教育マグマ日記
明治図書出版教育書編集部の樋口雅子編集長が、日々の雑感を赤裸々に綴ります。
悩んでも“メタボ”
明治図書出版編集長樋口 雅子
2014/3/24 掲載

「正直―ジョージ・ワシントン、夢を持つ―ジェンナー、忍耐―コロンブス、博愛―ナイチンゲール、公益―ベンジャミン・フランクリン…。
こう並べると、どこの副読本?と思う」
「……」
「戦前の修身教科書で取り上げられていた人物なんだって」
「なんか、二宮尊徳のような人物ばっかりのイメージ(それも、実像とは、かなりかけ離れていたようですが)だった」
「案外?国際色もあったんだね」

先週、「道徳の教科化」について、あれこれ情報をあさっていて、ぶちあたった修身教科書に登場する人物研究をしている先生発の情報です。
どうも予想を超え?グローバルな視点から人物が登場しているようですが、中身はどうなのでしょう?いずれ「授業と学級統率力」8月号でご報告させていただける予定ですが、いつの時代でも?きっと、<その時代の空気?に合わせた人物評価がなされてきた>のだと思います。
いい例が、与謝野晶子。
戦後、反戦歌人として紹介されることが多いですが、晶子の歌には、<いけいけ・どんどん>みたいな好戦的ともいえる歌もあるわけですから、反戦歌人というのも、一方的というかご都合主義的な、一つの解釈に過ぎないと言えるようです。
ところで一昨日、ある精神科Drとのメール交信で、今、一番深刻なのは、虐待…とありました。
で、私、“その底には、貧困があるでしょうから、教育の問題だけで片付くものではないでしょうしね”と評論家もどきの口をきいたら、“いや、貧困は3割程度…”とか。“発達障害の親が関わるとかは、どうなのでしょう”と突っ込むと、“それも、3割程度ではないか。だから、一番大変な問題ということ〜です”と。
せっかく専門家にダイレクトにお聞きできる機会なので、
「そういえば、シンデレラも日本では“継母がいじめた”と書き変えられていますが、原作は“実母がいじめた”という話なのだそうですね。やはり、昔からあったということでしょうか。
動物には、育児放棄があるようですが、人間にも、そういう性癖が一定数、出現することもあるということなのでしょうか。放棄の一つの形態として、虐待となるとか…」
とQしたのですが、まだご返信はいただけていません。。
こういう、不条理としか言いようがないことも、この世には起こりうるーということでしょうか。
翻訳といえば、最近面白い記事を見つけました。
あのデンマークの王子ハムレットの実像、原作では“汗っかきでデブだった”となっているのだそうです。
そこを、翻訳した福田恆存は、“汗っかきで、すぐ息切れがするたちだから”と翻訳の妙を発揮しているのだとか。
悩める王子がメタボでは、イメージと合わない〜。確かに。
こういうのは“徳目・嘘をつくな”という範疇に入る?

コメントの一覧
1件あります。
    • 1
    • 重松清文
    • 2014/4/6 18:30:14
    いつもストレートなご意見に感嘆しております。道徳の教科化も後ろを向いて批判をするのではなく、グローバル化の時代と子どもたちの現実を直視し、今求められている既存の教科・領域では学べない内容を示して行くべきでしょうね。品川の「市民科」は、グローバル社会を生きる人としてのモラル(国際感覚や人権意識)、社会に適応・参加するスキルなどの内容と「教科」として、教えるべきものと育てるもの区別など参考になると思っています。
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