著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
自閉症─正しく理解して取り組むからこそ見えるもの
愛媛大学教育学部教授上岡 一世
2006/4/14 掲載
 特別支援教育で重要課題とされている自閉症を専門に取り上げた『自閉症教育の実践研究』。本誌について編集長の上岡先生にお話を伺いました。

上岡 一世うえおか かずとし

1946年高知県生まれ。高知大学教育学部卒。鳴門教育大学大学院修了。高知大学教育学部附属中学校教諭(特殊学級)、愛媛大学教育学部附属養護学校教諭、愛媛大学教育学部助教授を経て、現在愛媛大学教育学部教授。専門は障害児教育。主に自閉症の人の自立や社会参加について研究している。
【著書】 『家庭との連携で就労=自立を実現する教育』(1998)/『こうすれば伸びる自閉症児の指導法』(1992)/自立と社会参加を目指す自閉症教育シリーズ(2004) 1『自閉症の理解とその支援』2『自閉症の子どもが地域で自立する生活づくり』3『自閉症の子どもが職場で自立する生活づくり』『指導年齢がわかる自立と社会参加を実現する個別の指導プログラム』(2006) ほか、多数。

―以前は1000人に1人と言われていた自閉症児が、今では200〜300人に1人という数字に驚きました。その辺りにもこの雑誌を創刊した目的があると思いますが…。

 自閉症児は間違いなく増えてます。その原因は、環境的な影響なのか、障害が軽くて、診断されなかった人が容易に診断されるようになったのか、まだよく分かっていませんが、決してまれな障害ではなく、どこにでも、どの家庭にも当たり前に存在する障害です。ところが、彼らに対する指導法、対応法は?というと未だに確立されたものはなく試行錯誤の状態が続いています。また、親や教師をはじめ、彼らに関わる多くの人たちから、「指導法が分からない」「対応法が分からない」「日々苦慮している」という声を聞きます。こうした現状を少しでも改善できればと考え、雑誌を創刊しました。

―自閉症の障害特性に応じた教育の必要性が最近とくに言われていますが、そもそも「自閉症の障害特性」とは、どのようなことなのでしょうか。

 自閉症の基本障害は情緒や感情の障害ではなく、知覚、認知、運動、言語などの発達障害であると言われています。そして最大の障害は認知障害です。認知障害とは、一言で言えば物事を理解し意味を得るという能力に障害を持っているということです。極端に言えば、物事を理解し意味を得るという能力を改善できれば、自閉症のさまざまな障害も軽減できるということになります。こうした障害特性を理解し、それに応じた教育をしない限り彼らが、成長、発達することはあり得ないのです。例えば、自閉症はパニック、奇声、自傷、他害、こだわり、多動などの不適切行動をたくさん持っています。こうした行動も障害特性に応じた対応・支援をすれば軽減されるのです。

―「無知は罪」という言葉が印象的で、ものすごく重みがあるなと感じました。この言葉に込められた先生の思いを、お聞かせください。

 私は、専門性を持たない指導者は、自閉症の子どもに関わらない方がよい、いや、関わって欲しくない、と本気で思っています。今まで多くの親と一緒になって効果的な指導、支援のあり方を考えてきましたが、親たちの声を聞いてみると、「専門性を持ったすばらしい先生に出会ったおかげで、就労が実現できた。我が子のすばらしさが見えてきた。今では子どもを頼りにすることもできるようになった」と人生を再発見したという人もおれば、「専門性のない先生の対応で、子どもが情緒不安定になり、家族みんなが大変な日々を送った」という不満を口にする人もいます。指導者の対応によって、これほど極端な差が出てよいのでしょうか。教育は子どもが発達、成長できてこそ成り立つものです。教師は専門職ですから、専門的な教育はできて当たり前です。「無知は罪」を指導者が自覚することよりも、「無知は罪」は絶対あってはならないという前向きな姿勢が教師に求められていると思うのです。

―Q3の言葉にも通じるのですが、「自閉症を理解している指導者にめぐり会うのは大変難しい」という保護者の声が紹介されていました。それだけ、指導者にとっても理解が難しいということなのでしょうか?

 決してそうではありません。自閉症の障害が理解できていない指導者が彼らに関わっていることが多いということです。理解が難しいのではなく、指導者の専門性のなさが理解を難しくしていると考えられます。何の専門性もなく関われば理解ができないのは無理もありません。自閉症の子どもは、自閉症という障害を正しく理解し、取り組めば間違いなく成長、発達する子どもです。私に言わせれば、これほど、誠実で、人を裏切らない、できることは一生懸命やる子どもは他にはいないと思っています。もっとも、それは自閉症という障害を正しく理解して取り組むからこそ見えてくるものです。時に「自閉症は大変だ、難しい」という声を聞くことがありますが、彼らの障害を問題視するのではなく、指導者が障害の理解を深めることで彼らは変わると考えて欲しいと思います。

―全国の自閉症教育に関わっていらっしゃるすべての方に、応援メッセージをお願いします!

 随分、専門性のなさということを書きましたが、実は専門性を持って取り組み成果を上げている先生もたくさんいることも知っておいて欲しいと思います。こうした先生の実践を広く紹介し、共に学ぶことができれば、障害の理解も進み、専門的対応も広がるのではないかというのが、この雑誌のねらいでもあります。
 私の調査によると、全国には企業就労を実現し、職場で、社会で生き生きと活躍している自閉症の人はたくさんいます。しかも知的能力の程度にかかわらずです。すべての自閉症の人に自立と社会参加の可能性があることが示されていますので、われわれ指導者は、すべての人の就労実現に向けて日々努力する必要があります。
 就職した自閉症の人の仕事ぶりを職場で聞いてみると、多くの人から「正確さ、緻密さは誰もかなわない」など、高い評価を受けます。彼らは自立や社会参加ができないのではなく、できる力が引き出されていないだけではないか、とつくづく感じます。この雑誌が、彼らの自立と社会参加を実現するための指導ガイドとなり、多くの指導者と共に彼らの将来を考えていくことができればと願っています。

(構成:木山)

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