- 特集 「算数が苦手な子」に変化を起こす授業パーツと技術
- 方法記憶に変換するための「探す」「唱える」活動
- /
- 授業行為をすっきりさせよ
- /
- 「頑固さ」と「執念」!
- /
- 「点」ではなく,「線」で指導する
- /
- 輪郭数字数え棒カード&W百玉そろばん
- /
- 通分,約分がある分数の加減算で満点
- /
- 計算ができない子は数をかたまりとしてつかめていない
- /
- ミニ特集 目撃証言!私が見たひどい授業と向山型が示す代案
- 活動だけの授業では学力は形成されない
- /
- 「いけにえ」を求める問題解決学習
- /
- すべては子どもの事実!
- /
- 私は見た!絶対許せないこの瞬間
- /
- 「練り上げ」は子どもを犠牲にすることで成立する
- /
- 二度と同じ思いはしたくない
- /
- グラビア
- 平均点90点を取るための授業戦略と戦術はいかにあるべきか
- /
- 若葉印教師のための向山型算数基礎基本イラスト事典
- 写すのもお勉強のうち@
- /
- 向山型算数キーワード
- 授業の始まり(15秒)のつかみ
- /
- 巻頭論文 算数授業へのこだわり
- 教科書チェックの原風景
- /
- 学年別9月教材こう授業する
- 1年
- 20までのかず
- /
- ふえたり へったり
- /
- 2年
- たし算とひき算のひっ算
- /
- たし算とひき算のひっ算
- /
- 3年
- あまりのあるわり算
- /
- わり算
- /
- 4年
- 三角形のなかまを調べよう
- /
- 三角形と角
- /
- 5年
- 小数のかけ算とわり算
- /
- 小数倍
- /
- 6年
- 分数のかけ算
- /
- 比例
- /
- 向山型算数に挑戦/論文審査 (第58回)
- 活動(操作)をさせ,整理する
- /
- 向山型算数実力急増講座 (第60回)
- 文章題入門期の実力アップ指導(上)
- /
- 向山型算数の原理原則と応用 (第60回)
- 神経心理学から見ても,向山型算数のわり算指導は優れている
- /
- 向山型算数と出会ってTT授業・少人数授業が変わる (第29回)
- TTで,向山型算数のよさと自分授業の我流を知る
- /
- 向山型算数WEBサロン (第54回)
- 「いきなり問題の板書」で授業開始5分間をシステム化する
- /
- 中学校からの発信!「向山型数学」実践講座 (第54回)
- 定期テスト対策・向山型なら授業中にできる
- /
- 「親と子の証言!」向山型算数は公文を超える! (第18回)
- 保護者が強力な応援団になる。それが向山実践の威力である
- /
- 〈教室の障害児と向山型算数〉特に気になる『あの子』への向山型アプローチ
- 気になっていた子もできたわり算第1時の基本型(下)
- /
- LD疑いのあるM君をヒーローにした百玉そろばん
- /
- もう一つの向山型算数 難問良問1問選択システム (第60回)
- 低学年
- /
- 中学年
- /
- 高学年
- /
- ライブ体験で味わう“実力づくりへの道”向山弟子の介入を受けて
- 説明しない授業を笑顔で
- /
- ツーウェイの授業を目指せ!
- /
- 向山型算数セミナー
- 向山型算数の骨格であるリズムとテンポを学ぶ
- /
- 腹の底からの実感!向山型算数を知る前と後
- 「ことばを削る」ことで変わった!!
- /
- 教師修業のスタート
- /
- わずかな手ごたえを感じて
- /
- 自分がこんなに変わるなんて
- /
- 算数地獄からの脱出
- /
- 人気歌手のコンサートみたいだ
- /
- 模擬授業を通して見えたこと
- /
- 論文ランキング
- 6月号
- /
- 実物ノートと指導のポイント
- 一目でわかるノート作りで成績アップ
- /
- 読者のページ
- 向山型を推進する「脳科学」のススメ
- 編集後記
- /・
- TOSS最新情報
- /
- 向山型算数に挑戦/指定教材 (第60回)
巻頭論文
算数授業へのこだわり
教科書チェックの原風景
向山洋一
向山型算数の重要パーツに「教科書チェック」がある。重要なのに,正しく理解している人は少ない。
向山の教科書チェックは,私が中学3年のときに考え出したものである(A)。それを教師になってから応用した(B)。
つまり原型(A)と指導(B)がある。
私は「家庭学習法」の中で,十数年昔に次のように書いた。
◇中学生なりの「勉強の仕方」を身につける 中学に入学したら,一番必要なのは,「勉強そのものを教える」ことよりも,「中学での勉強の仕方」を教えることだと思う。
ところが,入学した中学1年生に勉強の仕方を教える先生は少ない。
私立中学のほうはかなり教えているが,公立中学では,きちんと教えている先生はきわめて稀まれである。
こんなところにも,世間を知らぬ公立校の教師(私もその一員であるが)の心配りの不足を感じる。
さて,初めて知った「中間試験のカルチャーショック」から,私はすぐに立ち直るのだが,役立ったのは「中学生用受験雑誌」だった。
何も情報の入らない1人の中学生に,勉強のやり方を教えてくれたのは『時代』(旺文社発行)と『コース』(学習研究社発行)だったのである。
当時の中学生の「学習文化」に果たした両雑誌の貢献は,はかり知れないものがある。
わずかな雑誌代で,貴重な情報を運んでくれたのである。
あれから40年余り,時代は変わった。
今の子は,さまざまなところから,勉強の方法を教えてもらえる。
塾もふえた,通信添削も盛んになった。さまざまな方法が生まれるのは豊かな証拠だ。そのために消えた受験雑誌もあった。
ただ「勉強のやり方」を,子どもには必ず教えなければならない。
最もいいのは,学校の教師だ。
毎日,教えているわけだから,いくらでも教えられるチャンスはある。
ところが,実情はお寒い限りだ。
だから,ときには,親が心配してやらなくてはならないことも出てくる。
自分の子どもが,何も言われなくてもきちんと勉強をしているのなら,この本は必要ない。
黙って,見守ってやればいい。
ところが,勉強のやり方に困っているようだったり,思うようにできなかったりした時には,親なりのアドバイスが必要だ。〈向山・注〉「勉強のやり方」を子どもの身につける研究・実践がいっぱい必要だ。
本もたくさん出されなければならない。
骨太の知的な「勉強のやり方読本」が必要なのである。
◇中学3年になって,人並みに受験勉強を始めた。
勉強は友人と2人でやることになった。
学年の実力テストなどでトップを争っていた友人がいて(その友人とは同じクラスになったことはないが),いっしょに勉強しようということになったのである。
勉強する場所は友人の家の勉強部屋。私の家から歩いて10分ばかりであった。
やる日は,月曜から金曜までの毎日。夜の7時からということに決めてあった。
当時の都立高校の入学試験は9科目であった。私たちが目ざす高校は,平均95点,900点満点で,850点ほどが必要であった。
95点をとるには,1冊の問題集を完全にやればいいと私たちは考えた。
厚いのはよくない。途中で終わってしまう危険がある。
私たちは書店に出かけ,名の通った出版社のやりやすそうな問題集を選択した。各科目1冊ずつの合計9冊。これだけが私たちがやった問題集である。
勉強の方法は簡単だった。
2人で勉強するといっても,2人いっしょにいるだけだった。やり方はそれぞれかってだった。
つまり,私と友人は,それぞれやりたいと思う問題集をかってにやって,かってに答え合わせをしたのである。
それなら,家でやればいいじゃないか――と思うかもしれないが,そうでもなかった。
2人は,同じくらいの成績を上げていた。
2人は,同じ問題集を使っていた。
そして,同じ場所で勉強しているのである。
◇「教科書チェックの誕生」
問題集をやっていくテンポは,家にいるよりはるかに速かった。
2人とも,答え合わせをしたあと,問題に印をつけていった。
たとえば,1回やってできたとすると斜線を入れた。
このようにである。
できなかった問題はチェックを入れた。
このようにである。
問題を解くごとに「できた」「できない」の印をつけていった。
全部終わると,問題集は「チェック」だらけになった。
自分はどれができて,どれができないか一目瞭然である。
実は,「受験勉強」というのは,ここまでが第一段階である。
〈向山・注〉ここまでが第一段階というのが大切なのだ。問題集1冊を終わらせて,問題にチェックが入る。しかし,ここまでの努力では,学力が上がらない。成績は向上しないのである。それにもかかわらず,重要なステップなのである。
◇問題集を一生懸命やって,勉強したつもりにはなるが,実のところ「できた」「できない」の区分けをしたにすぎない。
極端に言えば,ここまでのことなら,問題集を解かなくても「できる」ものはできたし,「できない」ものはできなかったのである。
問題はここからなのだ。
つまり「できない」問題を「できるようにする」ことは,自分の実力を飛躍させる。
これこそが,勉強である。
だから,1回しか問題集に取り組まないのは,何をしたか分からないと言っていい。
1回やるということは「できた」「できない」を区分けしたにすぎないのである。
したがって,何冊もの問題集を買って,すべて途中でやめてしまうようなことは,受験に失敗する子の典型的パターンである。
厚い問題集を買って途中でやめてしまうのも同じである。
1冊の問題集を二度,三度とやる人間だけが,実力を飛躍させられるのである。
私と友人が9冊の問題集を一とおり終了するのにかかった日数は2カ月ちょっとであった。
集中してやれば,このくらいでできるわけである。
そして,私は第2回目にとりかかった。当然「できた」ところはパスである。できなかった問題だけに再度取り組んだ。
そして,できた問題には斜線を入れていった。
つまり,次のようにである。
二度目にやってもできない問題はあった。チェック印を入れる。二度目のチェックが入って次のようになる。
これは二度目もできなかったという印である。
この二度目の勉強が終了するのは速かった。
一度目は2カ月ちょっとかかったが,二度目は3週間ですんだ。
そして,二度目がすんで三度目に入った。やはりチェックを入れた。記号で示すと次のようになった。
三度目は1週間程度だった。
三度目のころには,ほとんどすべての問題が「できた」になっていた。
三度やってもできなかった問題に取り組んだのは,勉強を始めてから3カ月たってのことだった。
四度目は3日ですんだ。
そして,私たちは,時を同じくして,9冊の問題集のすべてを完了した。
「マスター」というのはこういうことだろう。
この問題集に出ていることなら,どこが出てもすべてできるという自信があった。
この自信は大きかった。
それ以後,どんな問題を見ても「できるはずだ」と思うようになったのである。
この後,2人の成績は急上昇した。
私は東京・神奈川・埼玉地区の何十万人かの実力テストで,10位以内に入ったことがある。
3カ月たって,(夏休み前に)2人の受験勉強の予定は終了した。
〈向山・注〉実力が向上するのは,二度目,三度目,四度目のときなのだ。四度目ともなると,ページをめくるだけで答えが出てきた。
わずか3日で終了した。そして,このときが実力がグーンと向上するのである。
◇私はそれ以後は,好きな「幾何」の問題を解いたり「地理」の大学入試問題を解いたりして暮らした。
陸上競技部の練習も入試直前までやっていた。
この3カ月の勉強は,私に多くのものを残してくれた。
友人との勉強は夏休み前までの3カ月だった。
学校から帰って夕食を食べて,問題集をかかえて友人の家へ行った。
午後7時から,2人ともそれぞれの勉強を始めて10時には終了した。
10時から,2人で囲碁をした。ニ,三番やって11時過ぎに友人の家を出た。
単調な生活だったが,充実もしていた。
ザル碁から始まった囲碁も,いつの間にか初段の域に入っていた。
勉強の途中,友人の姉さんがコーヒーを出してくれた。
知的な感じの人だった。
友人の姉さんは,その後ラジオ局に入ってアナウンサーになった。
結婚して子どもをもうけ,そしてガンにかかって子どもを残して死んだ。若くして死んだのである。
友人の姉さんの話はドラマになり,映画になった。『ちょっちゃん待っててね』である。
〈向山・注〉以上が,向山の「教科書チェック」の原型である。ちなみに友人は日比谷高校から現役で東大法学部に入った。私は小山台高1年で学生運動にのめり込み教師になった。
同期会で会ったかの友人は,「向山は向山らしい人生を歩んだな」と感想を言った。
-
- 明治図書