教育オピニオン
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すべての子どもが共に楽しめるボディパーカッション教育
久留米市立小森野小学校教頭山田 俊之
2011/12/1 掲載

*本記事の英訳(pdf)は、右記よりダウンロードできます。

様々な個性をもった子どもたちが一つの教室に

 近年、教育界では特別支援教育がクローズアップされていますが、それは、様々な支援を必要とする子どもたちが、一つの教室の中で、ともに学ぶ機会が増えているからではないでしょうか。
 同じ教室の中にも、足が速い・遅い、計算が速い・遅い、歌や楽器演奏が得意・苦手など、様々な子どもたちがいるように、発達障害に関しても、注意散漫、教室から飛び出す(ADHD:注意欠陥多動性症候群)、自己表現が苦手(高機能自閉症)、会話がかみ合わない、急に怒り出す(アスペルガー症候群)、教科書が読めないけど会話は普通(LD:学習障害)、言葉が出ない(聴覚障害)、予定が変わると不安(自閉症)……など、様々な特徴的な症状がある子どもたちがいるのです。
 そこで今後は、様々な個性をもった子どもたちと共に生きる社会を創り上げる、という考え方が必要になってくるのではないでしょうか。そんな考えのもと、障害のある子どもだけでなく、健常児も含めて、すべての子どもにとって楽しく生き生きとコミュニケーションが取れる教材として私が活動しているのが、「ボディパーカション教育」です。
 ボディパーカッションは、体全体(ボディ…body)の様々な所を打楽器(パーカッション…percussion)のようにたたいて音を出し、リズムアンサンブルをつくり上げる活動ですが、今から25年ほど前、当時私が小学校4年生の担任だった際に、今なら発達障害と診断されていたであろうA男という子どもをきっかけに、クラスづくりの一環として行ったのがはじまりです。それからずっとボディパーカッション教育を続けてきましたが、ボディパーカッション教育誕生20周年記念行事として養護学校の子どもたちと取り組んだ活動を、本日はご紹介しましょう。

養護学校の子どもたちとN響を共演させたい!

 NHK交響楽団第一コンサートマスター篠崎史紀氏は、私の活動する「ボディーパーカッション教育」の考えにとても理解を示して下さっており、これまでにも、小・中学生の子どもたちとN響が共演する「NHK交響楽団とボディパーカッション演奏会」を何度も実現させて下さいました。
 ボディパーカッション教育をはじめて20年ほどたった2006年、ボディパーカッション教育誕生20周年記念行事として、地元の小・中学生だけでなく、当時私が勤務していた養護学校高等部の生徒約20名も一緒に、NHK交響楽団トップメンバーとボディパーカッションを共演する、という計画が持ち上がりました。
 養護学校の子どもたちは、子ども2〜3人につき1人の引率教師が必要になります。さらに、車いすや急に飛び出す可能性のある生徒に対してはマンツーマンの対応が必要なのです。そのためには各生徒個別の障害の状況を把握している10名以上の先生に引率をお願いしなければならないわけです。
 そんなハードルがあるにもかかわらず、養護学校の生徒と共演するアイデアを篠崎氏にご相談した際、篠崎氏は、「ヨーロッパではハンディキャップのある子どもたちが演奏会に参加することはよくあります。しかし、日本では何かトラブル起きたらと考え、主催者や会場責任者が心配して実現できていないのが現状です。私も是非やってみたいと思っています」と応えて下さいました。そして、目標は「NHK交響楽団と養護学校の生徒たちが、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』で共演する」ということに決まりました。

大切なのは、子ども自らの意思ということ

 「とにかくチャレンジしてみよう!」まずは一歩前に踏み出すことを決心し、早速、養護学校の校長先生や、出演予定の高等部の先生方に相談しました。出演する生徒たちは、自閉症(広汎性発達障害)、軽度発達障害、情緒障害、ADHD、ダウン症、脳性まひ等の男女約20名です。先生方といろいろ話し合った結果、「演奏会本番では、養護学校の生徒がやらされている演奏ではなく、生徒自ら進んで楽しく取り組む演奏にしよう。そして、ステージ上には生徒のみの出演でやってみよう」という、大変前向きな意見になりました。
 無謀なのは分かっています。本来であれば、ステージ上立っている生徒の間に引率の先生を目立たないように配置しておけば、何か急にトラブルが起きても対応ができます。しかし、それでは生徒が自ら楽しむ音楽とは違う。
 養護学校の生徒が自分の意志で演奏会に出演し、ステージに立ち、NHK交響楽団の演奏を聴きながら自らの手拍子に合わせて共演する。生徒たちにはこの経験を通して、人前で自分の意志を相手に表現できる力を培って欲しいと思いました。
 練習は思ったより順調に進みました。ほとんどの生徒が、CDの演奏を聴きながら楽しそうに手拍子を打っています。ステージ上でも、引率の先生は車いすの生徒にだけつき、あとは生徒たちだけでステージに上がって演奏する練習を行いました。
 もちろん、満員の観衆の前で市民会館のステージに立ったとき、普段と違う場所のため極度に緊張すること考えられるため、結局、演奏会本番まで予想はつかなかったのですが。

主役は養護学校の生徒だから

 いよいよ演奏会本番の日を迎えました。プログラムは、第1部がN響とチェンバロの協奏曲。第2部が地元の小・中学生と聾学校の生徒の演奏、そして第3部が養護学校の生徒たちの出演でした。
 ところが第1部が始まる30分ほど前になったとき、養護学校の先生が、「男子数名が少し興奮状態になっています。それと、自閉の生徒も声を出しています。このままでは第3部まで待ちきれないかもしれません」と伝えてきました。
 実は、第1部で使用するチェンバロという楽器はとてもデリケートで、今はちょうどその調律が終わったところ。プログラムを変更すれば、再びチェンバロの調整をし直さなければなりません。どうしたらよいか…… 早速、篠崎氏に相談しました。すると、篠崎氏は、「この演奏会の主役は、N響ではなく生徒です。ベストの演奏会をめざして、養護学校との共演を最初にやりましょう。その後、チェンバロを準備している間は私が音楽の話をしましょう」と言って下さったのです。早速、舞台を第3部の形に再転換しました。準備が終わったのは本番10分前。養護学校の生徒たちがそれぞれ配置につくと、客席は温かい雰囲気に包まれました。

演奏後の子どもたちの誇らしげな姿

 さぁ、いよいよ開演です。急遽、プログラム変更のアナウンスが流れ、いよいよ演奏会がはじまりました。満員の観衆で、男子数名が少し興奮しています。私は生徒に目を向けながら、できるだけ笑顔で指揮台に上がりました。自分でも足がすくんでいるのが分かりましたが、篠崎氏に目を向けると、真剣な眼差しで大きく頷いてくれました。生徒たちも練習どおりの演奏をしてくれたら大丈夫。「よし! さぁはじめよう!」自分に呼びかけました。コンサートマスターの篠崎氏に合図し、指揮棒を振り下ろしました。
 その瞬間「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のイントロのメロディーが耳に飛び込んできました。生徒たちが手拍子を構え、真剣に私を見てくれている。私が指揮棒を大きく振りながら、手拍子が入るタイミングを合図する。「うまく入ってくれ! 1、2、3、ハイ!」心の中で叫びます。生徒の手拍子が一斉に鳴りはじめました。安堵する間もなくメロディーは流れていきます。
 自閉症のあの子は興奮して走り出さないか。気弱なダウン症の女の子は顔を上げて演奏できるか。声を出していた男の生徒は大丈夫だろうか。面倒くさがりの男の子は途中で座らないか。……養護学校で行っていた練習の様子が走馬灯のように浮かびます。
 私の不安を払拭するように演奏は進み、後半には私の不安も一気に吹き飛びました。あっという間に演奏が終わり、観客は静まり返り、一瞬間をおいて怒涛のような拍手が会場一杯に鳴り響きました。
 演奏終了直後、養護学校の生徒たちは誇らしげにステージに立ち、すがすがしい顔で観衆を見つめていました。その間ずっと拍手が鳴り続けていました。

すべての子どもが一緒に楽しめるボディパーカッション教育

 私にとってボディパーカッション教育は、一人のA男という子どもを何とかしたい!ということでスタートした活動ですが、この教育方法を25年にわたって実践する中で、ボディパーカッションは、障害のある子どもも健常児も、すべての子どもたちが楽しく一緒に活動できるものだということを実感しています。友達との一体感を味わったり、コミュニケーションを楽しめる教材として、ぜひ、次世代の教育現場を担う教師の方々へ伝えたいと考えています。

 NHK交響楽団と特別支援学校の子どもたちの共演の様子は、下記リンク(YouTube)からぜひご覧ください。

山田 俊之やまだ としゆき

久留米市立小森野小学校教頭。九州大学大学院人間環境学府教育システム専攻修士課程修了。
1986年11月、小学校4年生の担任の時、学級活動の中で誰でも簡単にできる手拍子、ひざ打ち、おなかを叩く、声(ボイス)を出すなどのリズム身体表現を「ボディパーカッション」と名付け教育活動を始める。その後、現職教諭として小学校、養護学校(知的障害)、聾学校(聴覚障害)、学童保育所などの教育現場でボディパーカッション教育を取り入れた実践を行う。
平成21年度NHK障害福祉賞最優秀受賞。平成23年度読売教育賞(特別支援教育部門)最優秀賞。
平成17年度文部科学省検定済小学校3年音楽科教科書「音楽のおくりもの」(教育出版)にボディパーカッション曲「花火」、平成24年度特別支援教育文部科学省編集中学部音楽科教科書「音楽☆☆☆☆」にボディパーカッション曲「手拍子の花束」が採用される。
ボディパーカッション協会HP

コメントの一覧
1件あります。
    • 1
    • 名無しさん
    • 2011/12/3 2:12:22
    ボディパーカッションは、今までの教育ではあまり重要視されなかった自己表現、コミュニケーションを見事に開花させており、もしボディパーカッションが音楽の必修になったらば、あらゆる子どもの人間形成に役立つだろうと思った。今後ますますボディパーカッションの可能性が広がり世界に広がってほしい。
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