著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
生徒の心と思考をアクティブにしよう!
群馬大学教育学部教授江森 英世
2016/7/13 掲載
 今回は江森英世先生に、新刊『アクティブ・ラーニングを位置づけた中学校数学科の授業プラン』について伺いました。

江森 英世えもり ひでよ

1959年東京都生まれ。埼玉県高校教員、筑波大学大学院博士課程教育学研究科、関東学院大学工学部助教授、宇都宮大学教育学部助教授を経て、現在、群馬大学教育学部教授。タイ王国コンケン大学客員教授。博士(教育学)。
専門は数学教育学「数学的コミュニケーション論」。
社会的活動として、文部科学省学習指導要領改訂協力者会議委員(中学校数学:2006.7〜2008.8)がある。

―江森先生は、本書の冒頭で「話し合い活動もグループ活動も、まずは、個人の学習を強いることから始められるべき」と述べられていますが、それはなぜでしょうか。

 私は、話し合い活動も、グループ活動も、まずは、個人の学習を強いることから始まると考えています。「誰ともしゃべらずに、まずは、一人だけで考えてみましょう」という規制をかけると、大人でも、そのうちむずむずしてきて、誰かと自分の考えを共有したくなる衝動が出てきます。一見するとアクティブ・ラーニングとは正反対の個別学習の強要が、子どもたちの「ともに学びたい」という飢えた心に火をつけることもあるのです。

―本書では、生徒が「説明する」活動を位置づけた授業プランが数多く紹介されています。この「説明する」活動をうまく授業に取り入れるポイントを教えてください。

 生徒たちの問題解決過程を説明する活動を設定する場合には、できる限り早い時間帯に行うことをおすすめします。
 直観的に解法の筋道を見いだしたときなどに、まずは一度友人の前で説明させることは、意外に有効ではないかと考えています。未整理な思考を抱えた段階での説明では、どうしてもうまく伝えることはできません。ここで聞き手が「なぜ?」と問うと、発表者にも、また聞き手にも、論理を筋道立てること、根拠を明らかにすることの必要性を認識させることになります。
 これが、「なぜ」という問いに対して、「待ってました!」とばかりに理路整然とした答えが返ってきては、聞き手に学習の機会が保障されません。また、その答えが真実なのかどうかが議論されない説明では、発表者が自分の考え方に必要以上に自信を得て、自らの思考を反省的、あるいは発展的にとらえる契機を失うことになりかねません。
 はじめて接する他者の考え方に「なぜ?」と問うたのに、その問いが瞬時に答えられたら、聞き手は「そうかな」と思い込むしかありません。そこには、明らかに力関係が固定してしまう閉ざされた対話しか存在しません。ですから、「完成品を説明させてはいけない」という点にぜひ注意を払ってほしいと思います。

―アクティブ・ラーニングにおける学習評価には難しさを感じている先生も多いと思います。生徒の学びを適切に評価するうえで、どんなことに注意すればよいのでしょうか。

 アクティブ・ラーニングを評価することには、2つの点で困難さを伴います。
 まず、アクティブ・ラーニングでは、生徒たちのもっと学びたいという心と生徒たちの思考の深さが求められることです。そして、その両者とも、私たち教員にはなかなか具体的な様相として見えてこないことです。
 さらにいうと、「自ら学ぶ」ということを重視すれば、私たちは安易に生徒の学びを評価しようと思わない方がよいかもしれません。そして、生徒の学びを心と思考の2つの視点からよく観察し、「生徒の心と思考を私たち教員自身の発問がいかに深めているのか」という点について反省的に評価してほしいと思います。
 このように、アクティブ・ラーニングの評価は、ぜひ、ご自身の授業改善に向かう方向で行ってほしいと、私はお願いしたいと思います。アクティブ・ラーニングという教育思想は、その意味では、あくまで授業改善を主眼とした考え方なのです。

―最後に、読者の先生方へメッセージをお願いいたします。

 「人は感動で育つ」。これは私の信念です。アクティブ・ラーニングで目指そうとしている教育は、感動を与えるものでなくてはいけません。そしてその感動は、「私はこの世で生きている」という実感を伴うはずです。生まれてきたことを、今生きているということを大切にする、そして、自分の大切な人たちを自らの手で守り抜く、そんなたくましい子どもたちを、私は数学教育を通して育てていきたいと思います。みなさん、そんな素敵な教育実践を私たちと一緒に築いていきませんか。

(構成:矢口)
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