教育マグマ日記
明治図書出版教育書編集部の樋口雅子編集長が、日々の雑感を赤裸々に綴ります。
“さわやかな風”通り抜け〜。
明治図書出版編集長樋口 雅子
2014/5/12 掲載

「トイレに行くといって立ち上ったので、肩を貸したら、そこに、どどっと体重をかけながら体が崩れていって…。わたしも、壁にドーンとぶつかってしまいました。そのまま亡くなったようなものでした。間質性肺炎の方は、小康状態だったのですが〜。もう体力が残っていなかったのでしょう…」
「家族としては、仕事を減らして、家でのんびりしていて欲しかったのですが、あちこちに招かれて先生方と交流することが楽しくてしょうがないようでした。いつも、いそいそと出かけ、満足そうな顔をして帰ってきたので、本人は、十分達成感を持っていたのだと思います」

社会科教育の金字塔というべき有田和正先生が、この5月2日亡くなられ、告別式での奥様とご長男のご挨拶に、
−残っている体力、エネルギーのすべてを、使い果たして亡くなった…のだ。
―なんて、有田先生らしいのだろう。
と思いました。
思い返せば、有田先生とのお付き合い?は、私が一番長いかも知れません。
たしか、20代の終わり頃だったと思いますが、初めて、銀座の喫茶店でお会いし、「まあ、ハンサムな先生だなあ」と思ったことと、社会科の初志をつらぬく会への不満を代案的な提案にして1冊にまとめて欲しいーと、お話したことを昨日のことのように思い出しました。
そういえば、後日、余談をするだけの距離感になった時、
「先生、モテそうですねえ。保護者からのユーワクもありそう。そういうキワドイ体験もされたのでは…。身を持ち崩さない秘訣は何でしょうか?」
エゲツナイQに、いやな顔もせず、至極真面目に、
「“子どものことで、お話をしたいので、○○に来て欲しい”というようなことを言われたりしたが、“子どもの話は教室でしています〜”といって切り抜けてきた…」
「担任にとっては、子どものことといわれると断れないことを知っているので、ダシに使われるのでしょうねー」
とか、聞いた風なことをいって混ぜ返したことを思い出し、ちょっと恥ずかしい気分が蘇えってきました…。
やはり、先生の生涯を貫いているのは、
<この世のあらゆる社会事象への飽くなき好奇心と、それを授業の形で子どもに伝えたい>
だったのだと思われます。
不祥事を起こす時間など、もってのほか、無駄、無駄、無駄だったのでしょう。
こんなこともありました。
「先生、大型車の整備の免許まで持っているというお話でしたよね。メカにも強いんだから、PCなどすぐ使いこなせますよ。ネタ開発にも絶対お勧めです」
「若い時って、時間が贅沢に使える時なんだよね。今じゃ、その時間が惜しくて…」
と。
―懐は貧しくとも、時間を贅沢に使えるのが青春〜ですね!確かに。。
お世話になった「社会科教育」誌8月号で急遽、有田キーワードを小特集します。ご覧いただけるとありがたいです。

小特集  実践に入魂!有田和正“不滅の名言”集

 5月2日、有田和正先生が亡くなられました。自分で授業をすることが、あれだけ好きな人も大変珍しいと思います。
特に、社会科への思い入れは教師になってから一貫、変わらぬものでした。
小誌も、有田実践をひとつの羅針盤・大きな指針として企画立案の柱として参りました。そこで、今回は、@からGのような、有田先生が実践から導き出した「名言」をひも解いていただきたいと願いました。
つまり、名言が生きて働くよう、また、常に頭に入れておけるよう、読者にご提言を頂きたいと願いました。   
@「追究のオニ」―知的な子どもの育て方       ……1ページ
A「思考の作戦基地」―思考と発表訓練の場づくり … …1ページ
B「バスの運転手」―子どもの認識を揺さぶる     ……1ページ
C「材料7分に腕3分」―ネタ開発が出発点だ     ……1ページ
D「授業は布石の連続」−計画的な行動がカギ    ……1ページ
E「構造的板書」−1時間の流れが再現できる     ……1ページ
F「五円玉の授業」−産業学習のネタ勢揃い     ……1ページ

また、追悼コーナーを展開しています。こちらもよろしくお願いします。

追悼 有田和正先生

下記は、字の乱れに病気のリアルが伝わってくる、亡くなる半月前の重版通知への返FAXです。

FAX

―今回も、お読みいただき、ありがとうございました。

コメントの一覧
5件あります。
    • 1
    • みちのく仙台の伊達男
    • 2014/5/14 10:54:28
    有田先生のご冥福をお祈りいたします。当地の大学の教授として活躍をされていたのですが、最近はお話を聞かないなあと思っておりました。
    平成7年に、社会科フォーラムの大会でお目にかかって以来、いつも先生の発言や実践を参考にしながら授業をしていました。
    社会科のスーパースターでしたね。
    寂しい限りです。
    • 2
    • 駒井隆治
    • 2014/5/29 11:23:04
    有田和正先生は「明るい教育」の象徴的な存在でした。世田谷区勤務時、10年間連続で有田和正氏講演会を開催しました。80名前後が集う人気の講座でした。授業が、子どもたちへの接し方が、変わりました。お礼状の有田先生の美しい筆跡が私の宝物です。感謝の思いでいっぱいです。
    • 3
    • 太田一郎
    • 2014/6/20 21:04:41
     有田先生には愛知教育大学の授業でお会いしたのがきっかけで、今日までずっと自分の中での大きな存在でした。有田先生の著書や講演からは、「よし、自分もやるぞ」という力をいただくことができ、教職経験をどれだけ重ねても新鮮な思い、そして初心を思い出させてもらいました。自分も社会科が好きで教員をしているようなものです。そして今はそれを地区の先生方に伝える立場ですが、有田先生ほど社会科の授業を楽しめる才能をもった人はいないと思います。「一枚の絵や写真から…」、「スイカはおいしいところから…」、「ノートは思考の作戦基地」、「材料七分に腕三分」、「授業は布石の連続」など、有田先生の残された言葉は自分の座右の銘となるだけでなく、これからの教壇を担う若者にも同じ輝きで伝わる言葉の数々であると思います。大学時代に読んだ『名人への道 社会科教師』(日本書籍)を再び読み返して有田先生を追悼します。
    • 4
    • 久美
    • 2014/8/16 19:37:42
    私は昭和60年筑波付属小学校で、授業をしてくださった有田先生に、感謝しています。ありがとございました…
    • 5
    • 瀧沢広人
    • 2014/8/22 20:43:57
    偉大な先生でした。たくさんのユーモアや指導法を先生から学びました。キーワードは中学の英語の授業でも 参考にさせていただきました。最後まで人生を教師人生を全うされた先生のご冥福をお祈り申し上げます。
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