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『SCHOOL SHIFT 3』刊行特別インタビュー(3)
「この教科で何を伝えたいのか」を問い直す
立命館宇治中学校・高等学校酒井 淳平
2026/6/19 掲載
酒井 淳平さかい じゅんぺい

立命館宇治中学校・高等学校教諭。キャリア教育部の立ち上げに関わり、2018年度からは文部科学省の指定を受けて総合的な探究の時間(校内呼称:コア探究)のカリキュラム開発・実践を推進。現在は数学科における探究的な授業づくりや、探究とキャリア教育を接続する実践に取り組んでいる。教科に閉じない学びを設計し、生徒が自ら問いを立て、意思決定していくプロセスを支える教育の在り方を模索している。中央教育審議会生活・総合的な学習の時間ワーキンググループ委員。

―本書冒頭の「先生、この勉強って将来役に立つんですか?」という生徒の言葉は、多くの先生が一度は突きつけられてきた問いではないでしょうか。この言葉に向き合い続ける中で、探究学習とキャリア教育をつなぐCSL(Career Service Learning)の実践にたどり着かれた経緯を教えてください。

 正直に言うと、自分自身、好きだった数学以外は「受験のため」以外の目的は感じずに勉強していたかもしれません。自分が現在の勤務校でキャリア教育の授業(CSL)をつくるとき、まずは「生徒が将来の夢を考えること」を考えました。しかし、今と未来はつながっているはずであり、日々の教科の学びと生徒の将来とが切り離されてしまっていることに違和感がありました。将来を考える活動だけでは、生徒の日々の学びの実感にはなかなか結びつかないという難しさも感じていました。
 学校は勉強するところであり、生徒は日々学んでいます。だからこそ「なぜ学ぶのか」を生徒自身が考え、自分なりの答えを持つことが重要ではないかと考えるようになりました。
 その後、総合的な探究の時間のカリキュラムを考える中で、「問いを立てる」ことの重要性に気づきました。問いを立てるにはコンテンツが必要です。「なぜ学ぶのか」は、教員にも生徒にも共通した探究課題です。そこで、教員が自身の教科を学ぶ意味を語り、それに対して生徒が問いを立てる実践を行いました。教科を学ぶ意味を考え言葉にすることは教師にとっても大きな意味を持ち、生徒はその語りを受けて問いを生み出していきました。こうした実践の積み重ねが、今にもつながっています。

―本章では「毎時間の思考を動かす小さな問い」と「単元全体を貫く大きな問い(本質的な問い)」という二層構造の授業デザインが提唱されています。既存の教科の授業の中でこれを実践するにあたって、先生方がまず意識するとよいポイントや、取り組む際の心構えを教えてください。

 どの教科にも単元という大きなくくりがあります。数学であれば「2次関数」などで、教科書では「章」として示されています。実践にあたって重要なのは、「この単元で何を育てたいのか」を考えることです。知識だけでなく、ものの見方や考え方も含めて、「仮に学習したことを忘れたとしても、生徒の中に残ってほしいものは何か」と問い直すことが出発点になります。この答えが、単元全体を貫く大きな問いになります。例えば2次関数であれば、「現実の事象の中から2次関数で捉えられる関係を見いだし、その変化の様子を考えることができ、どの条件のときに最大や最小となるのかを理解できるようになる」などです。こうしたことは教科書の章扉などで問いとして示されているかもしれません。このような問いを単元全体の軸に据えることで、個々の計算や操作にも意味が生まれてきます。
 一方で、日々の授業は1時間単位です。単元全体で育てたい力を踏まえて、「今日の授業で何を考えさせるのか」を考えることが、小さな問いになります。
 ここでのポイントは、すべての時間で同じバランスを取ろうとしないことです。知識の伝達が中心になる時間もあれば、生徒の思考が中心になる時間もあります。遠くに向かうときに、目の前だけを見ていてはまっすぐ進めません。ゴールを見定めることで、目の前の一歩が意味を持ちます。部活動で目標から逆算して練習を組み立てるように、単元のゴールから授業を設計する。この視点を持つことが、実践の第一歩になると思います。

―「教科は単なる知識の集まりではなく、世界を特定のレンズで見る方法を教えてくれる」という言葉が印象的です。探究・キャリア教育と教科の学びを統合した授業づくりが広がっていく展望と、日々の授業づくりに悩む先生方へのメッセージをお聞かせください。

 自分自身、数学の見方・考え方に気づいたのは、国語の先生と一緒にキャリア教育の授業をつくったときでした。数学では新しいことを学ぶ際に、例題→練習の流れが自然で、繰り返し練習して定着させます。しかし国語ではそうではありません。きれいな景色など美しいものを見たときに、同じものを見ても、数学では対称性や構造に目が向き、国語では言葉で表現しようとします。この違いこそが教科の見方・考え方なのだと感じました。
 数学の教員は数学が好きで得意である場合が多く、国語の先生は国語が好きで得意である場合が多いです。そのため、自分の教科の見方・考え方は自然に使っている分、意識されにくいのかもしれません。それは、日本にいると日本文化の特徴に気づきにくいのと似ているように思います。
 日々の授業はうまくいかないことも多いですが、教員は1年間というスパンで生徒と関わり続けることができます。また、教員の多くは教科のことが好きで、その魅力を伝えたいという思いを持っています。目の前の生徒に対しては「今がよければいい」ではなく「卒業後のその先の幸せ」を考えて関わっています。生徒と関われる授業時間を、生徒の卒業後のその先を見据えて何を残したいのかという視点で組み立てていくこと。こうした営みこそが、探究・キャリア教育と教科の学びを統合することにつながるのだと思います。
 「〜しなければならない」。学校で授業をするときに、ついこのように考えてしまいます。しかし「この教科を通して何を伝えたいのか」を問い直すこと。それが授業づくりの出発点になるのではないでしょうか。先生が試行錯誤しているその姿こそが、生徒にとっての学びになるのではないでしょうか。

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