教育マグマ日記
明治図書出版教育書編集部の樋口雅子編集長が、日々の雑感を赤裸々に綴ります。
敵だと思うと〜負けよ
明治図書出版編集長樋口 雅子
2014/1/20 掲載

「試験場に入った時、
・“ここにいる人は、みんな敵だ、ライバルは蹴落とさなくては”と攻撃的な気分で自分を鼓舞する受験生と、
・“ここにいる人、みんなが合格して、楽しい学校生活をおくる仲間”と思う受験生と、どっちが合格する率が高いと思う?」
「どっちもありじゃないの。
そういう次元で結果が出るわけではないでしょ〜」
「それがね。
ゴルフなんかも、“仲間の成功を喜ぶ人の方が、上達も早い”んだって…。
ただ、そういう心境になるのが一番難しいんだーそうだけど。。」

“よきライバルがいたから、今日の自分がある”
と感謝の弁を述べる人もいるけど、一緒にピッチに立つ仲間だと思う方が、暗い情熱のジェラシー人生よりHAPPYな気分で自分を盛り上げられる気はします。。。
そういえば、サッカーの本田圭佑選手の小学校卒業文集が話題になっています。
“将来の夢”というお題で、
「ヨーロッパのセリエAに入団します。10番で活躍します」
と、夢が詳細を窮めていて、“これが小学生〜”というわけです。
普通?の小学生がよく言うのは、「サッカー選手になりたい」です。
たしかに、こういう大雑把な次元で夢を語っているようじゃ、夢は夢―で終了するのは必定だなーと、本田選手の卒業文集で腑に落ちました。。
夢といえば、年賀状に、「本を一冊出すのが夢です」という方がおられました。
どういう中味でというイメージがないという点では、単にサッカー選手になりたいと言うのと似ている〜といっては失礼でしょうか。
最近、ある先生と、「日記」について、こんなやり取りがありました。
その先生は、日記を書かせることによって書く力を伸ばすことに重点を置いていらっしゃいます。
お題の面白アイデアなど豊富な事例を出されていますが、すぐマンネリになるので、それを克服するには〜というあたりに問題意識があるという感じで原稿を書かれています。
これに対して、私は〜。
そもそも日記には、「自分自身を見つめる」という機能があるはずではないでしょうかーと。。
そういう機能を通して、“自分とは・人間とは”という永遠の課題を内部に宿すことが出来るのではないかと―エラソーに申し述べているって訳です。。。
しかし、どうも、内省的な思考回路をつくるーなど、考えたこともないという風情のようで、いささかビックリの違和感が拡大中〜でして。。
私には、こういう思考訓練は、「特別な教科」の時間限定で済む問題とは次元が違う気も〜。
そういえば。
小学校時代、指導していた教師は、本田選手について、
「勝ち負けに執着せず、自分のプレーを客観的に見ていた…」と。
小学生でも、メタ認知力をつけることが出来るとすれば、日記など最適なアイテムではないのかしらー。。

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