教育オピニオン
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よく伝わり、学びの励みとなる特別支援学校の通知表
通知表を活用した自己肯定感と学習意欲の醸成
特別支援教育アドバイザー(前特別支援学校長)田村 康二朗
2025/5/1 掲載

読者の皆さん自身が通知表を受け取ったときのことを覚えていますか?


 どなたに伺っても「すぐに中を覗き込んで評価を確認し、良い評価だと嬉しかった!」と、そのワクワクドキドキ感を語ってくれます。親にすぐに見せたいとき、できれば見せたくないとき…。3学期制なら義務教育の間に27回のワクドキがあったことになります。

児童生徒にとっての通知表の今日的な役割は何でしょうか?


 文部科学省は、通知表について「児童生徒の学習状況について保護者に伝えるもの。法令上の規定や、様式に関して国として例示したものはない」と説明しています。この説明から考えれば、教育を受けさせる義務を負う保護者に対する学期毎の修得状況報告のメッセンジャーを我が子が担っていることになります。この大事な役割は当然のこととして、学びの当事者である児童生徒本人が真っ先に学期末評価の内容を知ることには皆さん納得されることでしょう。学習者の主体的な学びが一層重視される今日、保護者に伝えるだけでなく、児童生徒にとっての有用性ある通知表の役割を教員時代にいつも考えていました。

現状分析

 それまで用いられてきた通知表の問題点をいくつか挙げてみます。
個別指導計画との重複の問題 :特別支援学校では個別指導計画を説明する面談が設定されており、従来型の通知表との内容重複や教員の負担感が指摘されています。
文章評価理解の問題 :従来型の通知表は段階評価ですが、多くの特別支援学校では、数値評価によって修得状況を伝えることは難しい実態があることから、文章表記となっています。実際には、教科別の小欄に大人向けの表現でぎっしりと書かれており、読み上げてもらったとしても児童生徒にとってその理解はとても難しいのです。
賞賛理解の問題:数値評価にしても、文章評価にしても、多くの児童生徒は、「良い」「がんばった」などを文面の読解から理解することは容易ではありません。
評価数の問題:全教科等となれば10を超える数になります。数の理解の基礎段階にある児童生徒が多数ですので、把握すべき要素が多すぎると、全体把握が難しくなります。何が最も伸びたのかなどの把握は容易いことではありません。
日常との共通性の問題:週時程等に示された教科名やアイコンと通知表の表記が一致していないことが多く、児童生徒の理解の妨げになっています。
保存と活用の問題:学期中は学校保管となるため、学期中に祖父・祖母等にお子さんの成長ぶりを通知表を見てもらうことで、家族内でいつでも分かち合える使い勝手にはなっていません。

改善策を盛り込んだ通知表の開発

 校長となった16年前、問題点の解消を図った新たな通知表を導入しました。
改善点1 評価対象は3分野(2教科等+1生活)に精選しました。3つの記載欄には、@最も成長がみられた教科等の分野、A2番目に成長がみられた教科等の分野、または重点となった教科等、B教科等に限らず、学校生活全般の中から学びの成果が顕著であった分野(例えば、衣服の着脱、排泄、給食、登下校、校内移動、健康保持、行事参加、宿泊学習他)を選択します。3つに絞った理由は、全教科を掲載すると重点把握が難しくなることから、把握しやすい3分野としました。なお、全教科等の評価や所見は、個別指導計画と評価に関する保護面談時に提示します。
改善点2 3つの評価分野に関して、これならば、対象児に伝わる賞賛マークを記します。「金メダルシール」「良くできました!」「花丸」…など。
改善点3 1教科等につき4行48字(22ポイント)以内と制限し、ぎっしりと書かずに、伸長したことに焦点を絞って、大きな字で読みやすく記します。
改善点4 褒められた点が、本人に視覚的にもイメージしやすいように、文章評価欄と関連した学びの様子が分かるカラー画像を必ず添えます。
改善点5 文字表記による教科名表示だけでなく、児童生徒がよく理解している時間割表や日程表と同一のピクトグラムを記した上で、文字表記を添えます。
改善点6 家庭に持ち帰った後、家族が本人に見せながら読み上げることを、毎学期末の学校通信上でもお願いするなど、その意義と家庭での活用方法について、機を見て繰り返し、校長から説明しました。
改善点7 視覚提示物として理解しやすいように、A3判のケント紙を横向き縦三折りタイプとしました。授与・運搬・保管時は小さく、見るときにはA3サイズに広げて見やすくしました。紙面を構造化し、教科名とアイコン、学習時の画像、賞賛マーク、評価の文面と横3段に繋げて関連して見られるようにしました。

図

通知表見本

導入成果

 全保護者による学校評価の設問「児童生徒向通知表の工夫」の有効性についての選択肢「思う・そう思う・どちらとも言えない・やや思う・やや思わない・思わない」の中で、プラス回答は下表の結果となりました。

活用年 A校   (2009〜2011) B校   (2014〜2016) C校   (2017〜2022) D校 (2023)
回答数+評価 年平均55人 86% 年平均252人 91% 年平均119人 85% 146人   78%

 併せて保護者 12 人からの聞き取り回答を以下に抜粋します。

「この通知表を貰うようになってから、家族の前で読み上げると、得意げな表情で、学習時の画像を指差すので、本人にも評価の意味が伝わっていることを実感、画像入りが大事」
「3項目に絞ったことが効果的。本人の特性を理解した形式、家庭で読み上げる際、教科数や文字量が多すぎると伝わらない」
「教科以外分野の評価も嬉しい。卒業後に向けての取組みと成長評価がほしいから」
「表記量が減っているが、手抜きだとは思わない。本人に分かり易く工夫してあり、家族と共有できる」
「導入の意義を全校保護者に説明していただいたので納得」
「個別指導計画との重複が減った。各教科の詳細はそちらで分かる」

 上記のように肯定的評価が多数でした。
 この通知表を、勤務校の公開研究会で発表したところ、反響が大きく、各地の学校から導入を検討したいとの御相談がありました。希望校には「通知表を手にする喜びを、全ての子供たちのために」との願いを込めてデータ提供してきました。
 通知表は「保護者に学習評価を通知するツール」であることは当然ですが、最初に手にする児童生徒に向けて、自己の成長や努力がよく分かるように構造を工夫した通知表を用いることで、自己肯定感を高め、学習意欲の喚起につなげられるのです。皆さんも、学び手である児童生徒に伝わる通知表を一緒に考えてみませんか。

田村 康二朗たむら こうじろう

1959年生まれ。
特別支援教育アドバイザーとして、教育委員会等の招請に応じて講演活動を行う。
都立学校教員、都教育委員会指導主事を経て、令和7年3月まで特別支援学校5校で16年間にわたり校長を歴任。この間、文部科学省による中央教育審議会臨時委員、新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議委員等を務める。
共著「はじめての〈特別支援学校〉学級経営12か月の仕事術」(明治図書)他

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