教育オピニオン
日本の教育界にあらゆる角度から斬り込む!様々な立場の執筆者による読み応えのある記事をお届けします。
「教師2.0」時代の見取り&フィードバック
個別最適な学びに必要な教師の力
青森県教育庁東青教育事務所 指導主事佐々木 紀人
2022/11/1 掲載

「見取り」と「フィードバック」のスキルが求められる背景


 激動し、多様性が高まり続けている日本の教育界において、今、教師が身に付けておきたいスキルがあります。それが、「見取り」と「フィードバック」のスキルです。
 なぜ、見取りとフィードバックのスキルが必要なのでしょう。周知のように、現在学校では、学習指導要領において示された資質・能力の育成を着実に進めるため、教師主導の一斉指導から、学習者中心の個別最適な学びを実現することが求められています。前者では、学級単位での効率的な指導スキルが重宝がられましたが、後者ではそれが通用しません。そのかわり、個に応じた丁寧な見取りスキルと、一人ひとりに対する適切なフィードバックスキルが求められるようになるのです。

「教師2.0」時代の到来


 最近は、物事の進化の過程を、「Society5.0」のように「〇〇+数字」で表すようになりました。これを、教師にも当てはめてみましょう。一斉指導の授業ばかりしている教師を「1.0」、学習者中心の授業を実現している教師を「2.0」とします(図1)。

図1

※図1(『ビジネスエリートになるための教養としての投資』(奧野一成、ダイヤモンド社、2020年)を参考に佐々木が作成)

 「教師1.0」は、教壇に立ち、学習者と対面しながら自分自身が授業を進めます。こうした授業では、学習者のベストよりも教師のベストを優先せざるを得ません。そして、一人ひとりの見取りやフィードバックには手が回らず、見えにくい小さな「つまずき」や「伸び」を見落としがちになります。
 「教師2.0」は、学習者を自発的で自律的な存在だと考えます。そして、一人一人の限られた時間を少しでも有意義なものするために、学習者と話し合い、相互に納得した学びをデザインします。こうした学びでは学習者は自走するので、教師の役割は指導者から「伴走者」へと変質します。その結果、教師は刻一刻と変化する学習者の様相から「つまずき」と「伸び」を見取り、適切なフィードバックを行うことができるようになるのです。

 
「見取り」とは?


 ところで、そもそも「見取り」とはなんでしょう。平野朝久氏は、著書『「はじめに子どもありき」の理念と実践』(東洋館出版社、2022年)の中で、見取りのことを「子どもの外面に表れた事実を根拠とし、手がかりとして、その事実から読み取りあるいは解釈して、子どもの心の内の真実に近づこうとする」営みだと述べています。
もちろん、これまでも見取りのスキルは大切でした。教師は、見取りを通して、学習者の行動、考え方、得意不得意、特徴などを理解してきました。しかし、こと「教師2.0」時代においては、より多面的・多角的な視点から、より多様な手段で学習者を見取る必要があるため、そのスキルの必要性は格段に高まるのです。
 では、優れた見取りスキルを有する教師は、学習者をどう見取るのでしょう。彼らは、学習者から表出される以下のような事実を手掛かりとして、その内面の真実に迫っています(図2)。

図2

※図2(『「はじめに子どもありき」の理念と実践』(平野朝久,東洋館出版社,2022年)の「第二章子どもの見取り」を参考に佐々木が作成)

見取りスキルの働いた指導例


 残念なことに、見取りスキルの精度は教師によってまちまちです。例えば以下は、見取りのスキルが働いていない指導例です。こういう場面、よく見ませんか?

【場面】授業でペアワークを実施したら、学習者Aがふざけだした。

先 生:A、なにふざけてんだ。ちゃんとやれ!
Aさん:いや、ふざけてません…。Bが・・・。
先 生:へぇ、Bが悪いんだ。先生にBを叱れってことか?そうなんだな!
Aさん:・・・。
先 生:仮にBがちょっかいを出してきたとしても、それを止めるのがお前の役目だろ!何か言いなさい。
Aさん:・・・。

 この先生は、どうも表面的な事実にのみ意識が集中し、Aさんの真実に迫れていません。Aさんの真実とは、勉強がわからないことに対する憤りや不安だと予想されます。ふざけだしたのは、それが別な形で表出したと捉えるべきです。
では、見取りスキルの働く先生はどう対処するのでしょう。こうした先生は、そもそも学習者にアプローチする際の出発点が違います。彼らは、日頃の見取りから、「Aは今の学習内容をあまり理解していないようだ」、「だから、ペア活動を実施すれば、Aは仲のいいBとふざけるだろう」、「指導の際、口下手なAは自分の思いを上手に説明できないから、配慮が必要だろう」といった見通しをもち、その上でアプローチします。
では、その指導を見てみましょう。

先 生:A、どうした?
Aさん:いや、Bが・・・。
先 生:ん?Bがどうした?
Aさん:・・・。
先 生:A、今は何の時間?
Aさん:ペアワークをする時間。
先 生:だよね。でも、先生の勘違いかもしれないけど、Aがふざけているように見えたんだよ。
Aさん:・・・。
先 生:さあ、どうする?
A、B:まじめにやる。
先 生:だよね。よし、ちゃんとやろう。あっ、でもね、もしわからないところがあったら、それは先生の責任でもあるから、遠慮なく言ってね。
Aさん:・・・。
先 生:あれ?もしかして、わからないところがあるんじゃない?
Aさん:(うなずく)
先 生:どれ、一緒に確認するか。

 このように、できる先生の見取りは、起こることを予想してから現実と突き合わせ、それを学習者目線で理解しようとするため、学習者の心の内の真実に迫ります。その姿は、表面的な統制をもって指導(※学びではない)を進めようとする「教師1.0」とは大違いです。

「フィードバック」とは


 次に、フィードバックについて考えます。現在、フィードバックという言葉は多方面で使用されていますが、その定義は、分野ごとに多少異なります。
 教育界で一般的に理解されているフィードバックとは、「教師が学習者に評価を伝えること」や「学習者同士で評価を伝え合うこと」といった感じではないでしょうか。しかし、教育測定・評価が専門で、メタ分析によるフィードバック研究の第一人者、メルボルン大学のジョン・ハッティ教授は、「フィードバックとは学習者に関わりをもつ人,もの(たとえば,教師,仲間,本,保護者,学習者自身の経験など)から与えられる,学習者の到達状況や理解の程度に関する情報」であり、「学習者が何かを行った結果に対して行われるもの」(ハッティ,2018)だと言っています。どうやら、教育におけるフィードバックとは、私たちが思っている以上に奥深いようです。

フィードバックを使いこなす


 通知表や評定などもフィードバックの一種といえますが、こうしたフィードバックは総括的なものであるため、学習者がその場で自らの課題に気付き、自己調整を働かせるような形成的なものにはなりません。「学びは過程にある」といわれるように、大事なのは、学習者が目標に向かっていく過程の中で、学習者の実際の到達状況と、目指している学習到達目標との間に生じたギャップを埋める作業を促すようなフィードバックです。
 では、その方法をお知らせしましょう。やり方はとても簡単です。学習活動を実施し、それを見取ってフィードバックする際には、以下の3つの段階を踏んでください(図3)。

図3

※図3

 まずは、学習者に評価を伝えましょう。伝え方に配慮は必要ですが、簡単にいうと、GoodかBadを伝えるということです。次に、どうしてそういう評価になったのか、Why(理由)を説明してください。ルーブリックなどを用いると、説明はより公平で具体的なものとなります。そして最後に、学習者がBetterな姿になるための視点を示します。この際、教師の言葉掛けが直接的(明示的)なものになるか間接的(暗示的)なものになるかは、学習者の習熟の程度によって判断します。いずれにしろ、学習者がよりよい自分の姿に近づきたくなるような、前向きな働きかけを行ってください。
 以上が、簡単で効果的なフィードバックの一例です。ただ評価を伝えるだけなら誰でもできるかもしれません。しかし、できる教師とは、その言葉掛けによって学習者のやる気を引き出し、学びの方向性を定めさせるのです。

 「知識は結果にあり、学びは過程にある」という言葉があります。学びは、単元を通して発展的に繰り返され、その過程を通して深まっていきます。そして、その学びの深まりを支援するのが他でもない私たち教師であり、それを可能たらしめるのが見取りとフィードバックのスキルということなのです。
 学習者に対する圧倒的肯定感に支えられながら、一人ひとりの「つまずき」や「伸び」をしっかりと見取り、そして適切なフィードバックを与えられる「教師2.0」を目指しましょう。

佐々木 紀人ささき のりひと

青森県教育庁東青教育事務所 指導主事
1976年青森県平内町生まれ。神田外語大学卒業。1997年北京師範大学留学。2016年外務省派遣によりポートランド州立大学Teacher Training Program修了。学校勤務の際には12年間一日も欠かさず学年・学級通信を発行。著書に、『短時間で効果抜群! 英語4技能統合型の指導&評価ガイドブック』(共著、明治図書)、『英語嫌いをなくす! 生徒をぐいぐい授業に引き込む教師のスゴ技』(学陽書房)、『英語教育』「英語につまずいた生徒が前を向く指導Q&A」(リレー連載、大修館書店)、『佐々木多門伝 世界と戦った風雪の英語人』(東奥日報社)、『The Story of Tamon Sasaki』(共著、青森公立大学)などがある。

コメントの受付は終了しました。