教育オピニオン
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「紙ヒコーキ」からはじまる教材研究のススメ
愛知教育大学教育学部創造科学系教授竹井 史
2011/6/14 掲載
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  • 教職課程・教員研修

紙ヒコーキが単位取得の必要条件!?

 私は、20年来、幼児の造形、小中学校の図工・美術分野の担当教員として教員養成の仕事に携わっている。その中で毎年欠かさない授業内容がある。それは、学期の最初に紙ヒコーキを折って飛ばす授業をすることである。その中身は、教室の端から端まで(距離にして12m位)楽に飛ばないと、単位取得の必要条件にならないというものである。
 「紙ヒコーキを折って飛ばすだけ?」「何の学習になるのか?」と思われるかもしれない。たかが紙ヒコーキと侮ることなかれ、これがなかなか奥深い。学生にとって、それは興味深くも大変なハードルである。折り方、調整の仕方、飛ばし方を試行錯誤するうちに、学生は、その面白さにはまっていく。「教材研究って面白い!」という気持ちを目覚めさせるきっかけづくりに、最適な教材の一つなのである。

自己教育力のスイッチが入る瞬間

 この授業の進行と学生の反応を紹介しよう。
 「みなさん、今日は紙ヒコーキの授業をします。みなさんの知っている紙ヒコーキを1機折ってみてください」。学生達はそれぞれに自分の知っている紙ヒコーキを折り始める。しかし、残念ながら半分くらいは、飛行機もどきと言えるものである。
 「では、皆さんの作ったヒコーキを飛ばしてみましょう」。
 もどきヒコーキは飛ぶ気配さえ見せないのは当然としても、残りの半分のヒコーキも怪しいものである。しかし、驚くのは学生達の反応で、ほんの数m移動したヒコーキにさえ「飛んだー」「すごーい」と学生の歓声があがることである。紙ヒコーキに対し、この程度の経験しかないことに驚く。1回でもやったことがあれば、それは学習済みと見なされる表面的体験主義の弊害をみる思いである。これでは面白くもなんともないのにと言いたくなる気持ちを押さえ、冗談めかして学生に問いかける。
 「さぁ、みなさん、どれくらい飛びましたかぁ?」
 「みなさんが飛んだ飛んだと言っているヒコーキは、飛んでるのではなく、実は墜ちてるんですよ〜」。あちこちで失笑がもれる。
 「教育現場の先生になる以上、例えば紙ヒコーキという教材を取り上げたとき、その値打ちを子ども達に伝えられなければ教育のプロと言えません。今期中に教室の端から端まで楽に飛ばすことを単位取得の必要条件としますね」。
 「ええーっ!?」「うそーっ!?」あちこちから学生の驚きの声があがる。
 こう言いながら、A4コピー用紙でできるへそヒコーキ、イカヒコーキなど代表的な紙ヒコーキを3機選び、紙ヒコーキを遠くまで飛ばす三つの秘訣を伝える。

◆一つ 折り方
基本の折り方に忠実に、折り目はしっかり爪アイロン(紙を机の上に置き、爪を使ってしっかり折り目を入れる:筆者による造語)でつける。
◆二つ 調整の仕方
ヒコーキが飛んでいるときに主翼が地面と水平になるよう調整。左右の羽根は1mmのズレを許さない匠の眼を持って左右対称にまっすぐに。
◆三つ 飛ばし方
飛はずときは斜め上に一直線に飛ばすのが基本。10回飛ばせば汗が出る位に思いっきって。

 頭では分かったつもりでも、実際にはできていない学生がいかに多いことか。しかし、最初は当然のことのように私を頼っていた学生達も、教室の端から端まで飛ばし始める学生があらわれ、また、自分のヒコーキが生命(いのち)を持ったかのように飛ぶ兆しを見せ、その味を知ると顔色が変わり、自ら教材研究をし始める。その様子を「しめしめ」と思いながら見守る。学生の自己教育力のスイッチが入り、次々に感性と知性が結びついていく。多くの学生が、こんなに真剣にヒコーキを飛ばしたのは生まれて初めてと熱く感想を語る。

教材研究のスタートは「わくわく」の実体験

 学生を見守りながら願うこと、それは、教材の本質的な面白さを学生が身をもって体験することで、教材研究にはまってもらいたい!ということである。「このわくわくする気持ちを子どもたちにも味わわせてあげたい!」、そんな志をもった教師になってほしいのである。
 教師の仕事とは、教材の本質に根ざした値打ちを子どもにちらつかせ、「自分でやってみたいと」思う環境をつくり、子どもが自力で達成可能な良質な情報をいかに提供できるかにあると思う。そのためには、その教材の面白さに教師自身が出会い続ける必要があると思うのである。
 教材の本質に出会えば、子どもが変わる!
 教材研究はかように奥深いものなのである。

竹井 史たけい ひとし

1959年大阪生まれ。神戸大学大学院教育学研究科修了。富山大学人間発達科学部教授等を経て、現在、愛知教育大学教育学部創造科学系教授。専門は美術教育、幼児教育(造形・遊び)。これまでに、地域住民参加のイベントを15年間企画・運営し、7万人以上の親子とふれあう。

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