教育オピニオン
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「防ぎようのない」事件・事故から子どもを守るために
順天堂大学・日本こどもの安全教育総合研究所宮田 美恵子
2019/8/1 掲載

 令和元年5月に池袋、大津で交通事故、川崎では殺傷事件が起こりました。子どもを巻き込んだ事件・事故の頻発に対し、ニュースや報道では「防ぎようがなかった」という印象を与え、教育現場では、さぞ不安を抱えていることでしょう。
 しかし、本当に「防ぎようがない」、すなわち「予防する手立てはなかった」のでしょうか。大変難しいケースではあるものの、予防の観点でできることはなかったのか、ここでは学校で対応し得る環境整備と教育的対応を中心に述べたいと思います。
 学校安全教育の目標は、(1)安全課題に対する思考・判断・行動選択力をつける(2)危険を予測し、自他の安全に配慮できる(3)安全活動に進んで参加し貢献できる資質を育む、ことにあるように予防が重要だからです。

 さて、冒頭の例では交通災害と犯罪被害の違いはありますが、共通点もあります。それは、「被害者は皆、ルールを守って行動しており、何ら落ち度がなかった」という点です。
 池袋の交通事故の場合は青信号で横断歩道を渡っていたのに、大津の交通事故の場合は歩道で信号が青に変わるのを待っていたのに、川崎の殺傷事件の場合はスクールバスの停留所にきちんと整列して待っていたのに、悲劇は起こりました。突然もたらされた命の危険に対し、子どもや大人、教師がとっさにできることは極めて少なかったことは事実です。

池袋・大津交通事故からの教訓
 それでは、事前にできる限りのことがなされていたのか、という問いを考えてみましょう。一般的には、ルールやマナーを守って行動する人間が命を脅かされることはほとんどありませんが、一方で、交通法規や信号などによって安全が管理されている社会では、人間の危険予測能力が働きにくくなっています。青信号であれば目を閉じていても安全に道路を渡れるような環境では、過信が生じがちです。たとえ青信号であっても、さらなる安全確認を行った上で踏み出すことが必要です。
 また、歩道で信号が変わるのを待つ場所についても再考した方がよいでしょう。もうワンランク上の安全が得られないか、そのつど考えます。たとえば、信号を待つ場所が公園に隣接しているならそちらで待ったり、ガードレールがあるならその後ろで待ったりした方が、ガードレールの途切れた箇所よりも安全です。
 したがって、安全教育としては、歩行者側も様々なケースの危険を予測して安全な行動につなげる習慣を身に付ける学習が必要です。できれば子どもと一緒に通学路を歩き、それぞれの場所で生じる危険を予測させる、さらには想定外を想定してみることで、さらにワンランク上の安全を探し、考えて実行できるようにします。
 もちろん、それでも確実に安全とは言い切れませんが、被害を減少させ、緩和することは見込めます。信号機の指示やドライバーのスキルに依存せず、歩行者自身が主体的に安全行動をとる力をつけていくことを、これからの安全教育では念頭においていきましょう。

 次に、環境整備の点では、二重三重の安全対策を講じます。交通被害防止では、なにせ「歩車分離」が重要ですから、歩道と車道をしっかり分けると共に、衝撃を緩和するための縁石、ガードレール、ガードパイプなどを幾重にも設置することです。
 通学路においては、地域の方々や保護者と共に、歩車分離が十分かどうか点検していきます。不十分な場合は早急に通学経路を検討するか、管轄する警察署などと相談して対応します。その際には、「いつまでに、何を行うのか」のスケジュールを決め、その過程や結果も含めて見届けていく姿勢が大切です。
 こうした環境整備や教育的対応によって、子どもが歩行者としての安全行動を習慣化することが、将来のドライバー教育の原点でもあり、自らが加害者とならないための命の教育ともなるのです。

川崎殺傷事件にみる課題
 川崎の殺傷事件については、刃物を持った者に対し、子どもにできることは極めて限られていましたが、その状況でもコンビニに逃げ込んだ子どもが十数名いました。コンビニは子どもでも「いつでもやっている」「大人がいる」ことを知っている、身近で親しみのあるところでもあります。「こども110番の家」と共に、コンビニは緊急時の安全ステーションと位置づけることができます。
 学校とコンビニ、保護者や地域が連携し、具体的な避難訓練ができる体制づくりを進めてほしいと思います。生活科などの授業で安全マップづくりのためにまち歩きをする際には、依頼したいコンビニを見つけて、学校側から依頼しまちぐるみで機能するような取り組みに昇華させることが今後の課題です。こうした事前の備えがあってこそ、予期しない緊急場面で、子どもが命を守る可能性を数%でも担保することにつながります。
 声かけによる連れ去り事案を越えて、テロ的なケースでも、子ども自身が怖いと感じたなら、状況に応じて危険から離れ(逃げて)大人に伝えることを可能にするために、駆け込み先として子どもを受け止める安定的な存在が欠かせません。これまでもコンビニなどの企業が協力してくれていましたが、まだまだ形骸的であり実際に機能するものに具体化することが必須であり、環境整備と教育的対応を進めることです。

ワンランク上の安全教育を
 このように、「防ぎようのない事件・事故」に落胆するだけでなく、既存の安全対策を緊急時に機能するものにする」、さらに子どもの安全力を高めるためにワンランク上の危険予測能力、判断力、行動力を身に付けさせる」という、命を守る具体的な安全教育が必要なのです。

宮田 美恵子みやた みえこ

順天堂大学研究員・日本こどもの安全教育総合研究所理事長。
専門領域は学校安全、安全教育、教育社会学。
安全に関する教育課題や問題について解説なども行っている。
近著『うちの子、安全だいじょうぶ?新しい防犯教育』新読書社、2018

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