QA解説 「特別の教科 道徳」の授業づくり
教科化時代が来た! 新しい道徳授業の創り方を解説します。
QA解説 「特別の教科 道徳」の授業づくり(3)
「考える」「議論する」道徳とは…
筑波大学附属小学校教諭加藤 宣行
2015/8/30 掲載
  • 「特別の教科 道徳」の授業づくり
  • 道徳

A先生

 今年の3月には改正版の学習指導要領が、そして、7月にはその解説が出されました。今年度から移行措置期間、30年度から完全実施と聞いて、あまり時間がないことに気づき、焦っています。「考える道徳」などと言われていますが、実際問題として、道徳が教科になったことで、授業はどのように変わるべきなのでしょうか?
 例えば、導入や振り返り場面など、具体的な学習過程の部分で、今からできることを教えていただければと思います。

加藤先生からのアドバイス

 まずは「考える」「議論する」とはどういうことかを考えましょう。

  • 今までのような発問で、「考えたつもり」にさせて満足していてはいけません。
  • 相手を丸め込んだり、論破することを目的とする議論ではありません。

 次に道徳で「考える」べきことは何かを考えましょう。

  • 分かっているつもりの道徳的な約束事を再認識するだけでなく、「なぜそれが大切なのか」「それを大切にすることによって、自分たちの生活はどうなるのか」「それ以外のことで大切なことはないのか」などを考えることが大切です。

 そして、子どもたちを「考える」主体にした学習展開を考えましょう。

  • 子どもたちが自ら考えたくなる、実践したくなる導入、発問、板書の工夫が必要です。

解説

 文部科学省は次のように発信しています。

 このことにより、「特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは,道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」、「多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、誠実にそれらの価値に向き合い、道徳としての問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質である」との中央教育審議会答申を踏まえ、発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の生徒が自分自身の問題と捉え向き合う「考える道徳」、「議論する道徳」へと転換を図るものである。
(平成27年7月 小学校学習指導要領解説 総則編(抄))

「考える」「議論する」とはどういうことか

 子どもたちは様々なことを考えています。
 「今日の給食は何だろう」
 「宿題を忘れてしまった。どうやって先生に言おうか」
 「今日の算数の問題は、ちょっと難しいぞ、どうやって考えたらいいだろうか」
 「(授業中に)先生が聞いたことは、どういう風に考えたらいいだろうか」
 「休み時間、外で鉄棒しようか教室でおしゃべりしようか、どっちにしようかな」
 「先生はああ言ったけど、自分はここが引っかかる。みんなにもどう思うか聞いてみたい」
 すべて、ある意味思考活動ですよね。しかし、お気づきかもしれませんが、全て同質のものではありません。
 道徳で「考える」ということはどういうことでしょう。
 道徳的な諸問題について、考え、議論する、ということはもちろんですが、それだけでは足りません。例えば、「ルールを守らなかったら厳罰にするということについてどう思うか考え、それぞれの立場で議論せよ」というテーマが掲げられたとします。このテーマについて「賛成か反対か」という立場を明らかにするためにも考えなければなりませんが、その「考える」は、道徳教育で言う「考える」とは少し違います。道徳教育で言う「考える」は、「ルールはなぜあるのか」「ルールでなければ守らなくてもよいのか」「守るべきものは何なのか」ということについて考えることです。「ルールは守らなければならないから守る」というのは「考える」というより「条件反射」です。
 同じ理由で、「議論する」ことも、ただ「白黒つけるため」とか「どちらがいいかを決めるため」というのでは、ただの口達者を育てることになってしまいます。

道徳の授業でしかできないことをする

 前述した「ルールを守らなかったら罰金!」的なテーマは、道徳でなくても総合的な学習の時間や特別活動の時間でも、学習を展開することができます。道徳の時間にすべきことは、このテーマをきっかけにして、「ルールを守る主体者である、私たちがどのようなことを大切にすればよいのか、そうすることによってどのような恩恵がもたらされているのか」という、本質的な部分を考えさせることです。
 ですから、考えれば考えるほど「そういうことか、それは素敵だなあ」と心が動いたり、「よし、もう一度ルールを見直してみよう」とやる気がわいてきたりすることが大切です。「分かった!」と「いいなあ!」と「よし、やるぞ!」は連動しているのです。
 表面的な話し合いの活発さが歓迎されたり、意地の張り合いになったりすることのないような展開にすることを留意しながら、授業を構想したいものですね。

 道徳の授業でしかできない本質的な学びを促し、子どもたちを「考える主体」にして、話し合いたい、実践したいと思わせるようにしましょう。

 導入はどうするかなど、具体的な取り組みの改善方法については、次回からお伝えしたいと思います。

加藤 宣行かとう のぶゆき

東京生まれ。
神奈川県津久井地区公立小学校教諭を経て、現在、筑波大学附属小学校(道徳部)教諭。
筑波大学・淑徳大学講師。

(構成:茅野)
特集 「特別の教科 道徳」
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