教育オピニオン
日本の教育界にあらゆる角度から斬り込む!様々な立場の執筆者による読み応えのある記事をお届けします。
アメリカと日本、どっちの社会科が幸せ?
鹿児島大学教育学部講師田口 紘子
2012/9/6 掲載

「学校で社会科の授業をやらせてもらえないの!」

 アメリカで聞いた小学校の教育実習生の不満だ。たまたま彼女に社会科を担当する機会がなかっただけという話ではない。州統一テストが近づいており、学校が従来の時間割を無視し、社会科の授業時間を英語(読み)や数学へ振り替えているからだという。
 彼女は大学の教員養成プログラムの必修講義で社会科の楽しさを知り、子どもたちと社会科を学ぶことを楽しみにしていたのだ。「テストが終われば、社会科を教えることができるわよ」と、講義を担当した大学教員は彼女を励ました。

アメリカと日本における教育改革と社会科

 テスト対象とならない教科は軽視され、テスト対象の教科であっても授業時間がテスト準備に費やされている状況は、アメリカの教育現場の現実として日本でも多く紹介されている。州統一テストの結果は公表され、学区や学校への予算配分、教員の待遇、保護者の学校選択にも影響する。それらは学区・学校間の競争の過熱、教育格差の拡大、連邦政府と州政府による上からの教育管理体制の強化などをもたらしたとする指摘もある。こうしたアメリカの教育改革の負の側面は、日本の教育改革の行く末と重ね合わせて論じられることも多い。日本における「全国学力・学習状況調査」や学校評価の実施もアメリカのような問題を生じさせるのか、学校・教育行政・研究機関の活発な議論と検証が必要とされている。
 社会科に限定して日本とアメリカを比較して考えてみると、日本の社会科は恵まれているように感じる。学習指導要領で社会科の授業時間はきちんと確保されている。社会科は「主要教科」として数えられることも多いし、「全国学力・学習状況調査」の対象教科として追加が検討されたりもしていた。日本では社会科は決して軽視されていないのではないか。

社会科、楽しいですか?

 でも子どもたちは社会科を好きと思ってくれているだろうか? 学校の先生たちは社会科の授業準備でわくわくすることがあるだろうか? 教員志望学生たちは社会科の必要性や目標を積極的なものとしてとらえてくれているだろうか? 「社会科、楽しいですか?」と聞いて回りたいくらい心配である。もちろん授業が笑い声の絶えない面白おかしいものである必要はない。社会について理解したい、社会とかかわっていきたいと感じさせる知的な楽しさが必要であり、それが社会科の学習を進めたいと思う前提になるのではないかと考える。
 社会科の学習対象は複雑なものばかりである。子どもたちが複雑な社会を理解するためには、直接は見えない社会のしくみや過去の社会の出来事、社会的諸問題の複雑さに耐えて理解しようとする意欲が必要となる。学校の先生たちや教員志望学生たちにも、社会の複雑を解きほぐして教材化しようとする熱意が必要となる。そのような意欲や熱意の土台になるのが知的な楽しさではないかと思う。冒頭のアメリカの教育実習生のように。
 平成元年版学習指導要領(1989)において小学校低学年社会科が廃止された背景には教えにくいという声があったという。新任の先生たちや教員志望学生たちからも、社会科は事実の列挙となってしまいつまらない、教える自信がないと聞く。教師はどうすれば子どもたちに社会科の知的な楽しさを感じさせることができるだろうか。多くの解答があるだろうが、アメリカの教員養成講義で見られた工夫を挙げておきたい。

知的な楽しさを感じる社会科授業づくりの工夫

1.目の前の子どもたちに適切な社会科授業をつくる責任の自覚

 教科書の内容だけでは、急激な社会の変化や地域社会の状況に対応できない。また学習指導要領が示す学習内容も最低限のものであり、それを越えて指導することも可能である。なぜこのような授業を行うのかという根拠のある社会科授業づくりをすることは、子どもや保護者、学校や地域への説明責任を果たすことにもつながるだろう。

2.社会を切り取る資料を選定し、それに基づく複数の問いをつくる

 目には直接見えにくい複雑な社会の断片を可視化する資料を見つけよう。子どもたちが資料の中に答えを見つけられる問いや、複数の答えが可能な問いなど多様な問いを準備し、社会を考えることに子どもたちを巻き込もう。

3.社会科資料の可能性を広げる

 教科書や資料集にある写真・統計やレプリカとして販売されている教具だけが社会科資料ではない。アメリカの小学校社会科授業では絵本などの児童文学も資料としてよく使われる。英語(読み)の学習にもなるという利点もあるが、児童文学のなかでは、複雑な社会事象も単純化されていたり、子どもたちが馴染みやすい文脈に位置づけられたりしており、社会について考えはじめるきっかけになると考えられているのである。

 それでもやっぱり社会は複雑だし、社会科授業づくりを楽しめないかもしれない。そんな時は社会科を楽しんでいる人と一緒に社会科授業づくりをするのもおすすめである。あなたのまわりにもいらっしゃいませんか。

田口 紘子たぐち ひろこ

鹿児島大学教育学部講師
2009年3月に広島大学より博士(教育学)の学位を授与され、同年4月より現職。
全国社会科教育学会理事、日本NIE学会理事。
主な著書に『現代アメリカ初等歴史学習論研究』(風間書房)、共著『「思考力・判断力・表現力」をつける社会科授業デザイン中学校編』、共著『「思考力・判断力・表現力」をつける中学歴史授業モデル』、共著『社会科教育実践ハンドブック』、共著『新社会科教育学ハンドブック』などがある。

コメントの受付は終了しました。