教育オピニオン
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18歳選挙権と主権者教育
東京大学大学院教育学研究科教授小玉 重夫
2015/6/1 掲載

1 18歳選挙権へ向けての動き

 この3月5日に、与野党6党が選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法改正案を衆院に再提出した。6月に入って審議の日程も固まり、法案成立へ向けての見通しが見えてきたようである。もしも6月下旬ごろまでに成立すれば、来年夏の参院選から18歳以上による投票が実現する。
 このような動きを受けて、総務省や各地の選挙管理委員会、明るい選挙推進協議会では、若い世代へ向けての選挙啓発活動を活発化させ、5月には「わたしたちが主役!〜新しいステージ『主権者教育』〜」と題する映像を制作し、公開している(この映像には筆者も出演している)。また、文部科学省では、次期学習指導要領の改訂へ向けて、中央教育審議会教育課程部会の教育課程企画特別部会で、政治参加意識を高めるための、高等学校での新科目の導入などが検討されているようである。

2 イギリス総選挙を視察して

 選挙権年齢の引き下げへ向けての動きがあるのは、日本だけではない。5月に総選挙期間中のイギリスを視察する機会があった。イギリスは18歳選挙権がすでに実現している国であるが、スコットランドで昨秋行われた独立の賛否を問う住民投票では、16際以上に選挙権が与えられた。これを受けて、5月の総選挙では、7つの主要政党のうち5つの政党が、16歳以上に選挙権年齢を引き下げることを公約に掲げた(16歳選挙権へ向けてのイギリスの動きについては、5月6日の『朝日新聞』の渡辺志帆記者による記事が詳しい)。
 ここで重要なのは、選挙権年齢の引き下げをめぐる議論が、政治的リテラシーを養う学校でのシティズンシップ(市民性)教育、主権者教育の重視を含んで行われている点である。すでにイギリスでは、1998年に政治学者バーナード・クリックらが中心となって、シティズンシップ教育に関する政策文書(通称「クリック・レポート」)が発表された。そして、これに基づいて、2002年から中等教育段階でシティズンシップ教育が必修となった。
 この「クリック・レポート」では、シティズンシップを構成する3つの要素が挙げられているが、そこで中心的な位置付けを与えられているものこそ、「政治的リテラシー」である(クリック・レポートの邦訳は、長沼豊・大久保正弘編『社会を変える教育』キーステージ21、2012年に収録されている)。政治的リテラシーとは、政治的な思考や判断を行う資質であるが、そこで扇の要に位置付けられているのは、論争的問題を深く考えるという点である。

3 論争的問題を深く考える教育を

 クリックによれば、政治の本質は、対立の調停や異なる価値観の共存にある。世の中には様々な異なる利害や異なる価値観をもった人々が存在しており、これらの人々がどのようにして共存し、暮らしていけるかが、政治の主要な関心になる。そして、そのような異なる価値が対立している場合に、論争的問題での争点をいかに理解するかにこそ、政治的リテラシーの核心があるということになる。前述したクリック・レポートの全体の構成の中で、その最終章に位置しているのが「論争的問題をどう教えるか」という節であるのは、まさにこの点と深く関わっている。この「論争的問題をどう教えるか」という点こそが、政治的リテラシーの教育において、中心をなしている。
 そうだとすれば、いま日本で18歳選挙権の実現をにらんで進められている主権者教育を強化する動きにおいても、この論争的問題を深く考える教育の実現が求められていると言っていいだろう。これは、学校教育における政治的中立性を担保するためにも必要な視点である。なぜならば、政治において論争状況があるときに、教育現場がこの論争と向き合わないことは、容易に、ある特定の立場の考え方を刷り込む教化の実践に転化してしまう危険があるからである。
 教育基本法第14条では、政治的教養の尊重がうたわれている。18歳選挙権の実現が、この精神を実質的なものにしていくことを期待したい。

小玉 重夫こだま しげお

東京大学大学院教育学研究科教授
 慶應義塾大学助教授、お茶の水女子大学教授を経て、現職。専門は教育学、教育哲学。主著に『教育改革と公共性−ボウルズ=ギンタスからハンナ・アレントへ』(東京大学出版会、1999年)、『シティズンシップの教育思想』(白澤社、2003年)、『学力幻想』(筑摩書房、2013年)、『難民と市民の間−ハンナ・アレント『人間の条件』を読み直す』(現代書館、2013年)など。

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