教育オピニオン
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4月が待ち遠しくなる! 新学期に向けての準備術
東京都公立小学校勤務上澤 篤司
2016/3/15 掲載

1 学級の一日を明確にイメージしよう

「毎年迎えるシーズン開幕前のワクワク感が、たまらなくいいですね」
 シアトルマリナーズ時代のイチローが語った言葉だそうだ。新しい学級を目の前にした私たちも、親近感をもつかもしれない。挑戦したいことがいくつも思い浮かんでくる。しかし、学級開きは恐ろしさもある。準備不足では子供も自分も不幸にする。
 私にはこの時期、いつも思い出す言葉がある。
 初めて1年生を担任することに決まった際のことだ。退職間際の先輩が次のようにつぶやいた。
「私は1年生を担当すると、夏休みまで朝にお茶を飲まないようにしているの」
 本気で受け取ることができなかったが、入学式翌日にはその重さが分かった。
 毎朝、連絡帳で長文の報告や相談が何件もある。子供たちが下校するまでの数時間に何とか時間を捻出し、返信しなければならない。
 その横から、ケンカの仲裁、泣く子の対応、捜し物や落とし物の確認などが子供たちから口々に求められる。クラスの子供たちが頼れるのは担任一人なのだ。
 自分がトイレに行く隙もないくらい、気を張らなければいけない日々が続いていく。
 まず、何よりも一日の流れを明確に示さなくてはならないと思った。

・朝、学校に来たら、何をするのか。
・朝の準備が終わったら、何をするか。
・プリントの配り方はどうするか。
・トイレはどこを使ったらよいか。

 細かいと思うようなことも一つ一つを担任がイメージし、漏れがないように計画していく必要があった。子供一人一人が一日の流れを理解すると、担任を頼ることが激減する。「次に何をするか」を理解して行動できるようになる。
 これが、学級のシステムだ。学級のシステムが「安定」すると、子供たちは「安心」する。子供同士のトラブルも減る。すると、担任のゆとりが生まれる。個別に支援しなければならない子に目を向ける余裕が増え、全体に対する指示も通りやすくなる。
 それからは毎年、学校の時程に合わせて子供の登校から下校までの動きをイメージし、ノートに書き出すようになった。
 これは他学年でも軽んじられることではない。持ち上がり学級でなければ、ルールは複数存在している。学級の目指したい姿を教師自身がイメージした上で、子供たちに委ねても良いところを話し合わせたり、相談したりする。
 昨年度まで自分が受け持った学級はリセットされているのだ。子供たちがどの子も安心して安全に生活できるよう、自分がトイレに行く時間も惜しむような緊張感をもって準備ができているか。その意識が季節を繰り返すごとに薄くなってはいないか、いつも振り返りたいと考えている。

2 学級のイメージや子供たちのイメージを語り合おう

 また、、イメージした子供たちの動きやルールは学年で共有することも必要だ。特に持ち物や時刻については、小さな違いが大きな混乱になりがちだ。緻密な計画が独りよがりになっては絶対にいけない。分刻みで会議や書類の作成が続き、忙しい時期だからこそ、「どんな子供たちを育てたいのか」という本質的なことを、忘れずに担任間で話し合う時間をもちたい。
 学級の到達点の一つは、「担任の力が必要とされなくなること」ではないか。そのために、4月は踏ん張り所だ。緻密な計画と、それを共有することが大切である。

3 子供の後ろにある大きな期待も忘れないようにしよう

 1年生を担当したある年の4月、初めての保護者会を終えた後のことが心に残っている。保護者の方が数人、教室に残って離れない。子供が同じ幼稚園出身のお母さん方だった。教室の小さな椅子に座り、感慨深げに話をされている。
 「先生、子供たち、本当にもう、ここに座って勉強しているんですよね」
 そう言いながら、一人のお母さんが母子手帳を開いて見せてくれた。

・裸にすると手足をよく動かしますか。
・お乳をよく飲みますか。
・大きな音にビクッと手足を伸ばしたり、泣き出すことがありますか。…

 誕生から就学直前までの毎年の記録が、設問に対してだけでなく、小さな字で欄外まで細かく書き込まれていた。母子手帳の記録ページは6歳でまでだ。ハッとした。
 子供たちの発達のスピードは様々だ。これまで、どんなに心配されてきたのだろう。どんなに期待されてきたのだろう。その子が記憶にもない誕生の頃から今まで続く、家庭での様々なドラマはどんなものだったのだろう。
 1年生は皆、目をキラキラと輝かせて入学してくる。「早く勉強したいよ!」と意欲に溢れている。しかしそれは、子供が自発的に感じたことではない。
 「○○ちゃん、いよいよ1年生なのね」という、保護者、祖父母の熱く大きな期待を受けてのことなのだ。
 子供たちに「やっぱり学校は楽しい!」と感じさせるよう準備することはもちろん、保護者一人一人にも「学校は任せて安心だ」と思って貰えるよう配慮しなくてはならない。 

4 そして忘れたくないこと

 今年、冒頭の先輩から年賀状を頂いた。
「教員を退職して思うのは、教育という仕事はとほうもなく面倒で、根気のいる仕事だということです。人間の成長自体が面倒くさく、その面倒くささにしっかり付いていく『こらえ性』のある教員こそが良い先生なのかもしれませんね」
 子供一人一人との時間を惜しまず、個別の「物語」をいくつも紡いでいた先輩だからこそ、大きな説得力のある言葉だった。自分は先輩に近づけているだろうか。頭を強く殴られた気がした。
 子供に「こう育って欲しい」という熱い願いとそのための計画、それに合わせて「こらえ性」を忘れないようにしたい。改めてそう誓った春だった。

上澤 篤司うえさわ あつし

昭和51年東京生まれ、東京都公立小学校勤務。
親学推進協会認定、親学アドバイザー・「味噌汁・ご飯」授業研究会所属、平成20年千代田区教育文化功労表彰。「教員は貴方の目の前にある机と同じ。子供、保護者、地域、同僚の4本の足に支えられている。どこかに偏りがある教師でなく、すべて同じよう太く支持されるように」とかつて教えられました。自分の中に慢心が起きる度に気付かせて貰えています。今まで出会えた全ての人に感謝しながら、自分の弱さを強く自覚しながら、日々教師修業中です。

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