教育オピニオン
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コンピテンシーの顕在化を支援する「自主研究」
お茶の水女子大学附属中学校教諭中山 由美
2017/7/1 掲載

 コンピテンシー・ベイスは、コンテンツ・ベイスと対比して考えるとわかりやすいと思います。例えば、私の専門の音楽科で述べてみます。音楽の学習コンテンツに「チューニング」という概念があります。これは「複数の楽器のピッチ(音高)を揃えること」であり、「ピッチを揃える方法を知る」ことまでがコンテンツの領域です。コンピテンシーは、「ピッチがずれていることに気づく」「ピッチを揃えようとする」「ピッチが合ったことがわかる」さらに「ピッチが揃った状態で合奏をつくっていく」というようなことです。つまり、コンピテンシー・ベイスとは「知識・技能を、実際の場で生かしたり応用したりする力を基本とする」と私はとらえています。
 生徒が主体的に力を発揮していくには、必要感・必然性が必要です。やらされ感のない勉強、学習、活動はどうすれば設定できるのか、教科学習の先にある「学習」「研究」とは何か、今やっている勉強は何につながるのか。そのようなことをあれこれ考えてみても、結局は、先生も生徒も保護者もテスト結果を気にし、どの高校に進学できるのかを気にするのが正直なところかもしれません。
 しかし、私は現在の勤務校で、自分がやりたいこと、興味のあることを探究したり、創作したりする活動に夢中になっている生徒に出会いました。その活動が「自主研究」です。自分の好きなことですから、「世のため、人のため」というわけではありません。あくまでも自分の知的好奇心を満たすための研究です。
 「自主研究」のテーマの例を挙げてみます。「劇団ふろしき」、これはふろしき1枚を使っての一人芝居の研究です。「パニック映画をつくる」、プロ顔負けの撮影機材を担いで動画作家の道を研究していました。チャーハンが大好きで「おいしいアレンジ炒飯を作ろう!」のテーマでひたすらおいしいチャーハンの作り方を実験する生徒もいました。一方では「海水の体積膨張による海面上昇〜なぜ海水は膨張するのか〜」といった科学者のような生徒、「手話で歌を伝える〜耳の聞こえない人と聞こえる人の架け橋になる〜」では、手話と顔の表情のしかたの工夫で歌を伝えようとする生徒、「大崎上島活性化大作戦!」でおじいちゃんが住んでいる島の村起こしをプロデュースする生徒もいました。
 もちろん、誰もがすんなりテーマを設定できるわけではありません。自分がやりたいこと、興味のあることが何なのか、暗中模索の生徒もいます。常に「なぜ?」「なにが?」「どうやって?」という疑問をもって物事をとらえる、幼児のときのような好奇心をもち続けていれば、きっとテーマが見つかるのでしょう。しかし、現実には、成長するにつれて、「やりたいこと」よりも「やらねばならぬこと」に追いまくられて、段々そのような視点が失われていくことが多いように感じます。そこで、自分の中に眠っている好きなこと、好奇心を呼び起こすことから自主研究は始まります。
 以下に示した表は各学年の内容です(表中の(1)〜(8)は後述の(1)〜(8)に対応しています)。

表

(1)1年生の情報活用基礎の学習

 テーマを追求する方法として、図書室の活用方法、インターネットや検索ソフトの活用方法と情報モラルについて、表計算ソフトの活用方法、博物館・資料館などの活用方法、インタビューのしかた・マナーなどを学習します。また、思考ツールの使い方として、イメージマップ(ウェビング)、熊手チャート、マンダラート、の方法を学習し、自分の興味・関心のある事柄を研究テーマとして立てていく手法を知ります。

(2)1年生の夏休みミニ自主研究

 夏休みを使って、自分で興味・関心のあることをテーマに調べたり、実験したり、取材したり、つくったりして、その結果を八つ切りの画用紙に表現し、学年全体で発表会をします。小学校での総合学習で経験した学習の進め方もベースになっています。

(3)1年生の自主研究ゼミ

 「課題生成」「仮説検証」「開発・創作」の3つのタイプの研究方法を教師主導のゼミ形式で学びます。1年生を6つのグループに分け、2h×6回シリーズで各研究対応を2回ずつ学びます。

(4)1年生の課題発掘セミナー

 自主研究を行うに当たり、自分がどのような方向に興味・関心をもっているかを知る、夢中になって研究や仕事に取り組むことの楽しさを知ることを目的に、卒業生や社会人を講師に招いて行うレクチャーです。

(5)2・3年生の配属グループ

 生徒のテーマを「芸術と人間」「言語と記号」「くらしと文化」「自然と環境」「運動」の5つのカテゴリー―にまず分類し、さらに担当教員の数と活動場所を勘案して13のグループに細分化しています。

(6)2年生のポスターセッション

 探究発展Tのまとめとして、模造紙1枚に研究のまとめを図や表、写真などを用いてわかりやすく書き、学年全体での発表会で、1年生も聴講します。持ち時間7分の間に発表と質疑をします。

(7)大学講堂での全校発表会

 前期の最後に、グループごとに生徒が選んだ3年生の代表者が大学講堂で全校発表をします。グループの枠を越えた様々なジャンル・内容で、見せ方や話し方を工夫したプレゼンテーションを全校で聞き合います。聞き手は発表者一人ひとりについて評価票に感想やコメントを書きます。

(8)ラウンドテーブル

 3年生一人ひとりが四つ切り画用紙に作成した「ビジュアル凝縮ポートフォリオ」を使って研究の歩みを発表し、意見交換するものです。参加者は1・2年の生徒、教育実習生、保護者やPTA後援会の方々といった社会人にも参加していただいています。

 「自主研究」がコンピテンシー・ベイスであるのは、学ぶ内容は個々それぞれですが、その探求の過程を通して、課題発見・設定の力、論理の力、感性の力、見通す力、情報活用の力の汎用的な力を身につけていく点です。
 以上のことから、「自主研究」は生徒が必要感、必然性を感じて取り組むコンピテンシー・ベイスの活動であると私は考えています。
 一方、勤務校では現在、コミュニケーション・デザイン科の研究をしています。これは、社会のため、人のためにやるべき課題を認識し、他と協働しながら解決していこうとする学習で、自分の興味・関心に基づく個人研究である「自主研究」とは対照的な取り組みです。この2つの学習の場によってコンピテンシーの顕在化を支援していけるととらえています。

中山 由美なかやま ゆみ

1991年千葉大学大学院教育学研究科修了、教育学修士。2013年東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了、博士(教育学)。千葉市立犢橋中学校、千葉市立椿森中学校、千葉大学教育学部附属中学校、千葉市立真砂第四小学校、千葉市立西の谷小学校、各校教諭、埼玉大学教育学部非常勤講師歴任。現在、お茶の水女子大学附属中学校教諭、放送大学千葉学習センター面接授業非常勤講師。

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