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道徳の教科化に賛成?反対?
教育zine編集部木山
2013/3/1〜2013/4/30 実施

 教育再生実行会議は、先月26日、安倍首相に「いじめ問題等への対応について(第一次提言)」を提出しました。この提言には、本質的ないじめ問題の解決策として、道徳を新たな枠組みによって教科化する必要性が明記されています。みなさんは、この道徳の教科化に賛成ですか? 反対ですか?

集計結果
賛成
21.8%
反対
76.5%
その他
1.7%
特集 「特別の教科 道徳」
コメントの一覧
40件あります。
    • 1
    • [その他]
    • 名無しさん
    • 2013/3/1 12:11:38
    twitterなどで多くのつぶやきがありますが,いじめの根本的な解決のために道徳の教科化が必要だという教育再生実行会議の提言は,道徳という大切な教育領域を矮小化して評価したものであると言わざるを得ません。道徳教育を現場で様々な工夫しながら実践してきた立場としては,単純に馬鹿にされたような思いがします。ただ,この提言に対する反発であって,現代教育科学657号で提案された道徳の教科化の方向には賛成です。
    • 2
    • [反対]
    • 太郎
    • 2013/3/1 13:54:32
    価値教育に国家が介入するなんて、独裁国家なみ…。
    • 3
    • [反対]
    • 田舎の先生
    • 2013/3/1 14:19:15
    人間の価値観を一定方向に誘導することが教育といえるのかという疑問が根底にあります。教育のさまざまな場面で道徳教育を推進することが今求められていますが、本当にそれでいいのかと思ってしまいます。
     一人ひとりの子どもたちが、大切にされ、必要とされる社会を目指すことが、今大切だと思います。教育という名の拷問が琴もたちをむしばんでいます。子どもたちの襲いかかるストレスを軽減しない限り、いじめは後を絶たないと思います。
    • 4
    • [賛成]
    • 名無しさん
    • 2013/3/1 14:33:01
    道徳の指導内容や指導法について明確なものがなく,若手の教員は何ともとに考えたらよいのか不明な状況である。教科化というで,直ぐに評価と結び付けて考えてしまいがちであるが,教科化の本質を全面的にだして,議論すべきである。
    • 5
    • [投票なし]
    • 名無しさん
    • 2013/3/1 15:55:53
    反対の先生方、教えてください。今現在、学校においてどのようなどうとくきょういくや道徳の時間の学習をなさっているのかを。まさか、年間35時間の道徳の授業をなさっていない訳ではないでしょうから。
    • 6
    • [賛成]
    • 新潟人
    • 2013/3/1 16:41:35
    道徳教育は、「人間としての生き方&在り方」を児童生徒に教え(伝える)、育てる(鍛える)のが、本来あるべき姿である。これは、全学校教育の場で教師に課された責務であるため、教科化に賛成。いじめ問題の解決に特化した考えは、狭い了見である。
    • 7
    • [投票なし]
    • 群馬
    • 2013/3/1 17:49:55
    道徳心を規定することは,国の求める画一的なヒトを育成することに繋がる恐れがある。
    • 8
    • [賛成]
    • 名無しさん
    • 2013/3/1 22:22:20
    昔はそうだった。
    • 9
    • [賛成]
    • 名無しさん
    • 2013/3/2 0:44:16
    道徳の授業は長いことまともにされてこなかった。私も子供時代まともに受けたことがない。そして教師になってからも「NHKのテレビを見せること」が道徳だと思わされていた。なぜなら回りが皆そうで、道徳の授業のやり方など誰1人として教えてくれなかった。「道徳は戦前の修身にあたるから必要ない」とさかんに反対していた。
    数年後、道徳の研究をしている職場に赴任。そこで初めて道徳の授業について知ることになった。それから私は道徳が好きになり、研究を重ね、学級経営を行うために重要な時間だと考え力を入れている。心の育っていない子どもが増えてきたと言われてずいぶん経つ。世を騒がす大きな事件から、今話題のいじめ事件まで・・・スルーされがちな道徳を教科にすることによって、教師全体が道徳について研究してしっかりと授業を行い子どもに考えさせることだ。そう、道徳は教え込むことでない。登場人物を通して自分を振り返り、意見を持たせることだ。決して教師が押しつけたり強制したりするものではない。
    • 10
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/2 0:51:20
    道徳は評価するものではない。
    現在の道徳教育に課題が多いのは事実だが教科にすれば問題が解決できるというものではない。教科にして一律に教え込んでいくようなことになると自分で考え、感じて行動する力が育成されない。
    • 11
    • [賛成]
    • 名無しさん
    • 2013/3/2 10:43:47
    道徳教育を、どの教師もしっかりと行っているのなら教科化をする必要はありません。しかし、私の周囲を見ると疑問が起きます。道徳教育は、全人教育として全教育課程の中で育むべきものです。が、あまりにも「心の教育」を怠っている教師が多いのではないでしょうか。だとしたら、教科として位置づけ、全国の全ての児童が「心の教育」を行う機会を少しでも増やすべきだと考えます。
    • 12
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/2 10:58:03
    心の育成は,教科書で教えるものがすべてではないし,それぞれの個の違いがある。教科にすることで対策を打ったという証拠にしたいだけではないか。家庭や地域,世の中の仕組みなど,いじめの背景は学校で解決できるものではない。もっと世の中を見直す改革が必要である。
    • 13
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/2 13:10:01
    道徳は大切だが,学校だけでなく,もっと家庭や地域でも教えたほうがよい。
    • 14
    • [反対]
    • aya
    • 2013/3/2 17:58:12
    道徳事態が必要じゃない訳では、ありません。今の学校の体制の中で、授業として実を得ることが、困難であると思うからです。いじめに対応して、道徳を授業にする事よりも、先生への、時間的、実務的フォローが必要ではないかと思います。
    • 15
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/2 20:31:51
    評価の見取りが難しいため、教科科は困難と考えます。
    • 16
    • [反対]
    • 福田秀志
    • 2013/3/2 21:52:16
     心を評価してはなりません。
    • 17
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/3 6:11:02
    大人の求める解答をしようとする子役を養成してもね。
    • 18
    • [投票なし]
    • 名無しさん
    • 2013/3/3 10:34:58
    評価してはいけないとか子役を養成してもとかいろいろおっしゃいますが、だからどんな道徳教育をなさっていて、どんな子どもたちを育てておられるのでしょうか?もし、現場の先生方のご意見なら、あなた方の道徳教育に関するサボタージュが子どもたちの現状にあらわれているのではないですか?現状でも、子どもの受け止めもよく楽しみになるような道徳の時間を実践している先生もたくさんいらっしゃるのですから。
    • 19
    • [投票なし]
    • 名無しさん
    • 2013/3/3 11:15:20
    評価ができないとか難しいという人に限って、点数つけて順位をつけりゃ評価したことになると思っている。そもそも、評価が簡単な教科なんてあるのかね?反対意見の多くは、単に道徳の授業を自分が実践する技術がないことに起因する現職教員たちの忌避意識でしょ。
    • 20
    • [投票なし]
    • 名無しさん
    • 2013/3/3 11:46:03
    修学旅行シーズンの新幹線に乗っているとわかるが、他の乗客の迷惑などお構いなしに騒ぎ暴れまわる児童、それを注意しないどころか一緒になって騒いでいる教員。こんなのを毎年のように経験していると、教員もろとも公共心の枠にガッチリはめて矯正してやりたくなる。文句や綺麗事を言う前に教えるべきことをきちんと教えなさい!今の枠組みで出来ないなら教科化されても仕方ない。
    • 21
    • [賛成]
    • 滋賀県人
    • 2013/3/4 11:17:31
    大賛成。道徳心のない教師が多くなり、教育が崩壊寸前。教員の勉強のためにも教科化を図るべき。適当に時間をつぶしてる人、大阪のように無意味な「にんげん」を強制させられている地域。まともに、道徳と向き合う時がきた。
    • 22
    • [賛成]
    • 鳥取人
    • 2013/3/4 15:15:23
    上記の提言をお読みになったでしょうか。ここには,『1.心と体の調和の取れた人間の育成に社会全体で取り組む。道徳を新たな枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育を行う。』とあり,その具体策が書かれています。ここには,今,現場で道徳教育として行われている学習が実効性の伴わないものであり,まず実践者たる教員の意識を変えるためにも教科化が必要だと書かれているように読めます。また,教師や大人にもっとしっかりしなさいと言っているようにも思えます。前の投稿の新幹線の例などもそうですが,道徳教育が領域ということであまりに軽視され形骸化しているのだとすれば,子どもたちの成長の糧となるような道徳の時間について突っ込んで考えることが必要でしょう。また,人の生き方に学ぶ道徳の時間の実践も既にいくつもあるわけですから,先行実践に学ぶことも必要でしょう。ただし,評価のあり方も含めて1年や2年という短期間でできることではないと思います。もっと具体的な現場の実践を取り上げて分析検討するところから始めるべきです。
    • 23
    • [反対]
    • IT
    • 2013/3/5 23:37:10
    道徳の充実化には賛成だが、評価や指導はすべきではないと思う。多様な価値観を認めることは道徳の本質の1つなので、それを否定するのは自己矛盾だろう。正解を導くような内容ではなく、どちらの考えもありうるような議題についてディスカッションさせることで、自分の頭で考える機会を与えると良いと思う(ハーバード白熱教室を平易化したイメージ)。
    • 24
    • [反対]
    • 一教員
    • 2013/3/6 14:49:06
    いじめの解決に道徳が有効とは思えない。道徳は人間性を育てることをねらうものであり,実際の生活の行動面の指導が目的ではない。「道徳は学校の教育活動全体を通して指導していくもの」である。学級指導的な役割を期待するのはまったく異なる。それよりも,保護者の経済格差を是正していくことを真剣に考えるべきである。
    • 25
    • [投票なし]
    • 協働学欲
    • 2013/3/9 8:22:57
    “教科にする”と何が改善するのでしょうか。そういう直接的で安直な発想スタイルが問題ですね。保護者や教師、大人が今のままでは教科化してもあまり変わらないでしょう。道徳教育の研究実践校でもいじめや自殺が起きるのはなぜか。人権教育を教科化する、道徳を教科化する、倫理学の基礎を教える、そういう浅いアプローチで解決するのか。共感を感じあう響育の学級を育てる。教室が協室になり響室となる。教科にするかしないか以前のところにも大きな問題があるのですね。共感する響室づくり。具体より哲学。頭を剃るより心を剃れ、ということでしょう。
    • 26
    • [賛成]
    • 名無しさん
    • 2013/3/9 22:06:12
    具体のない教育理念など、まさにソフィストの詭弁に他ならない。響きのいい言葉に踊らされて具体に乏しい道徳教育研究指定など受けた挙句、道徳と呼ぶことすら恥ずかしくなるような実践を重ねたことが、いじめや不幸な事件を生んだのではないか。しっかりした道徳の実践を地道に行っている方は、耳触りのいいフレーズや言葉を使うのではなく、具体的な実践や子供たちの姿で語ることができる。
    • 27
    • [賛成]
    • 名無しさん
    • 2013/3/12 19:16:13
    当然。
    • 28
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/19 11:44:56
    家族で過ごす土日は学校では得られない大事な時間。
    たかが半日とりあえずつっこむだけの授業はいらない。
    • 29
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/19 14:19:19
    道徳指導に自信をもっている先生なんていますか?教科にしたいなら、道徳教科専門の教員採用をするべきです。
    • 30
    • [投票なし]
    • EAST SUN IN
    • 2013/3/19 23:41:20
    自信持ってますけど何か?
    まぁそれは置いておいて,道徳の教科化で一番の問題点は,↑の人のコメントのように教員養成と採用に関する部分でしょう。道徳を教科化するなら大学の教員養成システム上に道徳教育論,道徳教育の理論と実践,道徳教育指導論などきちんと位置付ける必要があるでしょう。問題は,今の大学にこれらの授業科目を開設する力量のある教官がどれだけいるかです。道徳や特別活動に関して知見のある教員を採用せず,適当にごまかしているような地方大学について,開放養成など強制的にでも返上させるくらいの覚悟があっての教科化を言っているのかが甚だ疑問です。
    • 31
    • [その他]
    • 名無しさん
    • 2013/3/21 12:49:29
    道徳の授業は反対では、ありませんが、わざわざ土曜日にあてる必要はないと思います。
    • 32
    • [削除]
    • 2013/3/21 12:51:55
    • 33
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/3/26 15:12:42
    評価をどうするのかという問題と、強制的にやらせてしまうことによって現場の反発も招くのではないかという懸念があるから。
    • 34
    • [反対]
    • nonnbir-iikoyo
    • 2013/4/5 15:22:54
    だれがどんな「道徳」を教えようっていうのか?
    それがはっきりしないまま、胡散臭いまま、教科化を進めるのは断固として反対です。
    社会の基本的な常識やマナーや価値観は大人が生活の中で伝えるもの。それができない大人達の代表に「教え込む」ことなどできっこない。百害あって一利なしです。
    • 35
    • [投票なし]
    • 鳥取人
    • 2013/4/6 16:42:00
    社会の基本的な常識やマナーや価値観を教えるような道徳は確かにダメ。多くの人が学校教育における道徳がそんなもんだと思っているし、そんなくだらないことをさも価値あることのように実践し、偉そうにしている輩も確かに多い。だからこそ、道徳の時間は人の生き方に学び、自らの生き方を問い直す時間だということを、教科化によって明確にした方がいい。今までのやり方に固執する者たちは淘汰されるだろうね。
    • 36
    • [反対]
    • 名無しさん
    • 2013/4/7 0:22:30
    まず,道徳教育と道徳の時間の違いについての議論が全くされていないと思います。道徳の時間をしっかりやっていれば道徳教育ができているというのは全くの間違いだと思います。道徳教育は教育活動全体(地域・家庭も含む)で行われるべきもので,道徳の時間を教科にして評価するのであれば,現在の道徳の時間のよさが失われてしまうと思います。とはいえ,道徳の時間が十分に指導できない教員が多いのも現実で,指導者育成をどのように図っていくのかを議論した方がよいと思います。ただ単に教科にすれば道徳性が養われるわけではないのです。
    • 37
    • [投票なし]
    • 名無しさん
    • 2013/4/7 0:42:38
    原稿の学習指導要領では,「総合的な学習の時間」が章立てされ,さらに重要視されたのは周知のことだが,道徳はそれ以前から章立てされており,軽視されているわけではない。また,各校種で解説編 道徳が発刊されており,道徳教育の充実は以前から力が注がれてきている。問題は教科にすれば解決するということではない。「総合的な学習の時間」がよい例で,教科として位置づけられているからといって,全国のすべての学校で「総合的な学習の時間」の目標を達成させるような学習内容が仕組まれているわけではなく,様々だと思う。道徳を教科化してしまっても同じ状況が生まれるだけで,問題の解決にはまったくなりません。道徳を教科化すれば道徳を指導できる教員が増え,児童生徒(わたし自身は大人もそうだと思うのですが)の道徳性が養われるというような短絡的な議論はやめた方がよいと思います。
    • 38
    • [投票なし]
    • 鳥取人
    • 2013/4/7 11:06:03
    ↑教科化は当然道徳の時間に関しての議論だが、実効性が上がっていないのは道徳の時間だけではなく、教育活動全体を通して行われるべき道徳教育に関しても言えること。道徳の時間すらまともに出来ないで、道徳教育が推進できるはずがない。単に教科化するだけや看板の掛け替えにするかしないかは、種々雑多で玉石混淆な状況の道徳の時間の実践を、きちんと取捨選択できるかどうかにかかっているだろう。
    • 39
    • [反対]
    • 民衆こそ王者
    • 2013/4/13 22:06:10
    道徳を教えることはOKですが、それを「教科」として「採点」と「評価」の対象とすることには反対です。国家が価値観や道徳を押しつけるのは、よくないです。
    • 40
    • [投票なし]
    • 鳥取人
    • 2013/4/15 21:03:21
    採点、評価。反対論者の多くがこの問題を取り上げようとしますが、他の教科でも点数をつけてランク付けして数字で評価していると思っているのでしょうか。そんな安直な評価はあり得ないでしょう。道徳にだって採点や数字による評価以外の評価法があると思います。まあ、評価は見送られるようですが。
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