この時期の子どもたち
ときどき、いじめ問題がマスコミをにぎわします。その度に、子どもたちも保護者のみなさんも不安になります。いじめ対応はもちろんケース・バイ・ケースですが、少し学校と反対側からの視点で考えてみましょう。
◎ 保護者のいじめ体験を想定する
保護者の中にも、子どもの頃にいじめられた経験のある方がたくさんいらっしゃいます。そのことに対する認識が、教師の側にはとても少ないように思われます。保護者自身がいじめに合っていたとしたら、その恐ろしさは骨身にしみています。
いじめられたことを親にひた隠しにしていた経験。
先生にも分かってもらえなかった経験。
学校へ行くことが地獄だった経験。
そのような経験をもつ保護者が、学校から帰ってきた子どもから「今日、AさんとBさんにいじめられた」という言葉を聞いたら、冷静ではいられません。そういう保護者に対して、教師が「大したことではありませんよ」等と言うことは、たとえ本当に軽い出来事であったとしても、保護者は見捨てられたような気持ちになると思います。
担任が気をつけたいポイント
「勝ち負け」という発想にならないこと
「何か言ってこられたら、保護者に負けないように、言うべきことは言わないといけない」
確かに、その通りです。最近の保護者の中には、理不尽なことを平気でおっしゃる方がいらっしゃいます。言われっぱなしでは、かえって悪い状況になることもあるでしょう。クレームに対しては、学年の先生や管理職と一緒に話を聞いて、言うべきことを伝えることは必要です。
けれども、言い勝てば教育がうまくいくことでもありません。「先生たちは分かってくれない」という気持ちをもたれてしまえば、次からが大変になります。
保護者との関係は、負けてはいけないが、勝ってもよくないのです。
教師自身の「いじめ」のとらえ方を基準にしないこと
いじめに定義というものはありません。「自分は『いじめ』というものをこう考えている」と言っても、それはその先生だけのとらえ方なのです。子どもや保護者に通用するものではありません。いじめの事実を受け止める心の強さは、人によって違うのです。
「私の考えるいじめの定義にあてはまらないから、このケースはいじめではありません」ということは、いじめられているという思いの子どもと保護者には、納得できることではないのです。
多賀先生からのワンポイントアドバイス
いじめの問題が起こったら、次のことを同時に行わなければなりません。
- 慎重に事実関係を確かめること
- いじめられていると感じている子どもの思いをケアすること
一人だけで対応するのは危険です。管理職や学年の仲間と事実関係を共有して一緒に考えていくことを欠かしてはいけません。そうして、いじめの事実があるかないかということは、きっちりとおさえておかなければなりません。
しかし、最終的に大切なのは、「いじめられている」「つらい」という子どもの気持ちと、子どもからそれを聞いている保護者の思いにいかにして寄り添うかという一点に尽きると思います。
定義があるのに定義に従わない教師たちがいて、いじめが客観的に明らかであっても、定義からはずれる「けんか」ということに歪曲したり、無かった・気付かなかったことにしているケースが、多くのいじめ問題の背景にあることは、学校関係者や保護者には周知の事実です。
そもそも、保護者との関係に負けてはいけないとする発想が、自らの落ち度を決して認めない、職務怠慢があっても謝れない・隠蔽する教師ともいえない教師を育て、蔓延させます。
子どもの健全な成長を保護者と協力して保障しようと努力できる意欲のある教師を増やす事が先ず必要です。そのための根拠ある有効なアドバイスを強く望みます。