教育オピニオン
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教師の常識をぶっ壊せ! 〜テレビ番組の現場から〜
玉川大学芸術学部メディア・アーツ学科教授野本 由紀夫
2012/1/27 掲載

♪音楽は国語だ♪

 「音楽は、耳で聴くもの」。「音楽は、言葉なしでわかるもの」。
 そう思い込んでいらっしゃる先生も多いのではないでしょうか。たしかに、聴覚なしでは音楽は成り立たないでしょう。言葉で表現できないからこそ音で表現した音楽がある、ともいえます。しかし、私はあえて言いたい。教師の常識をぶっ壊せ! 音楽は「目」であり、「言葉」が必要だ、と。
 人間の知覚は、83%が視覚、11%が聴覚といわれています。じつは、音楽は「聴覚だけ」と誤解されるようになったのは、レコードが発明されて以来、人類史上わずか100年程度の現象にすぎません。それまで、音楽と言えば「ライブ演奏」であり、目の前に「演奏者」がいないことはあり得なかったわけで、視覚と音楽は密接だったのです。ヴァイオリンの鬼才パガニーニも、ピアノの魔術師リストも、演奏を「見せる」からこそ、超絶技巧が聴衆に伝わりました。
 一方、人間は、そもそも言葉(それこそ母国語)を通してしか、理解に至りません。音楽の先生方も、なんの音楽知識も、なんの音楽体験の積み重ねもなく、音楽が突然「わかる」ようになったわけがありません。かならず「言葉」が介在してきたのです。「国語ができないと、音楽はワカラナイ」。これ、ほんとうなのです。

♪新学習指導要領で求められる「根拠をもった批評力」♪

 この「言葉を通してわかる」ことがもっとも求められるのが、音楽科では「鑑賞」の授業ではないでしょうか。これまで、音楽鑑賞はあまりに「感性」に比重がありすぎました。
 ですから、えてして音楽鑑賞の授業は感覚的で受動的な活動で終わり、ただ感想文を書かせるだけだったり、(図工や美術の先生が指導するならともかく)ただ絵を描かせてみたり、というピント外れの方法論が取られることが多かったのです。これでは、音楽自体がもつ楽しさが「理解」されたとはいえませんね。
 ところが、新学習指導要領では「知識」「理解」「根拠をもった批評力」が必要になりました。小学校の新学習指導要領にも、「感じ取ったことを言葉で表す」「楽曲の特徴や演奏のよさに気がついたり理解したりする」「受動的になりがちであった鑑賞の活動を、児童の能動的で創造的な鑑賞の活動になるように改善する」とあります。中学校編には、はっきりと「根拠をもった批評力」と明記されています。

♪NHKの音楽番組と学習指導要領♪

 その「根拠をもって批評する」、あるいは「音楽を言葉で説明する」ことを実践している一例が、NHK-BSプレミアムで放送している「名曲探偵アマデウス」です。私が監修・解説しているので、番宣に思われてしまうかもしれませんが、じつは新学習指導要領を強く意識して制作しているのです。
 当番組では、「名曲はなぜ名曲なのか」を、作曲家の生涯や音楽史、場合によっては世界史的な背景にまで触れながら、作品に込められた作曲家の思いやメッセージを、もっぱら「音楽理論」や「音楽分析(アナリーゼ)」、「楽器法」の観点から読み解いています。
 視聴者の反響は、じつに驚くべきものです。なぜかといえば、扱っている音楽理論のトピックがかなり専門的なのに、小学生からさえ「楽しい」との反応を番組にいただき、おとなの方からも「もっと早くこの番組に気づいていればよかった」と再放送を願う声やDVD化を願う声が多く寄せられているからです。

♪専門用語の絶大な力♪

 テレビ番組をやってみて痛感したのは、意外や意外、「専門用語」の絶大な力です。
 「こういう響きのことを“不協和”というのか」。「せつない感じがするのは、“倚音(いおん)”だからか!」「この音色が“シャリュモー音域”か」。
 漠たる感覚に、言葉で概念を名付ける力の大きさにはびっくりです。児童や生徒、一般視聴者の「納得感」が違うのです。「なるほど」と感じてもらえるのです。
 新学習指導要領でも、〔共通事項〕という、音楽表現や音楽鑑賞にかかわる基本キーワードが定められましたが、これらの用語を音楽の先生がしっかりと「言葉」と「音」で説明できる必要がありますね。

♪「楽譜」の力、「視覚」の力♪

 「名曲探偵アマデウス」では、もっと衝撃的なことがありました。すなわち、「楽譜」を多用してアナリーゼしているにもかかわらず、それがむしろ歓迎されている事実です。とくに中学・高校で、楽譜に対する拒否反応の強い子どもたちを目の前にしている先生方の「常識」は、ショッキングなまでに裏切られているのです。
 なぜ楽譜が歓迎されるのか。
 それは、「歌わせる」ために楽譜を使うのではなく、音楽を「グラフィックに見せる」ために楽譜を使っているからです。やはり音楽は「聴く」だけのものではないのです。「見る」ことで「聴こえてくる」のです。

 以上、ここではもっぱらクラシック音楽の鑑賞についてしか述べてきませんでしたが、「見ると聴こえる」は、まさに鑑賞教育におけるユーザーインターフェースだと思います。DVDやBlu-rayを使うのはもちろんのこと、できればOHC(実物投影機とか書画カメラとも言います)やパワーポイントのアニメーション機能、さらには電子黒板などのICTもフル活用しながら、音楽の先生方には、ぜひ思い込みや常識を打ち破って、授業の工夫をしていただきたいですね。

野本 由紀夫のもと ゆきお

NHK-BSプレミアム「名曲探偵アマデウス」の監修・解説者としておなじみ。東京藝術大学大学院を修了(音楽学)。ドイツ学術交流会(DAAD)奨学金によりハンブルク大学(博士課程)に留学。桐朋学園大学助教授を経て、現在、玉川大学芸術学部メディア・アーツ学科教授。これまでに、日本女子大学家政学部児童学科、埼玉大学教育学部専門科目(音楽専攻)、昭和音楽大学、同大学院、東京音楽大学他の各講師のほか、全国各地での鑑賞教育についての講演、出張授業も多い。著書・訳書・論文は60点ほどあり、鑑賞教育関連では、『メッツラー音楽大事典(DVD-ROM版)』『はじめてのオーケストラ・スコア』『図解雑学 クラシックの名曲解剖』『CD付きNHKクラシックミステリー 名曲探偵アマデウス』など。

コメントの一覧
1件あります。
    • 1
    • 名無しさん
    • 2012/2/3 13:45:42
    現在、聴覚特別支援学校学校で音楽を指導しています。
    もともと、音楽の教員ではありませんので、専門知識に乏しいです。
    また、耳が聞こえない・聞こえづらい子供たちへの指導は、どのようにすればいいのかといつも悩み、試行錯誤しています。
    その中で、「音楽を視覚化する」「体全体で表現する」などを意識して行うように心がけていました。
    今回の、音楽は「目」であり、「言葉」が必要ということを読ませていただき、聞こえることを前提としたお話だったかとは思いますが、聾学校における音楽を指導していくにあたって、やはり「目」を大切にしたいと思います。
    また、「言語化」についても何か取り組めないかを考えてみます。
    ありがとうございました。
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