教育オピニオン
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「楽天主義」が教育を変える
武蔵野大学教授貝塚 茂樹
2011/10/7 掲載

1.吉田松陰は「楽天主義」者

 萩(現在の山口県)の小さな私塾が、幕末・維新の時代を切り開く大きな原動力となった。松下村塾。塾を主宰したのは、吉田松陰(1830〜59)である。優れた思想家でもあった松陰の名を不滅のものとしたのは、実はこの松下村塾での教育にあった。
 松陰が松下村塾の教育に関わった時間は僅か3年足らずに過ぎない。この期間に約90名の門下生が学んだとされるが、この中から久坂玄瑞、高杉晋作、品川弥二郎、前原一誠、伊藤博文、山県有朋といった幕末維新の変革を担う有為の人材がまさに綺羅星のごとく輩出された。塾の規模と松陰が実際に教えた時間を考えれば、まさに「奇跡」であった。
 こう言えば、教師としての使命感に溢れ、日夜、塾生の教導に尽力する松陰の姿を想像されるかもしれない。しかし、こうした姿に松陰を重ね合わせることはできないし、それは松陰の心情からしても誤りであろう。松陰は、孟子の「人の患(うれい)は、好んで人の師になるに在り」を評して、「学を為すの要は己が為にするにあり」「己が為にするの学は、人の師となるを好むに非ずして自(おのず)から人の師となるべし」と述べている。学問をするのは自分のため、自分を向上させるためである。学ぶ者として絶えず努力していく―。その生き方が、松陰を教師にしたと言える。
 はじめから、他人に教えるつもりの学問、自分のことを棚に上げてする学問は、必要に応じて知識を与える事はできるだろうが、人を揺さぶり向上させることはできない。松陰は、彼の下に来た門下生に対して、「共に学び共に育つ」者として接した。師弟といっても、同じ聖賢を学ぶ者ではないか。共に学んでゆこう、とも言っている。
 徹底した平等主義と一人ひとりを生かす教育―。松下村塾の教育は、しばしばこう評される。武士や町人の身分の区別もなく、また牢獄の囚人にまで分け隔てなく接した松陰。孟子の学問に傾倒し、すべての人間の本性が善であると信じて疑わず、どのような人間にも可能性があることを信じ続ける松陰の人間観と教育観が貫かれていた。もちろん、人間には賢愚の差はある。しかしどのような人間にも潜在している才能があり、これをうまく引き出すことができれば、必ず立派な人間になることができる。不要な人間は一人もいない―松陰は繰り返しこうも述べている。

2.教育は「明るく」語るものである

 数学者の広中平祐氏は、ある対談でこう述べている。「非常にオリジナルな仕事をしている人たちというのは、ほとんど例外なしに楽天主義者ですね。オプティミストですよ。とにかく、何かあるとすぐ“できるに決まっている”という人ですよね。ところが、たとえば、何か難しい問題があると、“できないに決まっている”というような人がいるけれども、そういう人は、たいてい驚くほどオリジナルな仕事をしないですね。楽天的な人は、まだ十分わからない段階でも、最初に“できる”と思ってやり出す」(『日本を語る』毎日新聞社)。
 おそらく、この「楽天主義」は、教師にとって何よりも必須の資質ではないか。それは、相手に対しても、また自分に対しても向上の可能性を疑わないということであり、その信念が教育を「元気」にさせる。
 教育と言えば、いじめ、学級崩壊、モンスターペアレンツなど、とかく「暗い」話題が蔓延し、教育学はことさらその対策に追われているかのようだ。自戒を込めて言えば、大学の講義も問題である。教師になる明るい希望を持った入学生が、最初に聞くのがいじめの現実とモンスターペアレンツの対策では、やる気を削がれるのはあたりまえだ。半年も過ぎれば、学生は減るし、目は虚ろになる。これで、よい教師になれるはずがない。
 もちろん、教育の現実から目を叛けろと言っているわけではない。しかし、そもそも学校とは、若いエネルギーと可能性に満ちた「楽しい」場のはずである。人間に対する可能性を信じることで、教師はもっと明るく語ることができるはずだ。教師の「楽天主義」が教育を変える。

貝塚 茂樹かいづか しげき

武蔵野大学教授
1963年茨城県生まれ。筑波大学大学院教育学研究科単位取得退学。国立教育政策研究所主任研究官等を経て、現在は武蔵野大学教授。専攻は日本教育史、道徳教育論。博士(教育学)。
著書に、『教えることのすすめ―教師・道徳・愛国心』(明治図書)、『戦後教育改革と道徳教育問題』(日本図書センター)、『戦後教育のなかの道徳・宗教<増補版>』(文化書房博文社)、『戦後教育は変われるのか』『道徳教育の教科書』(以上、学術出版会)、『教育史からみる学校・教師・人間像』(編著、梓出版社)、『教育学の教科書』(編著、文化書房博文社)など多数。また、『戦後道徳教育文献資料集(全36巻)』、『人間形成(全10巻)』、『資料で読む 戦後日本と愛国心(全3巻)』(以上、日本図書センター)などの資料集を編集。

コメントの一覧
1件あります。
    • 1
    • 芦野 弥生
    • 2011/10/12 10:38:16
    「楽天主義」が教育を変える。  教師はその人格の半分を楽天的にしていないと、児童・生徒の未来に開かれる可能性を見いだせないであろうし、教育を受ける児童・生徒らにも楽天的な物の見方は必要であると思います。「のびのびと育つ」というのは「楽天的に物事を見る」ことによって自分の可能性の扉を次々に開くことのできる生き方を指すのだろうと思います。第3子の義務教育をまもなく終えようとしているこの時に、自分の子育てを振り返るためにも、この本を読んでみたいと思いました。
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