「子ども主体の授業」と一概に言っても…
昨今、「子ども主体の授業」が教育の現場でどんどん実践されています。教育雑誌の記事や書籍でも、子どもを主体とする「単元内自由進度学習」や「子どもに委ねる学び」といったものがフィーチャーされつつあります。GIGAスクール構想も相まって、今後もどんどん広まっていくのではないかと思います。では、子ども主体の授業が実践されている学級では、子どもはどんな姿を見せ、何をつぶやき学んでいるのでしょうか。今回は、私が過去に担任した学級の子どもたちの様子を元に、考えてみたいと思います。
そもそも、私は「子ども主体の授業」を、子どもが他者と協働しながら対話を通して学んでいる授業と定義しています。もちろん、先生それぞれの価値観や、目指す子どもの姿、教育観・授業観によっても変わると思いますが、私はそのように考えています。とはいっても、そんな言葉がぴったり当てはまるような素晴らしい授業が日々できているかといえば、まだまだなところもあります。しかし、少しずつ部分的に「子どもが主体的に学んでいる姿」が見られるようになっていました。
「○○さんはどう思う?」「私は○○と思っているんだけど…」
子ども主体の授業に取り組み始める段階では、子どもは会話をします。授業に関係のある話も、関係のない話もします。冗談を言い合う姿もあれば、先生に言われて学びに再度向かう姿もあります。私は、学級が始まった当初はこれで良いと思っています。なぜなら、対話のベースには会話があるからです。子どもたちが何気なく話せる関係性や、この学級なら自分の思っていることを堂々と言えるという安心感は子ども同士の会話から生み出されるものだと考えています。
会話ができる関係ができたことで、対話のフェーズへと向かえるようになります。授業で考える課題と出会ったときに、その課題解決という共通の目標を達成するために、子どもたちが対話を始めます。
「○○さんはどう思う?」
「私は○○と思っているんだけど…」
というような、つぶやきがどんどん出始めます。
「いいやん!」「それみんなでやろう!」
子どもたちが仲間と一緒に自走し始めると、お互いの意見や考えを肯定するつぶやきが増えてきます。ここでは、1年生の国語科での実践での子どもの姿を紹介します。
教材文「くじらぐも」を扱って、自分が好きな場面に分かれて音読をするという学習活動に取り組んでいた時です。ある子どもが「天までとどけ、一、二、三」のところでジャンプしながら音読をしていました。すると「その読み方いいやん。やろうやろう!」と周りの子がつぶやき、その場面を選んだ子が楽しみながら音読をし始めました。その後、全体交流の時に、その場面を選んだグループが「先生、私たちが選んだ場面はみんなで手をつないでやりたい!」と言ったのです。それを聞いた他の子どもたちも「おお!いいやん!」「楽しそう!」「やってみたい!」というつぶやきがどんどん出てきました。子どもが自分たちで課題を発見し、それらが周りからも認められていくことで、より子どもたちの学びは主体性を帯びていくのだろうと思います。
「どうやったらできるん?」「ここ教えて?」
私は、子どもたちに2つの意味の「きく」について話しています。
1つ目は「聞く」です。子どもが受け身となり、人の話を聞くことです。
2つ目は「訊く」です。この漢字には、「尋ねる」という意味があります。つまり、子どもが主体性をもって友達や先生に質問するのです。それぞれの「きく」の話をすると、子どもたちも意識的にやろうとする姿が現れ始めてきます。まずは一人で考える。それでも分からなかった時に、「訊」いてみる。
すると、
「どうやったらできるん?」
「ここ教えて?」
といったつぶやきが学級のあちこちで聞こえてきます。
「子ども主体の授業」として、いろいろな授業実践、学習方法、新しい学びの形がどんどん出てきています。どれも素晴らしいものだと思いますが、同時に、おそらく昔からずっと言われてきて、学び手にとって最も基本的かつ重要なことである「わからない問題は訊く」という姿勢を育むことが、子ども主体の授業を実現する上でとても大事なのではないかと思います。
子どもの成長の先を見据えながらも、焦らず一歩ずつ成長を見守りたいです。まずは会話、聞くの段階を大切にしながらも、対話・訊くのレベルへと上がっていけるように、明日からも頑張っていきます。
ありがとうございました。