教育オピニオン
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「若手教師はAIを使うな」は正しいか?
新年度までに考えておきたい、AIと教師の力の関係
大商学園高等学校藤井 海
2026/4/1 掲載

 SNSや学校現場で「若手はAIを使わない方がいい」「AIで楽をするな」という声を見かけることが増えました。しんどいことを乗り越えてこそ力がつく、苦労した経験が成長につながる。その考え方は非常によく分かります。

 僕自身、1から3年目は本当にポンコツでした。書類にシャチハタで押印して怒られたり、不備のやり直しで土日出勤したり。ワークを返しそびれてクリスマスに全家庭を回ったこともあります。そういう経験が今の自分をつくっている部分は、確かにあります。

 でも、僕が引っかかったのは「若手は」という主語です。問題は、若手かどうかではないと思うんです。

「使うな」ではなく「使いながら力をつけろ」


 結論から言います。若手こそAI使うべきでは、という話です。

 授業を作る力がある先生がAIを使えば、単純に時間が短縮されるだけです。自分の中に軸があるから、出力をうまく取捨選択できる。一方、まだこれからの先生は、AIを使って学べばいい。出力を見ながら「こういう構成があるのか」「こんな問いの立て方があるのか」と考えること自体が学びになります。

 たとえば通知表の所見。日頃から子どもの見取りを記録し、評価の軸をカスタムプロンプトに組み込んでいる先生なら、AIの出力は意味のあるものになります。その先生には、子どもを見てきた蓄積というソースがあるからです。でもソースがないまま丸投げして、出てきた文章をそのまま貼り付けるだけなら、それはダメですよね。SNSに「AIでこんな授業作りました」という投稿がありますが、その裏には、できる先生の蓄積が必ずあります。

 だから適切な指摘は「AIを使うな」ではなく「AIを使って楽をするな」のはず。若手の先生だって、出力を叩き台にして考えたり、「実態に合っていない」と気づいたりできる。それは力をつけるプロセスそのものです。

プロンプト力は授業構成力


 AIに授業を考えてもらうにはプロンプトが必要です。プロンプトを書くとは、「どんな力をつけさせたいのか」「子どもたちにどんな単元後の姿であってほしいか」を言葉で説明すること。これはイコール、授業構成力そのものです。鈴木秀樹先生のnote記事にも書かれていました(詳しくはnote記事をご覧ください)。

教師だったらプロンプト職人になれなきゃダメだろ。

 まさにその通りだと思います。

 経験の少ない先生がどこかから拾ってきたプロンプトでそのまま授業を作ると、目の前の子どもたちに合わないものが出来上がる。そして自分の中に軸がないから、生の授業の中で見取ることもできない。授業をするのはあなた自身ですからね。AIが悪いんじゃなく、まだ力が足りていない。だからこそ、その力をつけていく必要があるんです。

出力された言葉をどう受け止めるか


 AI時代に問われるのは、AIの出力をどう受け止めるかです。出力を正確に読み取る「表層読解力」、それを自分の授業という行動に変える「行動変換力」、そして実践を振り返る「メタ認知」。この3段階は、子どもだけでなく教師にも、一人の大人としても必要な力だと思います。

 AIを使ってもいいし、使わなくてもいい。でも、出した答えをそのまま使うのか、修正するのか、捨てるのか。その判断ができて、自分の授業という行動に変えられるかどうか。そこが大事なんだと思います。

 AI時代の教育がさまざまな場で議論されていますが、結局大事なのは、地に足をつけて目の前のことをどう捉えるか。現場でそれをどれだけ実感できるか。僕はそこを考え続けたいし、発信し続けたいなと思っています。

藤井 海ふじい かい

大阪府の私立大商学園高等学校で国語科教員を務める。Canva認定教育アンバサダー・ロイロノート認定ティーチャー・MIEE2025-2026。CEC大阪の運営として活動するほか、公立小学校の研修年間講師としてCanvaを活用した国語授業の研究支援にも携わる。ICT・AIを活用した授業実践の発信を行っている。

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