世界一わかりやすい道徳の授業づくり講座 対話でつくる道徳の学び
いよいよスタート目前の「特別の教科 道徳」。身構えなくても大丈夫。考え、議論する道徳にはもやもや・ワクワクがたくさん!対話的な子どもを育てる道徳の授業づくりを始めましょう。
世界一わかりやすい道徳の授業づくり講座(4)
考え、議論する道徳に変えるためには?〈1〉
コンピテンスと考える道徳
立命館大学大学院准教授荒木 寿友
2017/9/25 掲載

道徳科の一番の核は、なんといっても「考え、議論する道徳」にあります。今回は「考える道徳」に焦点を当てていきましょう。

2030年以降の世界はどうなっている?

 最近、小中学校の研修にお呼びいただく機会が増えたのですが(ありがとうございます!)、特に、新学習指導要領のお話をさせていただくときに、必ず先生方に以下のことを問いかけてミニワークを行います。
 「2030年以降ってどんな世の中になっていると思いますか?」
 わかるわけないですよね(笑)、そんな先の世の中なんて。先生方の反応は様々ですが、そのほとんどはあまり楽観的ではありません。人工知能(AI)の台頭、人口比率の変化(若者の減少と高齢者の増加)、教室環境の変化(ほとんどがICTになっているんじゃない?)、職業の変化、海外との関係など、いろいろなトピックの動向を示してくださる中で、そのどれもが必ずしもよい方向に変化するわけではない、むしろどう変化してくのか読めないという意見を出してくださいます。
 実際のところ、2030年になってみないと本当の答えはわからないのですが、少なくとも言えることは、今の子どもたちが社会に出て働き始める時期がまさに2030年代以降であり、日本や世界を支えていく大きな担い手になっているということです。つまり、「どんな変化がやってくるのかわからない先行き不透明な世の中を生き抜いていく力」を子どもたちに育てていく必要が、今の私たちにはあるのです。

コンピテンスと新学習指導要領

図出典:国立教育政策研究所「キー・コンピテンシーの生涯学習政策指標としての活用可能性に関する調査研究」(https://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/div03-shogai-lnk1.html)を元に作成

 そこで出てきたのが「コンピテンス」という考え方です。もともとは仕事において高い成果を出す行動特性や職能を表す言葉ですが、簡単に説明すると、何かについて知っているだけでは仕事をうまくこなしていくことはできず、仕事に向かっていく動機付けや態度、知っている知識などをどう活用していくかといったものもすべてひっくるめて、人間の「コンピテンス」(能力)として捉えていこうとするものです(図参照)。
 このコンピテンスは、2017年3月告示の学習指導要領では「資質・能力」と表現され、「知識及び技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」という三つの柱で捉えられました。(ただし、こういった「資質・能力」が単に国家の要求する人材育成のみに関わるのか、より広い視野から教育的な観点で語られるのかについてはさらに議論が必要だと思っています。)
 道徳教育は、一部改正というかたちで2015年3月に先行的に改訂がなされました。もちろん、この改訂の背後には、当時中央教育審議会で議論されていたコンピテンスについての考え方があったといえるでしょう。ただ、時期的にコンピテンスの議論はまだ熟していない時期でもあったわけで、2014年頃は「思考力」を中核にした能力観が引き合いに出されていました(これについては拙著『ゼロから学べる道徳科授業づくり』を参照してください)。
 つまり、思考力をいかにして育成していくかという視点で学習指導要領の改訂は今後進んでいくはずなので、先行的に改訂される道徳教育も、道徳における思考力をいかにして育んでいくかという視点、すなわち「考え、議論する道徳」という方向で改訂がなされたのです。結果的に、「資質・能力」の三つの柱の一つに思考力は位置付けられたので、筋は通っていますね。
 要するに、これから先不透明な世の中を生き抜いていくためには、誰かが言っていることを鵜呑みにするのではなく、他人の意見に流されてしまうのでもなく、自分の頭で考え、判断していくこと、そしてそれが独りよがりの独善的なものにならないために他人と協力していくことが道徳科においてねらわれたのです。

あーでもない、こーでもないと考える過程が大切、というわけですね。あ、もしかしてこれこそが、「もやもや」ですか?

「考える道徳」って何?

 そのとおり! すでに第一回目の連載で、もやもやと悩むことの大切さについてはお話しましたので、今回は別の視点から「考える道徳」を見ていきましょう。
 「考える」にもいろいろなレベルがあることは、みなさんも経験的に感じていると思います。浅い考えもあれば深い考えもあります。浅い考えって、たとえば「短絡的」(原因と結果をすぐに結び付けてしまう)、「一面的」(一方向からしか物事を眺めない)、「表層的」(うわべだけで物事を捉える)といった言葉が考えられます。もちろん私たちが目指していきたいのは、短絡的で一面的で表層的な道徳ではなく、「深く考える道徳」、つまり「熟慮する道徳」なのですが、この熟慮ってどうすれば道徳の授業で取り入れていくことができるのでしょうか。
 「熟慮」については、デューイなど多くの教育学者が論じています。あまり突っ込みすぎると小難しくなってしまうのですが、たとえばデューイはやみくもに試行錯誤を繰り返すことを熟慮とは呼んでいません。あれやこれやとやってみる中で関係性を見出していくこと、こうすればどんな結果(未来)が生まれるのかなと物事の前後に関連を見つけること、つまり現在と未来を意図的に結び付けることを熟慮とみなしています。そしてさらに結末への関わり、未来の結果に対して責任を引き受けることも熟慮と捉えています。
 以上から「深く考える道徳」とは、次のように捉えられるでしょう。

・即断即決ではなく、様々な可能性を探ること
・できるだけ多様な面から物事を捉えてみること
・物事の本質(不可欠なもの)は何か探ってみること
・物事の関係性を見出したり、意味付けを行うこと
・自らが考えた結果に対して責任を持つこと

「考える道徳」とは、誤解を恐れず端的に表してしまえば、思考停止しない道徳、わかったつもりにならない道徳、つまり問い続ける道徳であるといえるでしょう。
 上記の点を一つの授業ですべて網羅することはなかなか難しいかもしれませんので(むしろそうしてしまうと上辺をなぞるだけの授業になってしまうかもしれません)、「今日はこの点に焦点を当ててみようかな」と的を絞る方が有効です。また、これらの点から教師の受け答えを意識的に行ってみるのもいいでしょう。「それ本当なの?」、「それってどういう意味が考えられる?」、「そもそも主人公を突き動かしている原動力って何?」といった問いは、子どもの思考を揺さぶることにつながります。
 ただし、道徳的価値について考えるという点は常に意識しておいてくださいね。でないと、単なる揚げ足取りの問答になってしまいますよ。

第4講のまとめ

  • コンピテンス(資質・能力)の育成を念頭に置こう。
  • 物事を様々な側面から眺めてみたり、関連性を見つけ出したりするような、問い続ける、思考停止しない道徳を目指そう。

【参考文献】
国立教育政策研究所「キー・コンピテンシーの生涯学習政策指標としての活用可能性に関する調査研究」(https://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/div03-shogai-lnk1.html
デューイ著、松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波書店、1975年
奈須正裕『「資質・能力」と学びのメカニズム』東洋館出版社、2017年
ファデルら著、岸学監訳『21世紀の学習者と教育の4つの次元: 知識、スキル、人間性、そしてメタ学習』北大路書房、2016年
松下佳代編著『<新しい能力>は教育を変えるか―学力・リテラシー・コンピテンシー』ミネルヴァ書房、2010年
ライチェン、サルガニク著、立田慶裕監訳『キー・コンピテンシー』明石書店、2006年

荒木 寿友あらき かずとも

1972年宮崎県生まれ,兵庫県育ち。2002年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は道徳教育、教育方法、ワークショップ、カリキュラム開発。現在,立命館大学大学院教職研究科准教授。NPO法人EN Lab.代表理事。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン,アドバイザー。NPO法人cobon理事。国内外、大人子どもを問わず、さまざまなワークショップを展開する。
単著に『学校における対話とコミュニティの形成』(三省堂、2013年)、共著に『モラルの心理学』(北大路書房、2015年)、『考える道徳を創る「私たちの道徳」教材別ワークシート集』(明治図書、2015年)、『やさしく学ぶ道徳教育』(ミネルヴァ書房、2016年)、『戦後日本教育方法論史 下』(ミネルヴァ書房、2017年)など。

(構成:林)
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