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巻頭論文
算数授業へのこだわり
NHKTV(BS1)特集 伊那小の算数では,学力はつかない
向山洋一
NHKTVBS1が,総合的学習と基礎学力を特集した。
50 分間の大型番組である。
私は最初,出演をお断りした。
「テレビは,ひどい編集をして,意見がコマ切れになるから,出演しないことにしている」と話した。
私は,最近十年間,ほとんどのテレビ出演を断っている。ゴールデンタイムの有名番組もあったが,なにか教育をオチョクッテイルみたいで,当然,お断りした。
NHKの担当者は,「そんなことは絶対にしません。向山先生の主張がよく伝わるようにします」とくい下がった。
そこでお会いした。
総合的学習の現状をよく理解していて,私の話にも熱心に耳を傾けてくれた。
そこで,出演を承知した。
ディベートなので,相手が必要だ。
「そばづくり,カレーづくりを熱心にやっている校長先生を探してきます」と,約束してくれたが,相手になる人はいなかったようだ。
『声に出して読みたい日本語』の斎藤隆先生が,相手となったが,向山と斎藤先生は,「ドリル」「型」などでは,共通することが多い。
むしろ,「向山,斎藤」と陣を同じにしてもいいような先生だ。
斎藤先生は,超売れっ子で,「忙しい」ということで断ったらしいが,「相手は向山先生」と聞いて,「それなら」と承知されたらしい。
番組は,とてもいい内容になった。
50 分大型番組と言っても,私の持ち時間は12,3分しかない。
その中で,「基礎学力」「インターネット」「英会話」など,ほとんどのことを主張できた。
最初に,「東京都の小学校で英会話をしている学校」の円グラフがどーんと出た。
あれは,番組担当者の主張でもある。
「大切な事実」を調べ伝えたのだ。
東京都の小学校のうち約7割が,英会話を始めていた。
このグラフを見て,「まだやっていない小学校」の校長先生はドキッとしたはずである。
番組を見た保護者からの風圧がかかるからである。
「どうして,うちの学校は英会話をしないのですか」
このような保護者の質問に,やっていない学校の教師は答えなくてはならなくなる。
その後で,品川区の小学校の総合的な学習が紹介された。
外人が入っての楽しそうな英会話の授業。
パソコンを使っての調べ学習,インター
ネットの活用についてもふれられていた。
地域の人を招いての果物の発電実験をする「環境エネルギー授業」も入っていた。
さすがに品川区(私が住んでいます),ドンピシャリの内容だ。
NHKは,よくぞ取材してくれたと感謝。
しかし,最後は,バランスをとって長野県の伊那小の紹介。
ヤギを飼う子ども達の様子が映された。
方針,計画に,まる二ヶ月もかけるという。
その間,教科書の勉強もしない。
そして,ヤギを飼う上で問題となったことを話し合う算数の授業。
これで学力がつくという。
何をやっているのか!と怒りが込み上げる。障害を持った子,グレーゾーンの子は,全くついていけないだろう。
算数の授業を,生活の中からさがして問題づくりをするという方法が,戦争直後にあった。
十数年のち,すさまじい批判にさらされた。
学力低下が,すさまじかったのである。
「はいまわる算数」と呼ばれ,否定された。
伊那小がやっているのは,「はいまわる算数」である。
実証済みの,低学力をもたらす指導法だ。
算数の学習ステップは,キチッとしている。
例えば,「加・減・乗・除」という言葉がある。これは,演算学習の順序を示したものだ。
数千年の人類の歴史の中で,幾百,幾千万人,いや幾億,幾十億の人々の頭脳をくぐりぬけてきた,法則である。
それを,こともあろうに,思いつきで捨て去っている。
不勉強,知識の欠如が伊那小の教育だ。
学力低下をもたらすに決まっている。
私は,インターネットを活用して,伊那小の教育を調べた。
保護者は,「学力については,学校をあてにしていない。塾にやっている」という。
伊那中の教師だった人は,「伊那小出身は基礎学力がなくて本当に困った。数学など,ほとんどすべてを復習した」と言っている。
長野県の教師百人に聞いた。
伊那小は「基礎学力をきちんとつけている」と証言した教師はゼロだった。
反対に,「伊那小の子どもは,基礎学力に劣る」といった教師は九割近かった。
教科には,教科の論理がある。
それは,幾百,幾千万の人々の知恵である。
それが「学」なのだ。
「学」に対して,全く無知な教師が行う授業では,「基礎学力」がつかないのは当然のことである。
そもそも,「共通一次」などの結果によれば長野県の生徒の学力は,全国でも最下位グループである。
その長野県において,「基礎学力がついてない」と評価されるのであれば,それは相当にひどい状態と推定される。
伊那小のような教育があってもいい。しかし,それは「学力低下」をもたらすことを覚悟の上で,やることなのだと思う。
NHKTVの特集は,大きな波紋をよんでいる。向山の主張への共感も多く寄せられたという。
『PHP』誌は,百万の読者がいる。私の連載の中で,「向山型算数」への応援をもらうため,次の一文を書いた。
「ミニ定規を使おう」
子どもの学力は,教師の力量で変化します。
授業が上手な教師が教えれば学力が高くなり,授業が下手な教師が教えれば学力が低くなります。
ある小学校の校長先生が,公立中学での入学時のクラス分けテストの結果を雑誌に書いています。
いくつかの小学校の学級ごとの平均点が出ていました。一番いいクラスは平均九十点,一番低いクラスは平均五十点でした。同じ地区の同じような子どもたちですから,平均点にそんなに違いはないはずです。それが違っていたということは,教師の力量に差があったということです。
授業の下手な教師は,いくつか共通点があります。まず,授業中の説明が長い。長いほど分からなくなります。ちなみに一つの説明の時間が三十秒以上は長いのです。休み時間になっても授業をする。ダラダラとした授業なのでのびるのです。
また,宿題を毎日だします。授業中やるべきことを,宿題にしている場合がほとんどです。計算や漢字は,授業中に教えるべきことなのです。
担任の授業の腕がいいか悪いかは,お子さんの「算数ノート」を見れば,すぐに分かります。
Aクラス。うっとりする。計算のタテ,ヨコとも間があいている。教科書の問題をすべてやってある。(一年間で八冊以上のノートを使う)
Bクラス。きちんと書いてある。いたずら書きがない。教科書の問題をすべてやってある。(一年間で六冊以上のノートを使う)
Cクラス。ぎっしりつめ込んで書いてある。教科書の問題のほとんどがやってある。(一年間で四冊以上のノートを使う)
Dクラス。つめ込んで書いてある。教科書の問題の半分以上がやってある。(一年間で二,三冊のノートを使う)
Eクラス。つめ込んで書いてあり,グチャグチャ汚いページがある。教科書の問題を少しやってある。(一年間で一,二冊のノートを使う)
問題外。ノートを使わない。プリントで学習している。(一年間でノートを十ページぐらいしか使わない)
プリントでの学習は,子どもの学力を著しく低下させます。「分かりにくい」「安定してない」ためです。いくつかの議会でとりあげられたこともあります。
教科書をリズムよくテンポよく(少し速いスピードで)教えるのが,分かりやすいのです。すると,クラス平均が九十点を越えるようになります。
すぐれた教師は,プロの技を持っています。
たとえば,「ミニ定規」を使わせることです。
ミニ定規を使うと,計算をきちんと書くようになり,ミスが減るのです。
子どもの計算ミスのほとんどは「位取り」のズレに原因があります。ミニ定規を使うと,筆算で書く時,位取りがきちんとするのです。
今年春,上海師範大学の附属小学校を訪ねました。半分は外国に留学する優秀な学校です。算数の時間,全員がミニ定規を使っていました。三年前訪れたイギリスの中学生も,全員ミニ定規を使っていました。日本でも,六十年も昔から,有名附属校ではミニ定規を使わせています。ミニ定規を使うだけで,テストの点は向上するのです。
担任の先生が「ミニ定規をもってらっしゃい」と言ったら,それはプロの教師の証明です。
もし,そのことを理解しない母親が担任にクレームをつけたら,ぜひ担任を応援してあげてください。たった一人の母親が,ミニ定規をやめさせてしまった例もあるのです。
『PHP』8月号(PHP研究所)
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