- まえがき
- 1 理論編 「人間の学習」から見た個別最適な学びとは?
- 1 はじめに
- 2 個別最適な学びとICTの活用
- 3 人間の学習
- 4 個別最適な学びを理解するための2つの発達観
- 5 発達は他者との協働の中で
- 6 「最適」の意味するところ
- 7 自己調整学習としての個別最適な学び
- 8 学びの本質
- 2 実践編 個別最適な学びと協働的な学びを実現する学級経営
- 「I can」の発見と「We can」の体験を往還する「脚力」を鍛えることが豊かな人生を切り拓く
- ──対話者:上條 大志
- ・個別最適な学びは「I can」の発見
- ・協働的な学びは「We can」の体験
- ・2つの学びの往還で学びの「幅」を広げる
- ・学級経営を支える「間主観的視点」という見方
- ・全ては児童理解から
- 対話を終えて
- 協働的な学びの中に位置づく個別最適な学び
- ──対話者:橋 朋彦
- ・子どもの個別の学びを見取り,それに適した支援をする
- ・協働的な学びのプロセスに位置づく個別最適な学び
- ・「振り返り」で育てる学級集団
- ・2つの学びを実現する,哲学する教室
- ・古きに学び新しき教育の姿をつくり出す
- 対話を終えて
- 協働的問題解決を回すため,教師は最初の火をつけ,笑顔で延焼させる
- ──対話者:深井 正道
- ・個別最適な学びとは自己調整学習の保証によって実現される
- ・生活づくりと授業づくりは同じ原理
- ・「足場がけ」を子ども同士で行う
- ・教師は火つけ役
- ・学級集団づくりはチャーハンづくり
- 対話を終えて
- 集団のあり方を示す「枠」を子どもとつくり,自立した個を育てる
- ──対話者:宇野 弘恵
- ・子どもと共に「枠」をつくる
- ・「枠」づくりは丁寧に距離を測りながら
- ・互いの温度を尊重する関係性を育てる自己決定感
- ・課題解決の方法を自分で選ぶ子どもたち
- ・「枠」づくりの過程も子どもの実態に合わせてカスタマイズ
- ・集団の「枠」と個の「自立」はセット
- 対話を終えて
- 「One for All」「All for One」を実現し人を育てる
- ──対話者:岡田 順子
- ・「最適」とは「わからなさ」を追究できること
- ・「協働」とは,同じ目的に向かって学んでいる状態
- ・あなたは知識を披露したいのか,仲間にわかってもらいたいのか
- ・目指すは「互いの成長を願うクラス」
- ・教科指導を通して人を育てる
- 対話を終えて
- 互いのあり方を認め合うカルチャー,それは「圧倒的に聞く」ことから
- ──対話者:北森 恵
- ・自分で決めて試行錯誤する学習
- ・「最適」とは,子どもの選択とその支援が保障されていること
- ・ミクロの協働とマクロの協働の同時進行
- ・集団を支える合意形成,安全・安心,ポジティブなリーダー
- ・まずは「聞く」の量的確保,そして願いを「語る」
- 対話を終えて
- カリキュラム全体を通して自律から自立を促す過程で機能する2つの学び
- ──対話者:松下 崇
- ・個別最適な学びは問題解決の手順を教えることから
- ・協働的問題解決を支える対等性,言語能力,相手意識
- ・カリキュラム全体で協働的問題解決能力を育成する
- ・自律から自立への流れを,問題解決を通して実現する
- ・他者への関心を引き出す
- 対話を終えて
- 自由に学ぶ基盤は,対等性・相互尊敬・相互信頼の徹底
- ──対話者:一尾 茂疋
- ・学習者本人の意欲を尊重してこそ「最適化」
- ・「AI,すごい」と「私,すごい」の分かれ目は選択
- ・別なことをしていても同じ空間にいることで協働的な学びは発生する
- ・協働は人間学習の場
- ・緩くも厳しい世界を生きる子どもに向き合う,誠実,本気,継続
- 対話を終えて
- 3 総括 個別最適な学びと協働的な学びを実現する10ヵ条
- ─フロンティアたちの流儀─
- @個別最適な学びと協働的な学びは不可分
- Aねらいは生きる力の育成,学級経営はそのための1つの方法
- B問題解決の手順を教えている
- C協働を支える対等な人間関係
- D「最適」を創出する条件としての「選択」
- E集団を成り立たせる「共通の規準」
- F「カリキュラム全体」で「生き方」に迫る
- G反省からの「子ども中心主義」
- H学級経営の基本原則を踏まえる
- I願いと方法の一体化
まえがき
令和3年1月26日,中央教育審議会より,「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現〜(答申)」(以下,令和3年答申)が出されました。「はじめに」で,「総論においては,まず,社会の変化が加速度を増し,複雑で予測困難となってきている中,子供たちの資質・能力を確実に育成する必要があり,そのためには,新学習指導要領の着実な実施が重要であるとした。その上で,我が国の学校教育がこれまで果たしてきた役割やその成果を振り返りつつ,新型コロナウイルス感染症の感染拡大をはじめとする社会の急激な変化の中で再認識された学校の役割や課題を踏まえ,2020年代を通じて実現を目指す学校教育を「令和の日本型学校教育」とし,その姿を「全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学び」とした」と,本答申の概要が書かれています。
急激に変化する時代の中で,育むべき資質・能力を確実に子どもたちに身につけさせるために,新学習指導要領を確実に実施し,その実現においては,ICTの活用は欠かせないと言っているわけです。ここで言う資質・能力とは,どのようなものなのでしょうか。「総論」には,これからの時代に向けたあたらしいものとして,「社会の変化にいかに対処していくかという受け身の観点に立つのであれば難しい時代になる可能性を指摘した上で,変化を前向きに受け止め,社会や人生,生活を,人間ならではの感性を働かせてより豊かなものにする必要性等」が指摘され,「次代を切り拓く子供たちに求められる資質・能力としては,文章の意味を正確に理解する読解力,教科等固有の見方・考え方を働かせて自分の頭で考えて表現する力,対話や協働を通じて知識やアイディアを共有し新しい解や納得解を生み出す力など」が挙げられています。また,一方,どのような時代でも変わらない不易のものとして,「豊かな情操や規範意識,自他の生命の尊重,自己肯定感・自己有用感,他者への思いやり,対面でのコミュニケーションを通じて人間関係を築く力,困難を乗り越え,ものごとを成し遂げる力,公共の精神の育成等を図るとともに,子供の頃から各教育段階に応じて体力の向上,健康の確保を図ること」が挙げられています。
こうしたことを目指していく教育における学びのあり方として,「個別最適な学び」と,「協働的な学び」が提言されました。「個別最適な学び」とは,ICTの活用と少人数によるきめ細かな指導体制の整備により,「個に応じた指導」を学習者視点から整理した概念であり,また,「協働的な学び」とは,これまで「日本型学校教育」において重視されてきたものであり,両者を一体的に充実することを目指しています(令和3年答申「はじめに」より)。
「協働的な学び」ついては,アクティブ・ラーニングに関する議論があったおかげか,現場の受け止めにおいて,そう大きな戸惑いはなかったようです。しかし,集団教育を主力としてきた日本の教育にとって,「個別」という言葉が印象的だったのか,「個別最適な学び」については戸惑いをもって受け止めた現場もあったようです。そして,GIGAスクール構想の進展がそこに加勢した形になり,「個別最適」の言葉が一人歩きしたように思います。中には,教室で子どもたちがみんな個々にタブレットを見ながら個別に学習する個人指導の塾のようなイメージをもった方もいたようです。
そうしたざわついた現場の様子に対応したのか,文部科学省は,この学びのあり方のイメージを図にして表しました。それが次頁に示す図です1(図省略)。これを見ると資質・能力の育成のために,主体的・対話的で深い学びがあり,それを機能させるために2つの学びの一体的実現が整理されて書かれています。しかし,これを見て「ああ,そうか」と腑に落ちる方もいれば,新しい言葉の羅列に一層混乱した方もいたようです。
思えば教育改革の流れは,多くの場合,現場がそれをできていない,やっていない,だからインパクトのある言葉で,改善を促すという流れで進行してきました。例として授業改善を挙げれば,最初,言語活動の充実から,各教科等を貫く言語活動の充実,そして,その流れはアクティブ・ラーニングへ。それが意味がわからないとなると主体的・対話的で深い学びとなり,そして,今,「協働的な学び」と「個別最適な学び」ときています。これらについて教育関係者,特に学校関係者は,しっかりと向き合うことを求められますが,ここで少し考えたいのは,本当に現場はそれができていないのか,という視点です。
改革の流れで,「できていないからそれをやる」という文脈になっていますが,主体的・対話的で深い学びの話も,全ての現場ができていない,また,それまで現場になかった新しいこと,ではなく,現場におけるグッド・プラクティスとしての捉えだったのではないでしょうか。無藤隆(2017)は,「アクティブ・ラーニングと言っているのは,これまでの小・中学校のいわばベストな,一番いい指導部分をどうやってどの先生でも使えるようにしていくのかというのがポイント」と述べています2。
変化の時代の波に教育も洗われています。したがって,いろいろな新しい言葉が降ってきます。GIGAスクール構想や教育デジタル・トランスフォーメーション(DX)などは,その象徴的なものかもしれません。ICT機器については新しい道具ですので,確かに今までなかったものと言えます。しかし,全てがそうではないのです。こと授業,指導,学習については,学校教育がこれまでずっとやってきたことなのです。だから,全て0からということはあり得ないし,そう考えることに対してもっと懐疑的になっていいのではないでしょうか。
今だからあえて問いたいと思いますが,一斉指導はそんなに問題なのでしょうか。一斉指導は没個性で,新時代の教育から排除すべきものなのでしょうか。一斉指導の中にも,個の尊重や指導の個性化がなされている場合だってあったのではないでしょうか。また,グループ学習やペア学習が必ず善なのでしょうか。一斉指導のアンチテーゼとして協働学習が出てきたので,前者が悪,後者が善となっていますが,それは本当なのでしょうか。大切なのは,資質・能力の育成や,指導過程の充実のはずであり,特定の手法の是非を問うような話ではなかったはずです。
アクティブ・ラーニングがこれまでの授業におけるグッド・プラクティスだとしたら,「個別最適な学び」と「協働的な学び」も,これまでの学習においてグッド・プラクティスとして,既に実践されているはずです。また,本書は学級経営を主にテーマにしていますが,それはなぜか。学級経営と授業の関係は,パソコンのOSとアプリの関係に似ています。スペックの高いソフトを起動するには,スペックの高いOSが必要です。質の高い学習を成立させている教室では,質の高い学級経営がなされているはずなのです。授業のあり方,それに伴う学びのあり方は,これからもいろいろ変化していくと思われます。しかし,スペックの高いOSは様々なアプリを起動することができるように,質の高い学級経営は,様々な授業や学習に対応し得るのです。
そこで,今,既にグッド・プラクティスを実現している教師たちに,学びのあり方からそれを支える学級経営を語っていただき,その姿を明らかにすることによって,読者のみなさんが,スペックの高い学習を実現していくときの参考資料としていただきたいと思って本書を企画しました。
大学院で学級経営の研究を進める筆者が,8人の先生方にインタビューし,それを編集する形で本書をまとめました。先生方は,学級経営のみならず,授業づくりや特別支援教育などで指導的立場にいたり,校内研究等で明確な成果をあげたりしている方々です。また,塾を経営しながらオルタナティブスクールを主宰し,既存の公教育に問題提起をしている方も含まれています。学校の外から,これからの学びのあり方を見つめてみたいからです。
ああ,これなら私もやっている,いや,この視点は気づかなかったという話の連続だと思います。きっと先生方のこれからの授業づくり,学級経営に大切な示唆を与えると確信しています。
2022年3月 /赤坂 真二
1 文部科学省HP「「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実」「(参考)「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実(イメージ)」(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/senseiouen/mext_01542.html 2021年10月3日閲覧)
2 無藤隆解説/馬居政幸,角替弘規制作『中央教育審議会教育課程部会長 無藤隆が徹底解説 学習指導要領改訂のキーワード』明治図書,2017
ところどころにある分かりやすい図がとても効果的でした。
本校の職員は、まだまだめんどくさがったり、既存の考えに固執したりしている人が圧倒的多数です。
熱心さが良い結果になっていないのに、固執しているという典型的なダメパターンです。
そこを変えていきたいと思います。
コメント一覧へ