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巻頭論文
算数授業へのこだわり
向山の介入授業から見えてくること
向山洋一
向山型算数セミナーが,昨日,東京江戸川で開かれた。
私は「授業」「発表」に,何回か介入し,最後に講演をした。1年生プロブレムを解決
する「4つの研究」についてである。
さて,私が介入した授業の中に,広角を分度器で測らせる指導があった。
「◯あの角をはかりなさい」という授業である。
教科書には,「子どもの考え方」として2つのやり方が示されていた。
授業者は,その1つの方法を取り上げた。
補助線をひき,「180°」と「残りの角」に分ける方法である。
ていねいに指導はされた。
しかし,私は「この授業は,向山型ではない」と強く思った。多くの人は,「解き方の手順を教えること」を,向山型と錯覚している。
「手順を教える」ことは,とても大切だ。
しかし,「知的興奮を与えること」も,とても大切だ。
両方を,満足させなければならないのである。
そこで,私は介入した。
一般参加をしていた伴先生が,この場面について,長い文をアンケートに寄せた。紹介する。
■向山先生の介入
(長崎県・伴一孝)
向山先生の介入がすごく知的で興味深かったです。
午後一番に見た大関氏の「角」の授業で,「大きい角で測りにくいので2つに分けることにします」「分けてごらんなさい」「何通りに分けられますか」から,180°×2通り,90°×2通りを出させていく展開,これぞ向山型と得心いたしました。
向山先生の指導は1にシンプル(短い),2に明解,3に知性的だと思います。「分けることにします」も「分けてごらんなさい」も,シンプルで明解です。
でも,これだけでは半向山型です。「何通りに分けられますか」で,グワンと脳みそにエンジンがかかります。自分の頭と,他の子(人)の頭とが,嫌でも比べられることになります。だから伸びるのだと思います。
細かく言うと,このあとの構成がまた集中を高めるようになっています。「隣の人と比べてごらんなさい」「1つの人」「2つの人」「3つの人」「1つ,2つじゃあ話にならないということですね」
このように,頭がフル回転していく指示・説明が続きます。さらに,「じゃあ,多いほうから逆に聞いてみましょうか」「8つ,7つ,6つ,5つ,4つ」「これは4つでしょう」となりました。ここでまたグワンとなるわけです。
“なぜ4つなのだ”と誰もが思います。4つにしていた子(人)は,“本当にこの4つなのか”と思います。全員が集中する,伸びざるを得ないようになっているのです。
そして,桑原君に発言をさせました。200名が見事に術中にはまって,桑原君の発言に聞き入らざるを得ない状態になってしまっています。
このようにして,「力」ではなく,「術」で集中空間を創っていくわけです。ほんのちょっとした導入ですら,このように見事に芸術的にやられてしまうわけです。
向山先生の授業・向山型の魅力は,ここです。人間の知的好奇心・知的欲求を巧みに引き出していく。だから同じ内容が,ストンと入ってくる。すごい満足感が得られるわけです。
原理を分析します。「分けてごらんなさい」は作業指示です。紙に線(跡)が残ります。証拠です。証拠は他人(教師に対してもです)を対象にしているように見えますが,実は「自分自身に対する証拠」なのです。最初に2つの分け方を書いた子(人)は,紙に残っている以上,「最初は2つ,最初は2つ……」と何度も何度も繰り返し証拠を突きつけられるわけです。これが最後まで一貫して作用する仕掛けです。「分けられますか」と尋ねて考えさせるだけでは,このような作用はゼロに近いと言えます。
次に「何通りに分けられますか」と発問します。
なぜ「どんな分け方をしましたか」ではないのでしょう。
ここが向山先生のすごいところです。「どんな分け方をしましたか」では,無限定にいろいろな考えが出てくるだけで,見ている方,聞いている方は,「ああ,そうか」で終わってしまいます。無感動です。ところが「何通りに分けられますか」と尋ねられると,証拠が残っている以上,「2つ」と確定せざるを得ないわけです。
ここで,少し頭が働き始めます。助走です。「2つではないのかもしれない」「もっとよく考えよう」となるわけです。そうやってエンジンがかかり始めたところで,「隣の人と比べてごらんなさい」となります。緊張感が走ります。自分の考え(証拠)が,初めて人目にさらされることになります。
これはまた別の仕掛けとなっています。あとで手を挙げるときの縛りになることが1つ。さらに,考えを増やして案を入れたときも「再度隣の人に見せることになるかもしれない」という圧力がかかることが1つです。いずれ
もエンジンに加速作用があります。
そして,「1つの人」「2つの人」……と挙手させられます。
これも,本人が自覚するしないにかかわらず,証拠作用が加わっていきます。「周りの子に知られた」という証拠作用です。緊張感が高まります。
そして一気に「1つ,2つじゃあ話にならないということですね」と突き放しが入ります。
さあ,大変です。1つ,2つと書いていた子は,証拠を握られた上で「話にならない」と断定をされているのです。これは,必死で考えざるを得ません。エンジンが加速していくのです。同様に,3つ以上書いていた子も「もっとあるのではないか」と頭を絞って考え始めます。
ここを最初から「4つですね」と言ったのでは,全体の緊張感が違います。「全員に必死で頭を回転させる状態」をつくり出すためには,あたかも将棋の詰めのごとくに,このようにやっていくしかないのです。
もちろん,向山先生は,これを紙に書いて段取りをして繰り出しているのではなく,「本能」とも言うべき直感的選択で絶妙に繰り出しているのです。
次にいきます。
何と,「じゃあ,多い方から逆に聞いてみましょうか」ときます。これはすごい指示です。
通常は,さきほどと同じく「1つ」「2つ」と少ない方から聞いていくはずです。
ですが,これはやはり無限定になってしまいます。
「8つ,7つ…」と聞いていくことによって,何も言わなくても「9以上はありえない」という空気がつくられてしまいます。本当は“分け方”は無限にあるわけです。ですが,この時点で向山先生の意図する方向に「道」がつくられてしまいます。「枠」と言ってもいいでしょう。
そして,「4つ」まで下りてきたところで,「これは4つでしょう」とあっさりと落としてしまいます。あまたあるはずの「意味のない意見」をこうして一気に消去してしまいます。考えている方は「どうして4つなんだ」「本当にこの4つなのか」と「4」に焦点を合わせて頭を働かせていかざるを得ません。
秘密は,何気なく発せられた「8つ,7つ,6つ……」にあります。
この段階で,向山先生のマジックにかかってしまっているわけです。芸術のごとき組み立てです。恐ろしいと思いました。
なぜ向山先生が瞬時にこのようなものすごい授業をつくり出していけるのか,これが一番の問題です。あとからこのようにロジックを付加することは難しくはありません。難しいのは,これを瞬時に出力することです。これが「芸」と「学」の違いです。
向山一門は,向山先生のこのような「芸」を継承する集団です。あまりにもその峰が高すぎて,目がくらむ思いがします。向山先生が毎回毎回教室で闘ってこられた(ご自身と)道を忠実に,そして真摯に,私たちも歩いていくしかないと思っています。
それにしても,すごい授業・すごい空間でした。向国も最高でしたが,向算もやっぱり最高です。いつまでも,この空間で学んでいたいです。
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