フル・インクルーシブ教育の学校&授業づくり
インクルーシブ教育の最先端の研究を担う,東京大学大学院教育学研究科と大阪市立大空小学校の取り組みを紹介。
フル・インクルーシブ教育の学校&授業づくり(8)
養護教諭の役割を問い直す
東京大学特任研究員高橋 沙希
2019/1/20 掲載
  • フル・インクルーシブ教育
  • 特別支援教育

 学校を安心できる場所にするとはどういうことなのか。保健室だけが安心できる場所であっていいのだろうか。東京大学特任研究員の高橋さんが、大空小での養護教諭の役割に注目して、この点を説明してくださいます。

 私は、大学院の博士課程に在学中、中学校で養護教諭として1年間勤務していた経験があります。中学校で勤務しながら少なくとも保健室だけは子どもが安心できる空間であってほしいということを常に考えていました。しかし、大空小を訪れていくうちに、子どもにとって大切なのは、学校の一部分が安心できる空間になることではなく、学校全体が安心できる空間になることであるということに気づかされ、これまでの自分の経験を反省的に捉え直しました。そこで、以下では、大空小において学校全体が安心できる空間になるために養護教諭がどのような役割をもっているのかということについて、大空小で観察したことをもとに記してみたいと思います。
 現在、養護教諭には、身体や心のケアを通して、子どもがどんな生活背景・状況の中で過ごしているのかを察知することが求められており、大切な職務の一つになっています。養護教諭だからこそみえる子どもの様子を担任に報告し、子どもの成長に役立てることは、普段からどの学校でも行われていることと思います。これは、大空小においても同様です。ただし、大空小では、子どもの身体や心のケアを通して見聞きしたことを学校全体につなげるという機能を養護教諭がもっており、教職員同士をつなぐ役割を担っています。それは、単なる子どもの情報共有に収まるものではなく、教職員の間で新たな子どもの姿を発見したり子どもへの見方を変化させたりすることを含むものです。その役割を遂行するため、大空小の養護教諭は、基本的に職員室で仕事をしています。なぜなら、大空小の職員室は、本連載10月の記事で日野先生が書かれているように、子どもにとって「困ったときにここにきたらどうにかなる場所」であり、つなぎ直しが必要な子ども同士のトラブルがたくさん飛び込んでくるからです。そうした中に養護教諭がいることで、トラブルを乗り越える多くのアイデアが生まれると同時に、子どもの成長をみんなで見守り、みんなで喜ぶことを可能にしています。
 付け加えるならば、本来、養護教諭がいることの多い保健室は、職員室の雰囲気と比べると、かなり落ち着いた空間になっていて、常に誰かがいるわけではありません。しかしながら、保健室がそのような空間になっていることで、ゆっくり話を聞いてほしい子どもに対して、真摯に向き合うことができる場として保健室が機能しています。もちろん、子どもの体調が悪いときには休むこともできます。大空小の養護教諭は、保健室と職員室という2つの異なる空間を行き来することで、子どもが常に安心できる空間を学校全体に生み出す手助けをしているのです。
 さらに、大空小では、養護教諭が続けてきた教職員をつなぐことを通して、多くの教職員に子どもの心身への配慮の視点が共有され、子どもが安心して過ごすための工夫が学校空間全体を通してつくられています。その様子から、子どもの心身が安定することは、子どもが安心して過ごすための土台になっていることを学びました。それらは、学校をフル・インクルーシブな空間に作り替える際の第一条件になるのではないでしょうか。

まとめ

  • 大空小の養護教諭は、子どもの心身をケアし、教職員同士をつなげる役割をもっています。そのことによって、教職員全体を通して子どもの心身を配慮する視点が共有され、子どもが安心できる空間を生み出しています。

高橋 沙希たかはし さき

東京大学特任研究員、東京大学大学院教育学研究科博士課程院生。2015年度、中学校で養護教諭を勤めた経験をもつ。

(構成:赤木)
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