教育オピニオン
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探究学習は「発表して終わり」でいい?
次期学習指導要領の議論から考える「探究の質」
立命館宇治中学校・高等学校酒井 淳平
2026/10/1 掲載

 「問いを立てる」「情報を集める」「整理・分析する」「発表する」。

 探究学習というと、こうした一連のプロセスを思い浮かべる先生は多いのではないでしょうか。地域に出かけてインタビューをする。グループでスライドをつくる。最後には成果発表会を開く。学校によっては、外部のコンテストに挑戦することもあります。

 もちろん、どれも探究を支える大切な活動です。

 しかし、これからの探究を考えるなら、一度立ち止まって考えてみたいことがあります。

「探究のプロセスを一通り経験したこと」と、「本当に探究したこと」は、同じなのでしょうか。

 次期学習指導要領に向けた議論でも、「探究の質」をどのように高めていくかが重要な論点になっています。

探究学習が「型をなぞる活動」になっていないか


 現在の探究学習で考えたい課題の1つが、探究そのものの形式化です。

 「問いを立てる→情報を集める→整理する→発表する」という手順は踏んでいる。でも、「なぜそのテーマを探究しているの?」と聞かれると、本人もうまく答えられない。調べ始めたときと発表するときで、考えがほとんど変わっていない。

 これでは、探究の「形」はあっても、探究の「中身」が十分に生まれているとは言えません。

 探究で大切なのは、決められたプロセスを最後まで走り切ることだけではありません。対象と関わる中で、「あれ?」「本当にそうなのか?」「もっと知りたい」と問いが動き、考えが更新されていくことです。

 これからの探究では、「何を調べ、何を発表したか」だけでなく、問いがどのように生まれ、学びの途中でどう深まり、考えがどう変わっていったのかを見ることが、より重要になっていくでしょう。

「立派な成果物=よい探究」ではない


 もう1つ見直したいのが、探究における「成果」の捉え方です。

 発表会で堂々とプレゼンできた。きれいなスライドが完成した。コンテストで賞を取った。

 こうしたわかりやすい成果が出ると、私たちはつい「よい探究だった」と考えたくなります。

 しかし、その成果物は、どこまで子ども自身が考えてつくったものでしょうか。

 教師がテーマを修正し、調査方法を提案し、発表資料を手直しして「よい探究」に仕上げれば、成果物の完成度は上がるかもしれません。一方で、子ども自身が迷い、選び、失敗し、考え直す余地は小さくなっていきます。

これから問われるのは、教師がどれだけ立派な探究を「つくらせたか」ではなく、子ども自身がどれだけ自分の学びを動かしたかではないでしょうか。

探究の評価も「成果」から「変容」へ


 そう考えると、探究学習における評価のあり方も変わってきます。

 毎時間振り返りを書かせる。活動の記録を残す。細かなルーブリックをつくる。子どもの学びを丁寧に見取ろうとするほど、評価材料は増えていきます。

 しかし、「すべてを記録しなければ」と考えるあまり、教師がパソコンや記録用紙に向かう時間ばかり増えてしまえば、本末転倒です。

 中央教育審議会の生活、総合的な学習・探究の時間ワーキンググループでも、総括的な評価のために細かな評価場面を設定したり、過度に評価材料を収集したりするのではなく、一貫した視点から児童・生徒の伸びを継続的・総合的に見取ることが議論されています。

 大切なのは、「どれだけ記録したか」ではありません。

問いはどう変わったのか。
他者との対話で、何を考え直したのか。
次に何を知りたいと思ったのか。

 こうした子どもの変容を見ることです。

ルーブリックも「採点表」から「対話の道具」へ


 その意味では、ルーブリックの使い方も見直すことができます。

 「この成果物は4なのか、3なのか」と正確に判定するためだけに使うのではなく、子ども自身が「自分はいまどこにいるのか」「次に何をしたいのか」を考えるために使う。

 つまり、評価を「測定」だけで終わらせず、「対話」につなげていくのです。

 教師から評価を与えて終わるのではなく、自己評価をもとに教師と子どもが話し、「なぜそう考えたの?」「次は何を深めたい?」と問い返す。そうすることで、評価そのものが次の探究を生み出す時間になります。

 この転換は、生成AIの活用が広がるこれからの学校で、さらに重要になるでしょう。

 文章を整える。情報をまとめる。プレゼンテーションの構成を考える。生成AIを活用すれば、完成度の高いアウトプットをつくるハードルは大きく下がりました。

 だからこそ、完成したレポートやスライドだけを見ても、その子自身がどのように考え、どのように学びを深めたのかは、ますます見えにくくなっています。

 完成品の「すごさ」以上に、そこに至るまでにどんな問いを立て、どんな情報を選び、何に迷い、どう考え直したのかを見る必要があります。

「何をしたか」から「何が変わったか」へ


 これからの探究を充実させるために、新しい活動を次々と増やす必要があるとは思いません。

 地域連携を増やす。外部講師を呼ぶ。発表会を豪華にする。コンテストに参加する。

 そうした「何をするか」も、もちろん大切です。

 しかし、それ以上に考えたいのは、その活動によって「子どもの何が変わったのか」ということです。

その活動を通して、子どもの問いはどう変わったのか。
考え方はどう揺さぶられたのか。
次に何を知りたいと思ったのか。

 探究の主役は、完成した成果物ではありません。

 問い、迷い、考え直しながら学んでいる、その途中の子どもです。

 「何をやらせるか」から、「どんな学びが起きているか」へ。

 そこに、これからの探究を考える大きな転換点があるのではないでしょうか。

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭。
文部科学省中央教育審議会教育課程部会 生活,総合的な学習・探究の時間ワーキンググループ委員。文部科学省国立教育政策研究所「『指導と評価の一体化』のための学習評価に関する参考資料 高等学校特別活動」評価規準,評価方法等の工夫改善に関する調査研究協力者。

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