校則なし!チャイムなし! 桜丘中が挑む学校改善アクション
校則全廃の公立中として知られる, 東京都世田谷区立桜丘中学校の具体的な取り組みを紹介します。
桜丘中が挑む学校改善アクション(6)
「GLOBALスクール」の研究概要
東京都世田谷区立桜丘中学校西郷 孝彦
2019/11/20 掲載

 グローバル時代に最も重要になるのは、Diversity(多様性)に対する理解と容認です。異なる背景や個性、多様な能力をもつ子どもたちがコミュニケーションを通じて協働して新たな価値を生み出す教育を行うために、桜丘中学校で進めている「GLOBALスクール」の研究について紹介します。

「GLOBALスクール」の定義

 国際的な紛争や対立は、宗教や歴史、文化、風習などの多様性を認めないことに起因しています。むしろ違いがあるからいいのだ、という考えに立つことにより、はじめてコミュニケーションが成立するのではないでしょうか。
 また、学校教育の根幹に、個差を見いだし、それを尊重しはぐくむ理念があれば、埋もれた才能や創造性の発掘にもつながります。教師が生徒一人ひとりの個性を発見して、それを伸ばす役割を果たすことによって、いじめなどの問題の解決にもつながるのではなのではないでしょうか。
 そこで桜丘中学校では、

 一人ひとりの子どもたちの多様性を尊重しつつ、それぞれの強みを生かし潜在能力を発揮させる個に応じた教育を行うとともに、異なる背景や個性、多様な能力をもつ子どもたちがコミュニケーションを通じて協働して新たな価値を生み出す教育を行う

 このような学校を「GLOBALスクール」と定義し研究を進めました。

「21世紀型スキル」と「非認知能力」

 学習指導要領で定義される「学力」の向上を目指し、それらを獲得することにより、今後の社会生活において豊かな生活を送ることが可能となる、というのが学校教育における「学力」に関する一般的な解釈です。
 しかし、社会構造のグローバル化に伴い、この学力観が変化を来し始めました。その影響の現れの一つが、OECDが実施したPISA調査です。この調査が注目された理由の一つは、従来の学力調査とは異なり、子どもたちがこれまでに獲得した知識・技能を「活用する能力」に重点が置かれていることにあります。そして、このような「新しい学力観」はOECDに限ったことではなく、文部科学省、内閣府、経済産業省、厚生労働省などが、これまでの学力観とは異なる定義を行っています。
 これらの能力は、「従来型の学力」に対して、これまで学校教育では認知されてこなかった「新しい能力」です。従来型の学力は「認知能力」 と整理され、新しい能力は「非認知能力」と呼ばれています。
 非認知能力をより具体的に説明すると、「自己に関わる心の力」(自尊心、忍耐力、動機付け、自己効力感、達成目標など)と「社会性に関わる心の力」(共感性、向社会性、感情知性など)とに分かれます。最後までやり抜く力やコミュニケーション力も「非認知能力」と言えます。

「非認知能力」を育成することがもたらすもの

 なぜ「非認知能力」に注目しているかというと、この能力が将来の社会的地位や収入にも直結することがわかってきたからです。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・J・ヘックマン教授が、「非認知能力」を高めるための教育を受けた子どもたちと、そうでない子どもたちを追跡調査した結果、親の収入に関係なく、40年後には前者のグループと後者のグループで、歴然とした差が出たというのです。前者のグループは、社会的成功を収めた率が圧倒的に高かったのです。
 これまでは、世帯間格差が問題視され、親の収入が子どもの学力と比例すると考えられてきました。例えば、東京大学の学生に対して行われた調査では、親の世帯収入の平均は918万円です(東京大学「学生生活実態調査(2017年)」)。一方で、一般家庭の平均収入は「児童のいる世帯」で739万8千円(厚生労働省「平成29年 国民生活基礎調査の概況」)であり、年間179万円もの差がついています。さらに親の世帯収入が1,050万円を超えている東大生は2割を超えており、親の収入が子どもの学力と比例するといわれる根拠になっています。これは世界的にも同様の傾向となっています。
 ところが、ヘックマン教授の研究結果は、別の可能性を示唆しています。親の収入ではなく、親の子どもに対する関わり方こそ大きな影響があるというのです。実際、同じ東京大学の調査を見てみると、年収450万円未満の層も3割を超えています(32.9%)。この額は、「全世帯」の平均収入560万2千円をも下回っています(厚生労働省「平成29年 国民生活基礎調査の概況」)。もし本当に、親の収入が子どもの学力と比例するならば、年収450万円未満の層が3割もいることの説明がつきません。
 「非認知能力」を高めることができれば、親の収入という子どもにはどうしようもできない壁を、乗り越えることができるというのです。「非認知能力」を育成することは、いろいろなバックグラウンドにもつ子どもたちが通学している「公立学校」にとって、将来の成功・幸福を保証する非常に重要なファクターだと考えました。

「非認知能力」を育成するために

 基本的に「非認知能力」は、知識を与えたり方法を教えるという形式では身につかず、環境により育成・習得することができるといわれています。整理すると以下の通り、各機関が提唱する「21 世紀型スキル」のうち3つの要素が「認知的能力」のカテゴリに属し、16の要素が「非認知能力」のカテゴリに属することがわかりました。

認知能力
 1 基礎学力
 2 基礎的な知識・技能
 3 専門性・専門知識

非認知能力
 4 問題解決力
 5 批判的思考力
 6 協調性
 7 コミュニケーション力
 8 主体性
 9 自己管理能力
 10 自己肯定感
 11 実行力
 12 統率力
 13 創造性
 14 探究心
 15 共感性
 16 道徳心
 17 倫理観
 18 規範意識
 19 公共性

 本研究では、本校の学校経営方針にもある以下の取組が、子どもたちの「非認知的能力」の育成に必要な環境を提供しているという仮説に立ち研究を行ってきました。

 1 子どもが言うことを否定しない。
 2 子どもの話を聞いてあげる。
 3 子どもに共感する。
 4 アタッチメントなど子どもとのふれ合いを積極的に行う。
 5 能力ではなく、努力を褒める。
 6 行動を強制しない。

 また、「非認知能力」を高める教育は、幼少期ほど効果があると言われていますが、中学生にもこうした教育が間に合うという前提で研究を進めました。子どもの発達段階における「非認知的能力」の習得に関する研究は他の研究に任せることにしました。

 検証(エビデンス)については、東京大学大学院教育学研究科・博士課程 大久保圭介先生、東京学芸大学教育学部特任講師 利根川明子先生に調査をお願いしました。

英語教育とプログラミング教育

 どんなに科学技術が進化しても、人間が介在しない教育はあり得ません。それどころか、今まで以上に教師の役割が重要になってくると思います。ただ教育のパラダイムが根底から変わろうとしている今、英語教育のグローバル対応、ICTのスキルアップが必要になってきます。
 英語教育には、特にヨーロッパを中心に世界的に広がる言語教育アプローチであるCLILの手法を研究しました。CLILとは、Content and Language Integrated Learning(内容言語統合型学習)の略称で、言語教育と他教科などの内容教育とを統合した形で行う教育方法の総称です。教科内容を題材にして様々な言語活動と指導を行い、外国語の4技能を向上させていくことを目指しました。

 以下の3つの授業を発表します。

 a. プログラミング  Ozobotを使ったProgramming学習
 b. クッキング 英語のみで行う和食の料理教室
 c. CLILを使ったアクティビティ

 プログラミング教育では、イギリスのBBCが主体となってつくった教育向けのマイコンボードであるmicro:bit(マイクロビット)を使用しました。イギリスでは11・12歳の子ども全員に無償で配布されており、授業の中で活用が進んでいます。ユーザーが動作をプログラミングできる25個のLEDと2個のボタンスイッチのほか、加速度センサと磁力センサ、無線通信機能(BLE)を搭載しています。USBケーブルでPCと接続し、プログラムをドラッグアンドドロップで書き込むことが可能です。
 また、理科や美術の授業では、3Dプリンターを活用し3D-CADのアプリを使ってデータの作成を行いました。

 a.技術 micro:bitを使ったプログラミング学習
 b.理科 3Dプリンターを使った心臓の理解
 c.美術 カラー3Dプリンターを使った立体抽象オブジェの制作

才能開発教育

 「才能」は特別な人にだけ宿るのではなく、すべての人に備わっているという前提から、特性の異なるすべての子どもたちがもっている才能を発見し、活かすことを目的に取り組みました。将来、自分の才能を生かして自立でき、さらには他者に貢献することができる、未来を生きる子どもたちを育成するのが目的です。
 この取組を通じて、一人でも多くの子どもたちが、自分自身の才能に気づき(自己理解をし)、そして、他者との違いを理解し(他者理解をし)、そのうえで自分自身の強みにエネルギーと時間を集中できるように、時間、資金、場所、支援員など学校でサポートすることで実現した、以下のような生徒の取組を発表します。

 a.コンピューターの作成
 b.FLL(FIRST LOGO Language)への参加
 c.本校生徒会「国際委員会」の国際貢献

 

西郷 孝彦さいごう たかひこ

1954年神奈川県横浜市生まれ。上智大学理工学部卒。理科と数学の教員として、1979年、東京都職員になる。都立養護学校から大田・品川・世田谷区にて教員・教頭を歴任。2010年より世田谷区立桜丘中学校長に就任。発達特性に応じたインクルーシブ教育を進める中で、校則や定期テストの廃止など個性を伸ばす教育を推進している。

(構成:赤木)
コメントの受付は終了しました。