勇気づけリーダーの学級経営〜これからを生きる資質・能力を育てる教師の役割〜
これからを生きる資質・能力を学級でつけるには?勇気づけリーダーの学級経営
勇気づけリーダーの学級経営(14)
適切な行動と不適切な行動の評価基準
〜これからを生きる資質・能力を育てる教師の役割〜
上越教育大学教授赤坂 真二
2018/7/15 掲載
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1 子どもたちが不適切な行動をする5つのパターン

図1

 第10回目の連載で、不適切な行動が起こるプロセスを述べました。覚えていますか。子どもたちの行動は、そのほとんどが居場所を見つけるための適応行動です。不適切な行動が発生するモデルを連載の10回目で簡単に図示しました。そこに、その後に述べた話を加味すると、上記のような図になります。子どもたちが不適切な行動をするのは、「適切な行動が無視されている場合」か、「不適切な行動が注目されている場合」と考えられます。その場合、子どもたちは、居場所の確保への危機感から不適切な行動(注目力比べ仕返し無能力の誇示)をするという誤った目標を抱く、という話でした。
 子どもたちが不適切な行動をするパターンはその他にもあります。下の図のようになります。

図2

 まず、子どもたちが自分のやっている行動が不適切であることを知らない場合です。次に、子どもたちが今やっている不適切な行動よりも適切な行動を知らない場合です。それから、上記の「不適切な行動が注目されている場合」には2種類あります。注目には2種類あるからです。不適切な行動に正の注目がなされる場合と、負の注目がなされる場合です。正の注目とは、促進の方向に働きかけるものです。授業中に私語をしたり、教師に反抗したりすると仲間から称賛を得られるような場合です。これをやっているのは主に仲間たちです。反抗した子を「お、よく反抗したね」なんてほめる教師はいませんからね。また、負の注目は、注意したり叱責したりする場合です。肯定的であろうと否定的であろうと、感情を示すことはそれがその行動を強化することになります。これを主にやっているのは教師だと想定されますが、周囲の子どもたちが加わっている場合もあります。キレれば、周囲の子どもたちは騒いだり怖がったりしてくれます。また、悪口を言うのも強化因子となります。
 不適切な行動は、人と人との間で育っていくなかなかやっかいなものです。

2 不適切な行動とは

 では、ここで不適切な行動について考えてみたいと思います。
 当然のことですが、不適切な行動をする子どもたちの全ての行動が不適切ではなく、適切な行動もしているはずです。そもそも学校に来てから帰るまでずっと不適切な行動をしている子なんているでしょうか。いや、比率で言ったら不適切ではない行動の方が圧倒的に多いはずです。
 試しに不適切な行動をしている子を一人思い浮かべて見てください。その子の学校における一日を想起してみてください。不適切な行動以外の行動もたくさんやっているのではありませんか。例えば、授業中に立ち歩く子は、45分や50分の間、ずっと立ち歩いているわけではありませんよね。キレる子が、ずっと怒りを顕わにしているわけではありませんよね。
 不適切な行動以外の行動が、全て適切な行動とは限りませんが、不適切な行動とそれ以外の行動を時間や数で比べたら、後者の方が多くなるはずです。ここで一つ問題となるのが、適切な行動とは何か、そして不適切な行動とは何か、ということではないでしょうか。みなさんが子どもたちの行動を、適切なものと不適切なものに分けるとしたらその基準をどこにおいていますか。
 本稿における見解を述べる前にまず、みなさんで考えてみてください。教室における気になる行動を挙げてみましょう。そうすれば大体予想がつくことでしょう。少し、思いつくままに書き出してみます。

○人をいじめる ○人の悪口を言う ○登校しぶり ○不登校  ○キレる ○離席する ○奇声を発する ○私語をする ○過度に甘える ○反抗する ○無気力 ○孤立しがち ○やたらと威張ったり仕切ったりしたがる   ○わがまま ○自信がない ○勝手に喋る ○発言しすぎる ○発言しない  ○順番を守らない ○行動がゆっくり ○清掃をさぼる ○係活動をしない ○ウケをねらった発言をする ○忘れ物が多い ○人によって態度を変える ○嘘をつく

 きりがないのでこれくらいにしておきましょう。こうした行動がなぜ、「気になる」のでしょうか。それは、これらの行動が、

感情を揺さぶる

からです。「気になる」とは、主観的な捉えです。これまでも述べてきたように、気になる行動は、私たちの感情が創り出しているものです。だから、その子がどんなに反抗しようが、あなたが気にしなければその子は気になる子にはなり得ません。では、なぜ感情を揺さぶられるのでしょうか。
 それには粗く言って2つ理由が考えられます。一つは、子どもたちが指導を受け入れないことや直接的な反抗的な行動、拒否的な態度によって教師の自尊感情が傷付くためです。そして、もう一つは、授業や学級経営などが思ったように進められなくなり職務遂行に不安が生じるためです。
 私が本稿で述べてきた不適切な行動というのは、これらとは重なる部分も多いですが、一致するわけではありません。アドラー心理学で言うところの不適切な行動とは、

集団に不利益を生じさせる行動

のことを言います。

3 指導が必要な領域と関心のない領域

 上記で示した行動が不適切な行動となるのは、「これらをすると集団の活動に支障が出る可能性がある」ときです。人をいじめることや悪口を言うなどのことは、クラスの信頼関係を損ないます。私語をする、離席するなどのことは、授業の成立を危うくし、集団の生産性を落とします。ということは、気になる行動でも指導しなくてもいい行動があるということです。
 教師はつい「気分に任せて」指導しなくてもいいことに口を出してしまい、あとで子どもたちから手痛いしっぺ返しをくらうことがあります。例えば、キレる子どもに対して「そんなに怒るものじゃない」と指導する教師がいます。しかし、世の中に怒らない人などいるのでしょうか。誰だって怒りを感じれば怒ります。ましてや成長過程の子どもが、腹が立って怒りを顕わにしたりすることはよくあることではないでしょうか。もし、その子が怒ってものを壊したり、人を傷付けたりしてしまったら指導すべきはそのことであって、「怒った」ことではないはずです。感情はその子、個人の問題です。怒ること自体は、不適切ではありません。不適切なのは、感情の表現の仕方です。「怒るな」と指導されると子どもたちは、自分の感情が理解されなかったと受け取り、教師に対して不信感を募らせることでしょう。
 また、特に小学校の教師に多く見られる傾向ですが、行動がゆっくりしている子がいると、ついつい「早くしなさい」と言ってしまいます。それが度重なると教師も苛立ちを隠せなくなってきます。その子だって早くしたいと思っているに決まっています。そんなことは小さい頃からずっと親に言われているはずです。その子は周りに比べて時間がかかっているだけであって、その子としては精一杯やっているのかもしれません。もし、その時間差が集団の活動に支障が出るほどだったら、周りで手伝ってあげたらいいのです。その子が、「自分でやる」と言ったら、待ってあげたらいいと思います。
 じゃあ、不登校は人に迷惑をかけていないから指導しなくていいのかと疑問に思う方もいるかもしれません。実際に、そうした主張に触れることもありますが、私はそうは考えません。不登校は確かに、誰にも迷惑をかけていないかもしれません。いじめを回避するためといった積極的な理由があればそれもやむを得ないことでしょう。しかし、そうではない場合は、社会との断絶による自己虐待になっている可能性があります。その子が社会と関わる力を失っていくのは、その子だけでなく、社会にとっても大きな損失です。だから、社会的関係を結べるように指導すべきことです。しかし、それが学校、とりわけ学級担任だけの仕事だとも思いません。「指導」というと誤解が生じる恐れがあるので、「かかわり」とか「ケア」と言った方が適切かもしれません。もし、その子の不登校が、社会に出るためのエネルギーを蓄えているのだとしたらそれはそれで必要な時間なのかもしれません。見守るというのも「かかわり」や「ケア」です。放置とは異なります。ただ、現在のような、学校に代わる受け皿が十分に整備されていない状況では、不登校は放置しておいてはならない事項だと考えます。

図3

 気になる行動と不適切な行動の関係を図に示しました。気になる行動は、教師が関心をもっている領域(関心領域)と捉えることができます。また、不適切な行動は、指導が必要な領域(要指導領域)と捉えることができます。先ほど述べたように、気になる行動には、必ずしも指導を必要としない指導不要領域があります。私は、この考え方を知って学級経営がかなり楽になりました。アドラー心理学の「不適切な行動」の捉えを知るまでは、気になることは何でも指導しなくてはと思っていました。結果的に指導しなくてはならないところまで目が行き届かなくなり、指導が必要な不適切な行動のなかに、指導が届かない無関心領域をつくってしまっていました。
 本来は指導しなくてはならないのに、指導の必要性に気づかないこの不適切行動における無関心領域の存在は、学級経営にとって脅威です。教室内の差別的な空気やちょっとした行動は、無関心領域内でどんどん育ち、ある日、重篤ないじめとして突然、要指導領域に入り込んできます。しかし、多くの先生方がご存知の通り、いじめは重篤な事態になってからできることはほとんどありません。
 私が最近心配しているのは、不登校が長期間にわたっている場合や家庭環境の複雑化によって引き起こされているのではないかという事案に対して、学校側の「諦め」のような空気を感じることです。確かに、現在の学校と家庭の関係性のことを考えると、学校が家庭にかかわることは容易ではありません。しかし、当該の子どもたちと周囲との関係が断ち切れることが最も破壊的なことだと思います。たとえ、完全登校が難しくてもつながり続けることが大切です。
 また、いじめによる悲劇が後を絶ちません。それと関係があるかどうかはわかりませんが、いじめ指導に対して自信を失っている教師にお会いすることが増えました。ネット環境などを巻きこんで繰り広げられるいじめに対して指導コストがあまりにもかかり過ぎて、どこか「引いて」しまっている状況が見られます。不登校もいじめも、大人が関心をもつことをやめたら、悪化することはあってもよくなることはないと思います。本当に指導すべきことを見極めて、しっかりとかかわっていきたいものです。

赤坂 真二あかさか しんじ

1965年新潟県生まれ。上越教育大学教職大学院教授。学校心理士。「現場の教師を勇気づけたい」と願い、研究会の助言や講演を実施して全国行脚。19年間の小学校勤務では、アドラー心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子どものやる気と自信を高める学級づくりについて実証的な研究を進めてきた。2008年4月から、より多くの子どもたちがやる気と元気を持てるようにと、情熱と意欲あふれる教員を育てるために現職に就任する。
主な著書に、『資質・能力を育てる問題解決型学級経営』『最高の学級づくり パーフェクトガイド』『スペシャリスト直伝! 主体性とやる気を引き出す学級づくりの極意』『クラスがまとまる! 協働力を高める活動づくり』『教室がアクティブになる学級システム』『アクティブ・ラーニングで学び合う授業づくり』『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』『学級を最高のチームにする!365日の集団づくり』『信頼感で子どもとつながる学級づくり 協働を引き出す教師のリーダーシップ』『やる気を引き出す全員参加の授業づくり 協働を生む教師のリーダーシップ 』『集団をつくるルールと指導 失敗しない定着のための心得』『気になる子を伸ばす指導 成功する教師の考え方とワザ』『思春期の子どもとつながる学級集団づくり』『いじめに強いクラスづくり 予防と治療マニュアル』『スペシャリスト直伝!学級を最高のチームにする極意』『一人残らず笑顔にする学級開き 小学校〜中学校の完全シナリオ』『最高のチームを育てる学級目標 作成マニュアル&活用アイデア』『クラス会議入門』(以上、明治図書)などがある。

(構成:及川)

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