教育オピニオン
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教育エッセイ(第2回)
大学生が真剣に学ぶ算数の発想
桜美林大学教授芳沢 光雄
2010/5/28 掲載

 私は、大学の教員として32年間勤めてきたが、教育・研究以外の仕事としては、主に入試、広報及び学生の就職を担当してきた。昨今の大学生就職氷河期は、残念ながら当分続くものと考えられ、20年ぐらい前のバブル経済期を想うと複雑な気持ちになる。

 現在、大学3、4年生の多くは「買い手市場」を勝ち抜くために、大学での学業よりも就活に力を入れている。大学の中には、「学生が就活を理由に授業を欠席することはいっこうに構わない」と公言しているところもあり、その行き過ぎた事態を苦々しくも思う。しかしながら、履歴にブランクがあることをよしとしない意識が残る日本社会において、そのような事態を建前から一方的に批判だけすることもできない。

 最近、全国の大学生協書籍部で、コンスタントにベストセラー入りして飛ぶように売れているジャンルがある。それは、いわゆる就職適性検査「SPI」などの対策本である。実情を知らない読者のために説明すると、それらは比、割合、速さ、面積などの算数の発想が中心の問題で、企業が主に人事採用の初期段階で使っているものである。私の本務校においても、「その種の試験対策に本腰を入れなくてはならない」という気運が昨年あたりから一気に高まった。

挿絵
 大学の専任教員になったばかりの32年前には思いもしないことであったが、そのような現状を憂慮して、昨年から私は「SPI対策にもなる算数の発想」という題で、ボランティア的な授業を理数系が苦手な学生を対象に行っている。正式な授業としての中等数学科教育法(T〜W)、自然科学基礎、数学概論、専攻入門、代数学、離散数学などの他に行うもので、私が「ボランティア」ならば、学生も「単位認定ナシ」のものである。

 それを受講した100人を超える学生の感想は、実に素晴らしいものばかりである。「算数の大切な考え方が人生で初めてわかった」「先生の熱い思いにのせられて本気になって学んだ」というようなコメントを見るたびに、本音で実践する自らの生き方に迷う必要はない、と思う次第である。

芳沢 光雄よしざわ みつお

1953年東京生まれ。東京理科大学理学部教授を経て、現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授(同志社大学理工学部数理システム学科講師)。理学博士。専門は数学・数学教育。著書として『新体系・高校数学の教科書(上・下)』(講談社ブルーバックス)、『数学的思考法』(講談社現代新書)、『数学で遊ぼう』(岩波ジュニア新書)、『「3」の発想』(新潮選書)、『置換群から学ぶ組合せ構造』(日本評論社)他多数がある。

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