著者インタビュー
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3つの力であなたの教師力をアップする!
早稲田大学人間科学学術院教授向後 千春
2014/8/7 掲載
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 今回は向後千春先生に、新刊『教師のための「教える技術」』について伺いました。

向後 千春こうご ちはる

早稲田大学人間科学学術院教授。博士(教育学)。
1958年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。1990年富山大学教育学部助手、講師、助教授、早稲田大学人間科学部准教授を経て、現職。2006年、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科より博士(教育学)取得。
専門は、インストラクショナルデザイン(教え方のデザイン)。効果的、効率的、魅力的に教えるためには、どのようにすればいいのかを、心理学の知見をベースにして研究している。

―まず、「教師力」をアップする3つの力とは、どんな力でしょうか。

 「教師力」についてはいろいろな定義が可能でしょう。私が考える「教師力」とは、「教える技術」「授業デザイン力」「クラス運営力」の3つの能力からなっています。
 1つ目は「教える技術」です。教えるべき相手を前にしたときに、相手に合ったさまざまな方法で教えられることです。相手に合わせて最適な教え方をするためには、教える技術のレパートリーを何種類か持っていることが必要です。このレパートリーは「教えるコツ」という細かいものではなく、心理学的な理論の裏付けがあるものです。
 2つ目は、「授業デザイン力」です。これは、1年という単位や学期という単位で見たときに、どのように授業を進めていけばいいのかという全体をデザインする能力です。授業デザイン力をつけるためには、教育工学の中の、インストラクショナルデザインという領域で培われた知見が役に立ちます。
 3つ目は、「クラス運営力」です。クラスには一人ひとり個性の違う子どもが集まります。そのクラス全体が良いチームになることを目的として、どのように運営していけばいいのかということが常に問われます。クラス運営力をつけるためには臨床心理学者のアルフレッド・アドラーとその後継者たちが理論化したアドラー心理学が役に立ちます。

―「教師」と言えば、教えることのプロであり、教えることの技術については他の仕事をされている方以上に究めている、と一般的には思われています。なぜあえて、“教師のための”教える技術なのでしょうか。

 教職に就いている人はみんな教員免許を持っていますし、教育実習もしているわけです。とはいっても、実際に「教える技術」を鍛錬し、修得したかというと必ずしもそういうことはありません。みんな見よう見まねで教えているというのが実情ではないでしょうか。一口に「教える技術」といっても、そこには科学としての心理学がベースとしてあります。教える内容や教える相手に合わせて、最適な教え方を身につけている必要があります。それをこの本で伝えたかったのです。

―「教える技術」で教えられる技能は5つに分類できるそうですね。それぞれの特徴を、ご紹介いただけますか。

 たとえば漢字についての学習内容を考えてみましょう。それはこんなふうに分類できます。

  1. 運動技能…漢字を正しい書き順でバランスよく書くこと。そのためには、どのような形がバランスがよいと言えるのかを知覚して、それを目指して鉛筆を動かすことを練習する必要があります。
  2. 知識獲得技能…ある漢字の反対の意味の漢字を言うこと。そのためには、ある漢字の意味を理解して、さらにその反対の意味を表す漢字を覚えていることが必要です。
  3. 問題解決技能…いままでに見たことのない漢字のヘンやツクリの組み合わせによって、その意味を推測すること。そのためにはヘンとツクリの組み合わせで意味がだいたい決まってくるのだというルールを知っていることが必要です。
  4. 学習方略技能…漢字の覚え方についての効率の良い方法を発見すること。ただ繰り返し書くことで漢字を覚えるだけではなく、ヘンやツクリに分解してそれぞれの意味を考えることで覚えやすく忘れにくくする方法を自分で見つけることが必要です。
  5. 態度技能…漢字を面倒なものではなく、便利なものだと捉えるようになること。漢字を使えば、自分の思ったことを正確に相手に伝えられるのだということを確信していることが必要です。

 技術的には、1〜5の順番に徐々に教えるのが難しくなっていきます。とはいえ、この5つを教える方法は確立したものですので、それはこの本を読んでいただければ身につけることができるでしょう。

―「授業デザイン力」を支えている「インストラクショナルデザイン」という言葉、あまり耳慣れないワードなのですが、どのような学問なのでしょうか。

 インストラクショナルデザインは直訳すれば「教えることのデザイン」ということです。どのように教えれば、効果的・効率的に、また魅力的に・面白く教えられるのかということを追求する学問領域です。それは単に、先生の教え方にとどまらず、教材の作り方、課題の設定、グループワークの方法、eラーニングのデザインなど多岐に渡っています。ポイントは、そうしたさまざまな工夫の効果を学習成果という客観的なデータで測ろうとしていることです。そうすることで、より良い学習環境を作り出そうとしています。

―いま話題の「アドラー心理学」、クラス運営に取り入れる際に、気を付けるべきポイントはなんでしょうか。

 アルフレッド・アドラーは「治療よりも予防が重要だ」と考えて、育児や教育の重要性を強く認識していました。学校は、家庭と社会をつなぐ場所として、子どもが生きるための知識と技術を学び、どのように他者と協力し合っていけばいいのかを体得するための機関として捉えています。ですから学級経営には、クラスのみんながお互いに信頼し合い、協力し合っていく雰囲気を作ることが必要なのです。そのためには教師が、民主的なクラス運営をしていくことです。そのためにこの本で紹介した「クラス会議」は試してみる価値のある方法です。

―最後に、教えることのプロになりたい!と考える読者の先生方に向けて、メッセージをお願いいたします。

 教えることに完璧はありません。いつでも、教える内容と教える相手と使える道具によって揺れています。それでも、より良い教え方を目指して、努力していくのがプロの教師だと思います。その一方で「不完全である勇気」を持って、不完全な自分自身を受け入れることです。そうすることで、すべての不完全な生徒を受け入れることができ、彼らをどのように支援していけばいいのかということにエネルギーを注ぐことができると思います。

(構成:林)

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