分かる人」と挙手をうながし、手を挙げた子だけを指名し、次の展開に移るという場面。手が挙げられない子は「ネグレクト」されていませんか。
  • たとえば、「そういう子は1年生からやり直してください」と、子どもを発奮させるつもりで伝えた一言。その子は「心理的虐待」を受けたと感じていませんか。
  • たとえば、強い圧で一見静かな学級をつくっている教師。「自分は指導力が高い」と誤解していませんか。

 教育現場においては、これまで、体罰的指導やセクシャル・ハラスメントが処罰の主な対象になってきました。上記のような光景は、日常のごくありふれたエピソードで、問題にすらならなかったように思います。しかし、教育という名の「心理的虐待」や「ネグレクト」が行われていないかを再検討する時代に入ってきていると思います。マルトリートメントという考え方は、教師にとっても「自分が発している圧」を見つめ直すきっかけになる、そう願ってやみません。

5 「焦るな、威張るな、俯くな、笑み忘れるな、怠るな」の五訓を胸に

 強い圧で子どもたちに関わり続ける教師の多くは、「そうしていないと教室内の秩序が乱れて、収拾がつかなくなってしまう」という不安を感じています。また、周囲からの視線を強く意識してしまうところがあり、「早く目の前の状況をなんとかしろ」と思われているのではないかという危機感から追い詰められて、圧を強くしていく場合もあります。
 圧を強くすることで静かなクラスをつくり上げてきたという「間違った成功体験」を積んでしまった「こじらせ教師」がたくさん揃った学校は、とても危険です。職員室内で圧の弱い先生へのいじめが始まります。
 教室マルトリートメントは、日々の心がけ次第で防げます。その心がけを「五訓」としてまとめてみました。

あ:「焦らない」 うまくいかない状況でも決して焦らないことです。
い:「威張らない」 威張っても人の心はついてきません。
う:「俯かない」 失敗を受けとめ、前向きに捉えましょう。
え:「笑みを忘れない」 常に笑顔と安心感を届けましょう。
お:「怠らない」 日々の準備と研鑚を怠らないようにしましょう。

 全国のすべての教室が、温かい風と心地よい圧に包まれ、安心して主体的に学べる場になることを願いつつ……。

【参考文献】
多賀一郎(2014)『ヒドゥンカリキュラム入門 学級崩壊を防ぐ見えない教育力』明治図書
俵原正仁(2019)『「崩壊フラグ」を見抜け! 必ずうまくいくクラスのつくり方』学陽書房
宮本信也(2020)『愛着障害とは何か 親と子のこころのつながりから考える』神奈川LD協会・エンパワメント研究所
友田明美・藤澤玲子(2018)『虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ』新曜社
川上康則(2020)『子どもの心の受け止め方 発達につまずきのある子を伸ばすヒント』光村図書

川上 康則かわかみ やすのり

1974年東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師。臨床発達心理士。特別支援教育士SV。NHK「ストレッチマン・ゴールド」番組委員。一般社団法人日本授業UD学会理事。特別支援教育の立場から、通常の学級における学級経営や家庭での子育てなどに幅広く携わる。主な著書に、『〈発達のつまずき〉から読み解く支援アプローチ』(学苑社)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書)など多数。

(構成:及川)

コメントの受付は終了しました。