「個別最適な学び」を実現する算数授業のつくり方
算数授業における「個別最適な学び」を、非認知能力、GIGAスクール、自己調整学習…など重要なキーワードから紐解きます。
「個別最適な学び」を実現する算数授業のつくり方(12)
教科教育における個別最適な学び
東京学芸大学附属小金井小学校加固 希支男
2022/5/25 掲載

 個別最適な学びと聞くと、「どういう授業をすればいいの?」という疑問が頭に浮かびます。そうなると、どうしても個別学習や子供だけで行う一斉授業といった、学習形態に目が向きがちです。
 個別最適な学びを考えるとき、学習形態に目を向けることは不可欠です。一斉授業一辺倒では、やはり子供の個性や興味・関心、進度を生かした学習が難しい場面も多くなります。しかし、学習形態は、学習目標を達成するために選択されなければ意味がありません。目の前の学習において、身に付けるべき内容や、考えるべきことが何かを考え、そのために適切な学習形態が選択されることが大切なのです。
 そのためには、教科教育で働かせるべき見方・考え方、教科教育で養うべき資質・能力を踏まえて、個別最適な学びを考えていく必要があるのです。

 最終回は、写真も図も入れず、文字だけで書いてしまいました。読みづらいかもしれませんが、今、個別最適な学びについて考えていること、危惧していることについて、思いの丈を書きました。最後まで読んでいただければ幸いです。

そもそも、個別最適な学びは何のためのものか

 そもそも、個別最適な学びとは、何のためのものだったでしょうか。改めて、2021年1月26日に出された中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現」(以下、中教審答申)を読み返してみます。中教審答申のp.19には、次のように示されています。

 学校における授業づくりに当たっては,「個別最適な学び」と「協働的な学び」の要素が組み合わさって実現されていくことが多いと考えられる。各学校においては,教科等の特質に応じ,地域・学校や児童生徒の実情を踏まえながら,授業の中で「個別最適な学び」の成果を「協働的な学び」に生かし,更にその成果を「個別最適な学び」に還元するなど,「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実し,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善につなげていくことが必要である。
(下線は筆者加筆)

 下線部分を見ていただければわかる通り、個別最適な学びは、協働的な学びと一体的に充実し、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善につなげていくためのものなのです。
 では、「主体的・対話的で深い学び」とは何だったでしょうか。これもいま一度確認しておきます。2017年に告示された小学校学習指導要領の解説・総則編(以下、総則解説)のp.77には、以下のように示されています。

 主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善の具体的な内容については,中央教育審議会答申において,以下の三つの視点に立った授業改善を行うことが示されている。教科等の特質を踏まえ,具体的な学習内容や児童の状況等に応じて,これらの視点の具体的な内容を手掛かりに,質の高い学びを実現し,学習内容を深く理解し,資質・能力を身に付け,生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続けるようにする ことが求められている。
@ 学ぶことに興味や関心を持ち,自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら,見通しをもって粘り強く取り組み,自己の学習活動を振り返って次につなげる「主体的な学び」が実現できているかという視点。
A 子供同士の協働,教職員や地域の人との対話,先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ,自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているかという視点。
B 習得・活用・探究という学びの過程の中で,各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら,知識を相互に関連付けてより深く理解したり,情報を精査して考えを形成したり,問題を見いだして解決策を考えたり,思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」が実現できているかという視点。
(下線は筆者加筆)

 下線部を見ていただければわかる通り、「主体的・対話的で深い学び」とは、子供に資質・能力を身に付け、生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続ける人にすることを目指すものです。これは、「そもそも、個別最適な学びは何のためのものか」という疑問の答えでもあります。「資質・能力を身に付けること」と「生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続ける人にすること」の2つを目指すものが、個別最適な学びとも言えます。

個別最適な学びにおける教科教育の重要さ

 先に示した、中教審答申と総則解説の両方に、「教科」という言葉が共通して書かれています。中教審答申には「教科等の特質に応じ」と書かれており、総則解説には「教科等の特質を踏まえ」と書かれています。個別最適な学びを実現するためには、教科特性を生かした学習がとても大切だということです。これは、各教科等の見方・考え方(算数であれば、数学的な見方・考え方)を働かせ、各教科等で育成すべき資質・能力(算数であれば、数学的に考える資質・能力)を養うことを目指すということです。
 今後の教育においては、子供が真剣に考えたい本当の課題に取り組むことを通して、様々なことを学んでいく学習が目指されていくと考えられます。国語や算数といった教科の枠で学習を閉じるのではなく、本当の課題を解決する過程において、新しい知識を獲得していくということです。
 例えば、世界の環境問題について考えたいと思った子供が、各国の二酸化炭素の排出量を調べるとします。そうすると、各国の二酸化炭素の排出量の経年変化を表した円グラフを見ることになるでしょう。子供が円グラフの読み方を知る必要が生じたタイミングで、割合を表すグラフについて学べば、割合を表すグラフを必要感をもって学ぶことができます。子供が必要感をもったタイミングで新しい知識を獲得すれば、その知識は何のために使うものかということも理解できるということです。
 このように、子供が必要感をもって学習に取り組むことには大いに賛同します。同時に、子供が獲得する知識の本質的な理解も大切にしたいと考えます。そこに、教科教育の価値があります。必要な知識を知るとき、ただ言葉や形式を覚えるだけでなく、「どうして使えるのか?」「他にはどんな時に使えるのか?」ということまで考えられる子供になってほしいのです。円グラフであれば、「どうしてもとにする量が違うのに、すべて同じ円で表せるのか?」「円グラフは、もとの量が変わっても割合が比べやすいから、今と昔の様子を調べるようなときにも使えそうだな」と考えられるようになってほしいということです。
 しかし、いきなりそういった子供の姿を期待することは難しいでしょう。だからこそ、日々の教科教育の中で、「答えが出たら終わり」にするのではなく、知識が使える根拠や背景を考え、他の知識と結び付けながら構造化させていくような「学び方を学ぶ」ことを行っていくのが大切なのです。そして、将来、子供が自分の目標をもったとき、各教科で身に付けた資質・能力を使って、目標実現に向けて努力できるような人間になってくれることを願って、個別最適な学びが行われることが重要なのです。
 蛇足ではありますが、子供に「どうして○○(例えば算数)を勉強しないといけないの?」と聞かれたとき、ちゃんと教師が資質・能力ベイスで教科教育の価値を子供に語れることは大事です。例えば、台形の求積公式自体もさることながら、台形の求積公式を考える際に、既習事項を基に新しい知識をつくり出す思考過程に価値があることを伝えるのです。前の学習や経験を使って、自分で新しいことをつくり出せる資質・能力に価値があるのです。それは、将来、自分で目標を達成しようと努力するときに、大いに役立つ力になるでしょう。

一斉授業の大切さ

 教科教育の中で、「学び方を学ぶ」ことを目指す際、一斉授業は欠かせないと考えています。個別最適な学びについて考えるときは、どうしても個別学習にばかり目が向けられてしまいます。一斉授業に比べ、個別学習の方が、子供一人ひとりの進度や興味・関心に合った学習が行えることは間違いありません。しかし、闇雲に個別学習を行っても意味がありません。学習形態は、学習目標を達成するために選択されるべきものだからです。ですから、「個別学習をすれば個別最適な学びだ」という考えは、とても危険です。個別学習をするためには、子供が学び方を知っていなければなりません。そして、多くの子供が「学び方を学ぶ」ためには、一斉授業が適していると考えます。
 一斉授業が適しているのは、見方・考え方や単元内で使う新しい知識を共有するときです。単元を通して使う見方・考え方や新しい知識を知らなければ、個別学習をしていても、「答えが出たら終わり」という学習になってしまい、知識偏重の教育に逆戻りしてしまいます。だからこそ、特に単元の前半では一斉授業を取り入れ、クラス全員で見方・考え方を働かせて、新しい知識を発見する授業をするのです。そして、「こういうことを大切にすればいい」ということを全員で共有するのです。
 そうして素地をつくったうえで、単元中盤以降で個別学習を取り入れるのです。そうすると、子供たちが見方・考え方を働かせ、自ら新しい知識を発見できるような個別学習が行われやすくなります(単元構成の詳しい考え方については、拙著『「個別最適な学び」を実現する算数授業のつくり方』を参照ください)。

最後に

 1年間、この連載をお読みいただき、ありがとうございました。
 いろいろなことを述べてきましたが、個別最適な学びとは、「資質・能力を身に付けること」と「生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続ける人にすること」を目指すための手段であり、目的ではありません。よって、個別最適な学びを実現するためには、「子供が主役になって学習ができているのか」という視点が最も大切だと考えています。
 個別最適な学びという言葉について、これからも様々な議論がなされると思います。聞き慣れない言葉なので、どうしても形式に意識が向いてしまうかもしれません。だからこそ、いま一度、これからの学校教育のあり方を考えつつ、教科教育で育てるべき力を再考し、各教科で育成すべき資質・能力を意識した個別最適な学びを目指すべきだと考えています。その結果、教科教育で養うべきこと、教科教育以外で養うべきことが見えてきて、日本の教育は、子供が自ら学習を進めるような教育に生まれ変わるのではないかと考えています。

【参考・引用文献】
・中央教育審議会(2021)「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現〜(答申)」p.19
・文部科学省(2017)『学習指導要領総則解説(平成29年告示)解説 総則編』東洋館出版社、p.77
・加固希支男(2022)『「個別最適な学び」を実現する算数授業のつくり方』明治図書

加固 希支男かこ きしお

1978年生まれ。立教大学経済学部経済学科を卒業し、2007年まで一般企業での勤務を経験。2008年より杉並区立堀之内小学校教諭、墨田区立第一寺島小学校教諭を経て、2013年より東京学芸大学附属小金井小学校教諭。

(構成:矢口)
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