教育オピニオン
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「インクルーシブ教育システム」をどのように構築すべきか
東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター准教授 星加 良司
2017/11/1 掲載
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  • 学習指導要領・教育課程

 障害者権利条約(2006年国連採択→2014年日本政府批准)においては、「インクルーシブ教育システム」の確立が重要な柱として謳われた。これを受け、日本の教育政策も「インクルーシブ教育」の実現へと舵を切ったはずなのだが、実はその一方で、特別支援学校/特別支援学級という「特別」な場で学ぶ児童生徒の数は増加している。
 「インクルージョン(包摂)」を進めるという理念と、「特別」な場に分けていくという現実。この一見矛盾するように見える現象は、なぜ生まれているのだろうか。それを読み解く鍵は、「インクルーシブ教育」の考え方そのものにある。
 たとえば、中央教育審議会の答申「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(2012年)において、「インクルーシブ教育」は次のように説明されている。

 インクルーシブ教育システムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対して、自立と社会参加を見据えて、その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、多様で柔軟な仕組みを整備することが重要である。小・中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある「多様な学びの場」を用意しておくことが必要である。

 ここでは、「同じ場で共に学ぶこと」と「多様な学びの場」とがともに重要だとされている。さらに、記述の具体性に着目すれば、「同じ場で共に学ぶこと」よりも「多様な学びの場」の方に重点が置かれているようにさえ見える。これは少なくとも、「インクルーシブ」という言葉の素朴な語感とはずれているように感じられるのだが、これこそが日本の現状の「インクルーシブ教育」を特徴付ける重要なポイントなのだ。
 実は、こうしたある種の二面性は、「インクルーシブ教育」という理念にもともと含まれているものでもあった。「インクルーシブ教育」の理念には、「同じ」場で教育が受けられるようにすること(空間的な統合)という側面と、「同じように」教育にアクセスできるようにすること(学習権の保障)という側面がある。この2つの側面の間には、ある種の緊張関係がある。なぜなら、「特別な教育的ニーズ」にきめ細かく対応して学習権を保障するためには、「同じ」場に統合するよりも「特別な場」を用意する方が効果的で効率的だ、というロジックが成立する余地があるからだ。
 このように考えると、「多様な学びの場」に力点を置く日本の「インクルーシブ教育」の理解は、「空間的な統合」よりも「学習権の保障」を重視した考え方であるように見える。また、その2つの理念が緊張関係にあるのなら、どちらかを重視し、どちらかを軽視することも、仕方のないことのようにも思われる。
 では、私たちはここで思考を停止して、「空間的な統合」と「学習権の保障」とを両立させる途を諦めるべきだろうか。
 それはいささか早計だろう。「インクルーシブ教育」とは、通常の学校教育から排除(エクスクルージョン)されている(あるいはその恐れのある)子どもに焦点を当てるものだが、そもそもそうした「エクスクルージョン」が生じていることを問題にせずに「インクルーシブ」という理念を掲げるとしたら、それは本末転倒と言わざるをえない。だとすれば、「インクルーシブ教育」は、分離された環境の中で教育を受けてきた障害児等に対する教育の問題であると同時に、通常の学校の教育のあり方を根源的に問い直すものでなければならない。つまり、「インクルーシブ教育」の第一義的な課題は、多様な子どもたちを「同じ」場に「インクルージョン(包摂)」できるように、教材や教授法、学校内のルールや文化、教師と子どもの関係のあり方等を含め、通常の学校のありようを変革していくことなのである。
 もちろん、それは必ずしも簡単なことではない。しかし、思考停止して諦めてしまっている人が考えているほど不可能なことでもない。「合理的配慮」や「ユニバーサルデザイン」の余地も、工夫次第で意外なほど広がる。まずは、通常の学校に含まれる排除的(エクスクルーシブ)な要素をどうすれば減らしていけるのか、という課題を思考の出発点として、「インクルーシブ教育システム」の構築を目指すことが求められている。

星加 良司ほしか りょうじ

1975年生まれ。東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター准教授。博士(社会学)。専門分野は障害の社会理論、多様性理解教育。

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