教育オピニオン
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教育は子どもたちの想像をかき立てるものであるべきだ
ジェームズ・ダイソン寄稿(1)
ダイソン・リミテッド チーフエンジニアジェームズ・ダイソン
2013/1/3 掲載

 私はジェームズダイソン財団(James Dyson Foundation: JDF)という、主にエンジニアリングやテクノロジー、デザイン分野における教育慈善団体を2002年に英国で設立しました。活動の目的は、今後あらゆる分野で活躍するエンジニアやデザイナーの育成支援、将来を考え始める世代に向けて科学、デザイン、エンジニアリングの楽しさと必要性を伝えることです。具体的には、教育機関や学生、若いエンジニアやデザイナーへの支援活動として国際デザインアワードを開催したり、奨学金の支援などを行ったりしています。また、ダイソン社エンジニアによる講義とワークショップ(問題を見つけ出し、その解決案を試行錯誤しながら新しい技術と共に新しい提案をすることの大切さや製品デザインプロセスを伝える)を各国で行っています。

 昨年2012年夏に約1年ぶりに日本を訪問しましたが、その際に多くの方から似たような質問を受けました。それは、「日本の製造業は難しい状況に直面しているが、何か具体的なアドバイスはありますか?」というものでした。私はその答えの1つに、未来を担う子どもたちの教育が重要であると考えます。技術が可能にする新しい世界の存在や、身の回りの技術によって可能となったものに気づき、子どもたちがその事に興味をもつ、そして自らが考え始めるための教育こそが現在の状況を将来的に変えていく可能性があり、大切なことであると強く信じています。

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 エネルギー技術を代表する多くの問題が存在するこれからの時代には、技術革新で将来を創り出すことができる人材が必要であり、そのためにはエンジニアを目指す多くの子どもたちを育成することが重要であると確信しています。それを伝えるために、英国では小学校から高校までの各学校の技術科目に、関連したカリキュラムと独自に開発した教材を提供しています。Dyson Education Boxと呼ばれるその教材は、実際の掃除機やそのパーツが教材として含まれており、生徒たちは先生の指導に従い掃除機を解体し、機械の構造や、機能、素材に触れることで、デザインプロセスの大切さと楽しさを学んでいきます。さらに、自身が問題を見つけ、その問題解決案をスケッチし、試作品を作るなど、その解決案がどのように機能するかなどを、実際に手を使って体験するための教材が含まれています。私たちは、この教材を学校の教員に貸し出し、授業科目であるDesign & Technologyでその教材は使用されてきました。英国では約10年で、すでに1000校を超える学校がこの教材を体験しています。Dyson Education Boxが最大限活用されるよう、教員を支援するプログラムも用意し、教員が集まってアイデアや意見を交換できる場も設けています。

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 このDyson Education Boxでの授業は、間違えることを奨励します。間違えたことで、より深く考える、あきらめないで思考錯誤を繰り返すことの大切さを伝えていきます。自分で考え、思ったことや感じたことを発言する、またそれを確認するために手を動かして自分の考えたことを形にする、そこで得る達成感や楽しさを実感してもらいたいのです。私は教育とは、子どもたちの想像をかき立てるものであるべきだと考えています。

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 アメリカのシカゴでは、同プログラムを公共機関のChicago Public Libraryと連携しワークショップ等を開催しています。公立小学校のアフタースクールのプログラムの1つとしても活動を続けています。2012年9月には教師によるストライキが発生し、約400000人以上の子どもが授業を受けられなくなりました。そのためChicago Public Libraryと財団は、ストライキ期間中毎日ワークショップを実施し、子どもたちが体験学習に参加できる場を提供しました。

 私は英国王立芸術大学院(RCA)で学んでいた頃に技術開発や、その技術を応用して機能する製品を製造することに興味を持ちました。エンジニアリングには、技術を理解し創造する力とクリエイティブなデザイン力(設計力)が必要とされますが、学校では技術の授業を通して、創造する、考える授業が少ないように感じています。私は英国人として、産業革命以降の製造業の衰退や新しいものを生み出そうとせず金融やメディアなどの力で国の発展や経済を動かそうとしてきた英国を体験してきました。私がエンジニアリングとデザインの両方に興味を持ち始めた頃、それを両方学べる学科はありませんでした。そのため、私は小さな設計事務所に就職しエンジニアリングを独自で学びました。

 私は私自身の経験から、革新的な技術や製造物はその国の文化や環境があってこそ生まれるものであり、優秀なエンジニアを世界中から集めても、その国独自の技術は生まれないと考えています。そして、これからの時代はまさにエンジニアにとってやりがいのある面白い時代がきます。なぜならばこの地球上に、解決しなければならない問題がたくさん溢れているためです。たとえば環境問題もその1つです。水や電力などの資源をできるだけ使わず様々な問題などを解決に導くためには、科学や技術の力が必要であり、マーケティングや広告などで解決できるものではありません。簡単にできるものでもなく、時間もかかることですが、多くの若い人がエンジニアを目指すことでそれは実現可能なことであり、新しい技術開発によって環境は変わり人々の生活はより良くなるのです。
 私は財団の活動を通して、世界中の子どもたちや若い人たちにエンジニアリングとはクリエイティブで楽しく、刺激的であることに興味を覚え、気がついてほしいのです。 
ジェームズダイソン財団・連絡先:noriko.kohyama@dyson.com

James Dysonジェームズ ダイソン

1947年5月2日、英国ノーフォーク生まれ。
英国王立芸術大学院 (Royal College of Art) へと進み、インダストリアルデザインとエンジニアリングを学ぶ。1993年、英国ダイソン社を設立。日常の問題を解決する新しい技術の積極的な開発に取り組み、世界で初めてのサイクロン掃除機、羽根のない扇風機を発表するなど、画期的な製品を世に送り出している。現在、世界53か国で販売。
2002年には、ジェームズダイソン財団(James Dyson Foundation)を設立。デザイン、エンジニアリング分野への教育支援や、医療、科学研究への支援を行っている。

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