教育オピニオン
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いじめ未然防止の視点と対応
日本ピア・サポート学会理事山口 権治
2023/12/20 掲載

1 はじめに
 平成23年に大津市で起こった中学2年生のいじめを原因とする自殺をきっかけに、平成25年に「いじめ防止対策推進法」が施行されました。しかし10年を経過した令和4年度の文部科学省の調査によると、小・中・高等学校および特別支援学校におけるいじめの認知件数は681,948件となり、前年度より66,597(10.8%)件増えて過去最多となっています。いじめ重大事態の件数は923件であり、前年度に比べ217件(30.7%)増加し、こちらも過去最多となりました。いじめは減少するどころか、増加の傾向にあります。厚生労働省の調査では、令和4年度の小中高生の自殺者は514人と過去最多になりました。このように、児童生徒が置かれている環境はますます深刻さを増しており、いじめの未然防止は急務だと考えられます。
 国立教育政策研究所が平成16〜平成21年度に行った「いじめ追跡調査」によると、小学4年生から中学3年生までの6年間でいじめの加害者にも被害者にもならなかった児童生徒は1割しかいないことが明らかになりました。これは、一部の常習的な児童生徒だけがいじめを繰り返しているのではないことを示しています。目の前の「気になる子ども」だけを見て事後対応に終始していても、問題は解決しないのです。
 いじめの被害者は、当然ながら深刻な影響を受けます。ある調査によれば、自己肯定感や社会的能力(social skill)の低下が見られました[1]。さらに、いじめは被害者ばかりでなく、加害者や傍観者にもダメージを与えます。日本ではいじめに関する調査が少ないため、ここでは欧米の調査を紹介します。
 小学生のときにいじめの加害者となった者は、中高生の時期にたやすく暴力をふるうようになる傾向が見られました。また、低年齢の時期(調査では8歳時)にいじめの加害者となった者は、そうでない者に比べて30歳頃までに犯罪に手を染めてしまう割合がかなり高くなるほか、大学を卒業して定職に就く割合も低くなっていました[2]。
 ここで見過ごされがちなのが、傍観者への影響です。ある調査によれば、傍観者はいじめを止められなかったことに対して無力感や罪悪感をもった結果、自己肯定感が低下し、鬱的傾向をもつに至る場合もあることが指摘されています[3]。それらの問題が大人になっても影を落とし、社会性の低下をもたらすというのです[4]。このように、いじめは被害者ばかりでなく、加害者、傍観者にも長期にわたる深刻なダメージを与えています。そのため、いじめを起こさせないという未然防止の取組こそが、子どもの将来を守る観点からも重要だと考えます。

2 現在のいじめの傾向
 いじめは、大きく分けて2種類あると考えられます。「暴力系いじめ」と「コミュニケーション不全系いじめ」です。前者は、殴る、蹴る、性暴力、恐喝といった、肉体的暴力を伴ったものです。後者は、からかい、悪口、嫌なことを言われる、仲間外れ、無視、陰口、というように、主に人間関係に起因するものです。
 大津のいじめアンケート(平成30年度調査)では、後者のいじめが大半でした。そこで、後者に焦点を当てて考えてみます。いじめの加害者として最も多く挙げられるのは、同じクラスの児童生徒です。いじめる理由は「相手に悪いところがあるから」「悪ふざけだと思っているから」「暴力をふるうわけではないし、たいしたことないと思ったから」「いじめなければ自分がいじめられるから」「友達に誘われたから」「面白いから」「気分がスカッとするから」などです[5]。イライラや怒りの原因を責任転嫁する傾向や、クラス全体にいじめを誘発する雰囲気が強いと、いじめは起きやすくなります。
 また、いじめの被害者には、周囲に合わせることが苦手だったり、友達が少なかったりと、周囲から孤立している子どもが多い傾向が見られます[6]。そして「いじめを止めてほしい人は」という問いには「友達」と答える児童生徒が圧倒的に多いという結果が出ています[7]。
 さらに「教室の雰囲気が良いほどいじめが少ない」という点や[8]「担任の先生が話をよく聞いてくれるといじめは少なくなる」[9]という調査結果は、われわれ教員が理解しておかなければならない重要な点です。
 
3 いじめ問題介入の5つ視点
 いじめ問題を解決するには、教師が児童生徒の立場に立って理解と支援をしなければなりません。そうすれば、いじめられている児童生徒は心を開いて辛い体験を語ることができますし、いじめの実態も解明することができます。
 いじめ問題介入のための5つの視点[10]について紹介します。第一は、いじめは「心的外傷(PTSD)を引き起こす事態であり、子どもによる虐待である」との認識が必要だということです[11]。いじめを受けた児童生徒は心をひどく傷つけられます。時には絶望し、最悪の場合は自死に至ることもあります。そのダメージは将来にわたって負の影響を及ぼします。この点に理解がなければ、いじめ問題の解決への強い動機づけは生まれないでしょう。
 第二に、攻撃誘発性(Vulnerability)についても考える必要があります。これは被害者となる児童生徒の「いじめられやすさ」のことです[12]。例えば、身体に障害をもった児童生徒、発達に課題を抱える児童生徒、帰国子女や転校生、協調性に欠けていたり、服装がだらしなかったり、とげとげしい言葉づかいをする子どもなど、いじめられやすさをもつ児童生徒への理解と個別支援が必要になります。また、近年はセクシャルマイノリティー(LGTBQ)の児童生徒に対するいじめも顕在化してきました[13]。
 これらは「集団の価値基準」からの逸脱がいじめの原因となりうることを示しています。例えば、過剰なほど正常、健康、中心志向の高い学級や、異質なものを排除しようとする雰囲気が支配する集団では、「違和感をもたらす異物」は擯斥の対象になりやすいと考えられます。私自身の学級づくりを振り返っても、反省すべき点は多々あります。ある年、年間学級目標を「欠席者ゼロ」と掲げたことがありました。最初に欠席した生徒はさぞ辛かっただろうと思います。
 一方、優等生などの目立つ児童生徒もいじめのターゲットになる場合があります。要因は様々ですが、いじめの被害者となった児童生徒に対して、教師は早めに信頼関係を築き、相談しやすい環境をつくることが肝要です。
 第三に、集団内に生じる「ピア・プレッシャー」(同調圧力)への配慮と対応が必要です。思春期の仲間内で生じる同調圧力は極めて強力で、大人から見れば異様に思えるほどです。いじめる理由として「いじめなければ自分がいじめられるから」「友達に誘われたから」等が挙げられるのも、同調圧力によっていじめをせざるを得ない環境ができ上がっていることを示しています。こうした環境を取り払い、だれもが「何でも言える」心理的安全性の高い環境をつくることが大切です。
 第四に、教師は論理性のある指導観をもつ必要があります。前述のいじめる理由の第一位は「相手に悪いところがあるから」ですが、短所のない人は一人もいません。ですから、短所を理由にいじめてよいわけがありません。いじめがいかに不当なことかを、教師は日頃から児童生徒に伝えなければなりません。
 第五に、児童生徒に対立解消のスキルを身につけさせる必要があります。価値観の多様な現代、対人関係上のもめごと(対立)が起こるのは自然なことです。必要なのは、もめごとを起こさないように押さえ込むことではなく、もめごとが起こったときに児童生徒の発言を丁寧に聞き、当事者同士の対話を通じて解決していく力を養うように指導できる教師の力です。児童生徒がもめごとからお互いの価値観や考え方の違いを学び、理解することで、多様性が受け入れられ、一人ひとりが成長します。個が成長すれば、集団も多様性を受け入れる(インクルージョン)集団に変容します。そうなれば、いじめは減少すると考えられます。

4 いじめの予防対応
 学校でのもめごとの多くは、教師のいないところで起きています。もめごとは、ともするといじめに発展します。そうなると、解決は容易ではありません。いじめに発展する前の、もめごとの段階で解決することが重要です。
 教師の目の届かない休み時間、昼休み、部活動中に多くのもめごとが起きます。その場面は教室、廊下、階段、部活動などです[14]。まわりには他の児童生徒がいるはずです。彼らがもめごとに気づいて適切に介入し、仲裁者となり、対話でもめごとを解決することができれば、いじめの未然防止につながります。児童生徒にそうした技術を身につけさせ、児童生徒同士が互いに助け合い、支え合い、高め合いながら親和的な関係を構築するように促す教育活動は「集団を育てる手法」と言えます。
 仲裁者が対話を通して対立(もめごと)を解決する手法を「メディエーション(調停)」[15]といいます。メディエーター(仲裁者)が当事者双方から話を聞く中で、事実や対立する両者それぞれの気持ちを受け止めつつ、当事者の願い(どうなりたいか)を理解して、共通点を見いだし、合意を形成するものです。
 その技術を身につけるには、ロールプレイを通じたトレーニングが有効です。もめごとの場面を設定し、当事者役2名とメディエーター役1〜2名によるメディエーションを実施するというものです。
 ここでメディエーションのトレーニングを実施して効果が上がった事例を紹介します。著者がある小学校から依頼を受け、75人の4年生を対象にメディエーションのトレーニングを行いました。トレーニングの事前事後に「友達がもめごとを起こしていたら、あなたはどうしますか」というアンケートを行なったところ、「解決できるように助ける」と回答した児童の割合は、トレーニング実施前では26%、実施後では75%という結果が得られました。その後担当教諭から「4月に頻発していたクラス内のもめごとがメディエーションのトレーニング終了後は、ほとんど見受けられなくなった」との報告を受けています。さらに、その年の学校総合評価では「トレーニングを受けていない学年」より「受けた学年」の方が評価が高かったという連絡も受けました。こうした指導を行うには、まず教員自身が率先して学び、児童生徒にモデルを見せる必要があります。
 一方、集団に視点を置き過ぎると、少数派(弱者)に対する視点が抜け落ちてしまいがちです。「担任の先生が話をよく聞いてくれるクラスはいじめが少ない」と言われるように、「個に寄り添い、個を守る」という視点が重要になるのです。多くの児童生徒にとって有効であったとしても、クラスの中で1人でも傷つく児童生徒が生じるようなやり方は避けるべきです。
 さらに中井[16]は、「教師の何気ない一言、かすかなうなずき、いや黙って聞き流すことさえも加害者には千万の味方を得た思いである」と述べ、教師の言動がいじめを助長したり許容したりする存在になり、いじめ防止には教師の態度が大きな影響を与えることを指摘しています。
 教師は児童生徒のロールモデルであることを自覚しなければなりません。教師自身の人格の向上が求められるのです。

メディエーションとは
当事者の話を聴きながら、くり返しや要約などの傾聴スキルを使い、当事者 が相互の事実、気持ち、頑張っていることを理解し、共通点を見出し、合意を形成すること。

図1

参考文献

[1]Ross, D. (1996). Review of Literature, variety of strategies for guidance counselors and others. Childhood Bullying and Teasing: What School Personnel, Other Professionals, and Parents Can Do. American Counseling Association, 5999 Stevenson Avenue, Alexandria, VA 22304., 5-10, 11, 13-20.
[2] Fox, J., Elliott, D., Kerlikowske, R., Newman, S., & Christeson, W. (2003). Bullying Prevention Is Crime Prevention. (a report by Fight Crime: Invest in Kids.) 2000 P Street NW, Suite 402, Bethesda, MD 20184. (本資料はインターネット(http://www.pluk.org/Pubs/Bullying2.pdf)にて閲覧(last visited Oct. 7, 2014))
[3] Hazler, R. (1996). Breaking the cycle of violence: Interventions for bullies and victims. Bristol, PA: Accelerated Development, Inc.
[4] Harris, S. & Petrie, G. (2003). Bullying: the bullies, the victims, and the bystanders. Lanham, MD: The Scarecrow Press.
[5] 久保田真功「いじめを正当化する子どもたち」子ども社会研究、2003
[6] 校則問題及び不適切指導に関する調査結果
[7] 森田洋司他編著「日本のいじめ 予防・対応に生かすデータ集」金子書房、1999
[8] 校則問題及び不適切指導に関する調査結果
[9] 秦政春「いじめ問題と教師:いじめ問題に関する調査研究」大阪大学人間学部紀要25、1999
[10] 池島徳大「いじめ問題の理解と対応」日本学校教育相談学会、2008
[11] Olweus,D Bullying at Schools;what we know and what we can do.Oxford Blackwell., 1993
[12] 竹川郁雄「いじめと不登校の社会学 集団状況と同一化意識」法律文化社、1993
[13] LGBTの学校生活に関する実態調査結果報告(2013)
[14] 森田洋司他編著「日本のいじめ 予防・対応に生かすデータ集」金子書房、1999
[15] 山口権治「中学校・高校 ピア・サポートを生かした学級づくりプログラム」明治図書出版、2019
[16] 中井久夫「いじめとは何か」(「仏教」NO.37)法蔵館、1996
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