教育オピニオン
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探究力を育む「子どもの哲学」
東京工業大学グローバルリーダー教育院特任准教授豊田 光世
2014/5/1 掲載

対話で探究力を高める

 探究するという行為は、学びの原点である。探究とは、知りたいという気持ちに身をゆだね、さまざまな角度から物事を吟味することだ。答えを出すことが難しい疑問にも真剣に向き合い、「なぜ?」と繰り返し問いながら、時には自分が当たり前と思っていることを揺さぶりながら、新たな理解や知識を生み出していく。
 学校が、子どもたちにとって最も重要な学びの拠点であるとするならば、探究力を育むことは、教育の重要な課題であると言えよう。では、探究力を高めることはどのようにして可能なのだろうか。わたしは、ハワイ大学大学院で学んだ「子どもの哲学(Philosophy for Children)」という教育を通して、この課題について考えてきた。この教育は、対話という手法を用いて、子どもたちの探究力を高めていくことを目指している。

「なぜ?どうして?」をみんなで紐解く

 「哲学」というと、さまざまな思想家の名前を思い浮かべる人もいると思うが、「子どもの哲学」が追究する哲学は、問いを深く掘り下げ、吟味する行為である。世の中は答えを出すことが難しい問いであふれている。世界の成り立ち、自己の存在、時や空間の認識といったメタフィジカルな問いから、紛争、平和、環境などの倫理的課題に至るまで、多種多様な問いと向き合いながら、わたしたちは生きている。
 こうした問いには、唯一解があるわけではないが、「なぜ?」「どうして?」と問い続けていくことで、理解が深まり課題の解決策が見えてくる。問い深めるプロセスは、答えを出すために必要なだけではなく、人として豊かに生きるうえで大切だということを、古代ギリシャの時代から哲学者たちは語ってきた。

 「哲学」を学校教育に生かすことで、子どもたちの考える力を高めていくことはできないだろうか。アメリカの哲学者Matthew Lipman(1922〜2010)は、こうした問題意識のもと「子どもの哲学」という教育プログラムを開発し、他者との対話を通した探究力の育成を初等・中等教育に組み込むことを試みた。
 この教育では、学校での学びや日々の暮らしのなかで生まれてくる「なぜ?どうして?」をみんなで紐解き、深く掘り下げて考える。探究にはさまざまな形態があるが、子どもの哲学では、「探究のコミュニティ(Community of Inquiry)」というコンセプトを掲げ、協働行為としての探究に焦点を置いている。さまざまな視点から吟味することで、物事の異なる側面が見えてくる。また、わたしたちが直面する多くの社会問題は、一人で解決することはできないものだ。他者とともに問いと向き合う力が、社会のなかで大きな意味をもつ。

子どもの哲学のメソッド

 子どもの哲学のメソッドは極めてシンプルだ。みんなで輪になって座り、考えたい「問い」を選んで、声を分かち合う。子ども同士の対話を促進しながら、考えを深く掘り下げるために開発された、いくつかのツールを使って、探究を進めていく。時間が来たら「聞く姿勢」「話す姿勢」「考えの深まり」などを一人ひとりがふりかえる。今まで思いつかなかった側面からものごとを見た、新しい発見をした、頭の中がぐちゃぐちゃしたという実感をもつことができたら、考えが深まったサインである。

 異なる視点を共有する話し合いを探究の場へと成熟させていくために、子どもの哲学が重視する二つのことがある。
 第一に、子どもたちの「ワンダー(不思議に思う気持ち)」を大切にする。問いをもつことは、何かについて考え始める最初のステップだ。日々の暮らしや学習のなかから生まれる子どもたちの「問い」に耳を傾け、そこから対話を始める。考えてもなかなか答えが見つからないけれど、知りたいという欲求に身をゆだねて、言葉の海を泳ぎながら問い深めていく。子どもたちの問いを大切にすることで、彼らの探究心が大きく膨らんでいく。
 第二に、安心して声を共有するために、対話の場のセーフティを育むことである。異なる視点を受け止めつつも、考えを深く掘り下げるためには、対話に参加する人びとが、相手の意見を尊重してしっかりと耳を傾ける心をもたなければならない。非難や馬鹿にされることを恐れて発言をためらうのでは、価値ある声が埋もれてしまう。反論が論争になってしまっては、深い理解は生まれない。子どもの哲学では、セーフティを高めるための工夫を話し合いながら、心に浮かんだことを分かち合うことのできる「探究のコミュニティづくり」に教師と子どもたちが一緒に取り組む。

 わたしは、仙台市内の学校教員の方々とともに、2013年から子どもの哲学を教育現場で実践している。セーフティを重視して探究のコミュニティづくりを行うという考え方は、学校教育のさまざまな場面で応用できる可能性を含む。日本の学校教育に子どもの哲学を生かす取り組みは、まだ始まったばかりである。教育現場での実践と検討を重ね、この教育の可能性を見いだしていきたい。

豊田 光世とよだ みつよ

東京工業大学グローバルリーダー教育院特任准教授。
東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程卒業。
研究分野は、対話教育、合意形成、市民参加型環境保全。
ハワイ大学大学院で学んだ「子どもの哲学」を生かし、多様な人びとの対話の場を構築しながら、サステナブルな社会づくりに向けた実践研究を行う。主な研究フィールドは、佐渡島、仙台、兵庫。

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