教育オピニオン
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PISA「読解力」低下、どう受け止める?
―教育現場の課題と今求められる対策
広島大学大学院教授難波 博孝
2020/1/1 掲載

◆高校生の「テスト疲れ」
 PISAの結果をどう捉えるか。この低下の一因は、被験者である高校生に、「テスト疲れ」「テスト忌避」による、PISAテストそのものへの意欲喪失があったと考える。調査対象だった高校1年の世代は、PISAショックを受けて、全国学力学習状況調査や都道府県や市町村の学力テスト、業者による標準学力テストなど、あらゆるテストが小学校から蔓延しだした世代である。
 考えてみれば、PISAショック以前は、小学校ではこのようなテストはほとんどなく、学校同士や都道府県、市町村で点数を競うこともなかった。中学校では高校入試のためのテストはあったが、このようなテストはほとんどなかった。それが一変し、教育環境ががらりと変わった時代をどっぷりと生きてきたのが、被験者の世代である。自分たちの将来にどう関わるのかもわからず、場合によっては、学校などの名誉のために、テスト対策をさせられてきた(しかも自分のためではない)のである。ひどい場合は、「あなたは受けなくてもいい」という現実を見てきた。これが被験者の世代である。「読解力」というもっとも集中が必要なところにその「テスト疲れ」「テスト忌避」が出たと考えたい。
 したがってこの原因への対策としては、テスト、特に、学校や地域の競争を生み出すテストをすぐに止めることである。高知県のある町がそのような決議をしたようだが、まず、全国学力・学習状況調査は抽出調査にするべきである。そこにかけている莫大な費用を、教育の他の部分に回すべきであろう。

◆デジタル形式への不慣れ
 もう一つの一因は、デジタル機器を使って、文章を深く読む、確実に読むということに全く慣れていない、教えられていないということである。今回のPISA調査では、画面上で読み書きを行う形で行われた。社会のデジタル化が進むなかで、このような形式で調査が行われるのは当然である。
 世界の多くの国々では、パソコンやタブレットを使い、読み書きを行っている。私が2006年にカナダに行ったときは、すでに小学校で児童がパソコンを使ってイントラネットで授業を行っていた。また、2011年に中国や台湾に行ったときは黒板の左半分は電子黒板になっており、国語科の授業であればそこに本文を映しながら右側で板書をするということが、ごく普通の公立小学校で行われていた。それから10年近く経つが、日本の現状は全く進んでいない。
 一方で、日本は、スマートフォンが急速に普及し、ほとんどの児童生徒は所有している。それを使ってSNS(会員制交流サイト)やゲームといったこと、動画を見るだけではなく動画を作ったり編集したりしている。ところが日本の学校は、スマートフォンを持ち込むことを禁止するだけで、まともに教育に利用してこなかった。スマートフォンによる教育もなければ、スマートフォンの教育もなかったのである。その間に、パソコン普及率はどんどん下がり、キーボードが使えないままで大学や社会に出ていくようになってしまった。

◆現場に「デジタル上で読み書きする」体験を
 さまざまな情報を文中から探し、組み立て、評価するといった読解力の訓練は、教えない限りはできるようにならない。それに紙媒体で読むのと違って、デジタル機器の画面上で文章を頭に残るよう深く読むには、それなりの教育と訓練が必要である。
 学校でいち早く教材のデジタル化を進めるべきである。そしてデジタル上で文章を読み書きする、深く読む、広く読む、批判的に読む、文章を書く、推敲する、また、人とデジタル機器を通して話したり聞いたり話し合ったりする経験とスキルを身につける、などのことを早急に行っていくべきである。特に、文学をデジタル上で読むことは、今後非常に重要になってくる。デジタル上での文学体験をより深いものにするための、教育研究が必要になってくる。
 パソコンが学校に普及することを待っていてはいけない。それでは遅いし、パソコンそれ自体を教えるだけで時間が取られてしまう。むしろ、児童生徒が持っているスマートフォンを活用し、それを使いこなす教育と、それによって行う教育を行うべきである。たとえば、簡便なキーボードだけ支給し、手持ちのスマートフォンをそれによって入力して文章を書いたり、スマートフォンをインターネットにつないで情報を収集し、吟味し、自分の発信に活かしたりする教育を行うのである。学校でスマートフォンをインターネットに繋がらないようにしていることなどは、考えられない措置である。

 日本はPISAショック以後無駄な時間を過ごしてしまった。時間はもうあまりないのである。

難波 博孝なんば ひろたか

広島大学 副理事 大学院教育学研究科教授。
博士(教育学)文学修士(言語学)教育学修士(国語教育学)。
1958年、兵庫県姫路市(姫路城があるところ)に生まれる。
京都大学大学院文学研究科言語学専攻、神戸大学大学院教育学研究科国語教育専攻を修了、愛知県立大学文学部児童教育学科講師・助教授を経て、2000年広島大学に移り、現在に至る。
専門は、国語教育全般(論理の教育、文学教育、コミュニケーション教育)。
現在、小学校教員や中高教員との勉強会、企業研修のプロとの共同研究、西安交通大学・台北市立大学などとの共同研究を行う。
授業アドバイザーとして、年間30校園以上の幼小中高を訪問し授業を観察し、100本以上の学習指導案へのアドバイスを行う。
全国大学国語教育学会全国理事、一般社団法人ことばの教育理事、言語技術教育学会理事、初等教育カリキュラム学会理事。2016年度読書科学学会研究奨励賞受賞。

【著書】
『第三項理論が拓く文学研究/文学教育 高等学校』(共編著)明治図書(2018)
『ナンバ先生のやさしくわかる論理の授業―国語科で論理力を育てる―』明治図書(2018)
『母語教育という思想』世界思想社(2008)
『楽しく論理力が育つ国語科授業づくり』明治図書(2006)
『臨床国語教育を学ぶ人のために』世界思想社(2007)

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