教育オピニオン
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「英語の学びセンサー」を起動させる小学校での授業
岐阜大学教育学部教授巽 徹
2015/7/15 掲載

1 小学校英語活動「飛び込み授業」のひとコマ

 小学校英語指導の経験豊富な先生が、とある小学校のクラスに招かれて行った小学校英語活動「飛び込み授業」のひとコマである。子どもたちにとっては、初めて出会う指導者。通常の担当の先生とは授業パターンも異なり、何が起きるのか全く謎の状態で授業が開始された。

(先生が数枚のカードを子どもに見えないように裏返しに持っている)
Teacher: I have many fruits. This is a pear. (言い終えてから、裏面の絵を見せる)
Children: Pear.
Teacher: This is a chestnut.(絵は、まだ見せずに)
Children: くり?(数名の子どもがつぶやく)
Teacher: Yes, chestnut. Chestnut. (絵を裏返しながら)
Children: くりだ!! Chestnut!
Teacher: (次の絵を裏返したまま)This is green and round. …(間をおいて) Melon.
Children: Melon!
Teacher: This is yellow.
Children: (“yellow”と聞こえたとたん)Lemon!
Teacher: No. It is not round. It is long. Elephants like it. And monkeys like it, too.
Children: バナナ!(カタカナ発音で)
Teacher: Banana.
Children: Banana!(英語らしい発音で)
(さらに、いくつかの果物についてのやり取りが続いていく)

2 「英語の学びセンサー」がオンになる時

 指導者は、「これからクイズします!」とも、「今日は、英語で果物の名前を学びましょう!」とも指示していない。しかし、子どもたちは、目の前の状況・空気を読んで自然に反応している。子どもたちにとって「いったいどんな絵が、カードの裏面に描かれているのか?」を考える手立ては、これまでに学んだ英語の単語や食べ物に関する日常生活の知識のみ。それらを総動員して考えながらやり取りをしている。「どんな果物なんだろう?」と答えをアレコレ考える間に、さらには「chestnutは、fruitに入れていいのかな〜?」などと、頭の中で寄り道しながら考える間に、たくさんの英語に触れ「栗は、chestnutと言うんだ。」と新しい表現を手に入れ、「英語のbananaは、カタカナ発音と違うんだ」と認識し英語らしく発音する。これらのことが、子どもたちの頭の中では、自然と起こってしまう。まさに、子どもの「英語の学びセンサー」が起動された様子を目の当たりにした。

 授業の中で、こんな場面もあった。指導者が、“Watch my mouth.”との指示で、あるフルーツを声を出さずに「英語の口パク」で紹介したところ、子どもたちは「リップ・リーディング」により、 “Strawberry!”“Pineapple!”などと、次々と言い当てていた。一度センサーのスイッチが「オン」になると、子どもたちは出会う英語を難なく次から次へと吸収していくようであった。子どもたちは、耳から入ってくる英語の音声を上手に再生できるだけでなく、あらゆる感覚を生かして、英語と向かい合い吸収していることがわかる。このように、子どもが元々備えている「言葉を身につける力」の素晴らしさに驚かされた体験であった。

3 学習者の発達段階の特性に応じた指導を

 小学校英語活動の教科化や中高での英語指導の到達目標の高度化など、英語教育にかかわる改革・改善に関する話題は事欠かない。これから日本の英語教育は大きく変わっていくかもしれないと多くの人が予感しているのではないか。そんな中、粕谷(2014)は、「小学校英語教育 変わらないもの・変えるもの」を論じている。小中連携の在り方、大人が持つ小学校英語に対する指導観、小学校英語の指導者の在り方などを「変えるべきもの」と指摘する一方で、小学校英語教育で「変わらないもの」或いは「変えられないもの」は、「ヒトが言葉を身につけるためのメカニズム」、つまり、子どもたちの頭の中で起きる自然な言語習得の仕組みであると述べている。

 小学校の英語活動が英語科に変わったとしても「子どもたちの頭の中で起きる自然な言語習得の仕組み」は変えようもない。となれば、その自然な言語の習得を最大限引き起こすように働きかけること、子どもの「英語の学びセンサー」を起動させ、意味のある場面で様々な英語との出会いを起こさせることが教師の仕事となる。
 学習者のセンサーは、時に音やリズムに適したセンサーであったり、より抽象的な思考に耐えうるセンサーであったり、学習者の発達段階に応じて様々な特性を持つ。小中高のそれぞれの段階で、それぞれのセンサーの特性を見極め、どのような場面や活動を提供することが「センサー起動」につながるのかを考え指導を行っていくことが大切であろう。小中高の連携はそれぞれの持ち場で、学習者の「英語の学びセンサー」を起動させることにより成り立つのであろう。

参考文献:粕谷恭子(2014)「小学校英語 変わらないもの・変えるもの」『語研ジャーナル』第13号, pp5-10

巽 徹たつみ とおる

岐阜大学教育学部英語教育講座教授。
埼玉県公立中学校の英語科教員を経て、英国教員資格QTS(Qualified Teacher Status)取得。英国デボン州Tavistock College勤務の後、2007年より岐阜大学教育学部勤務。専門は英語教育学。文部省研究開発校、岐阜県英語教育強化地域拠点事業等の運営指導委員として、小中高の英語教育改善に取り組む。

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