教師なら必ずマスターしたい《指導技術集》
「指導技術」を意識するかしないかで、ここまで変わる!教師なら絶対に身につけておきたい知識や技能を、具体的なエピソードをまじえて紹介。
マスターしたい指導技術集(19)
「自立」を意識した意図的な対応を
京都文教大学准教授大前 暁政
2014/10/15 掲載
  • マスターしたい指導技術集
  • 教師力・仕事術

A君は、教師の言うことを聞かなくて困るんですよ。

 こんな相談を受けたことがありました。
 よく話を聴いてみると、望ましい行動を教師は示すのですが、A男は決して従わないというのです。
 仕方ないので、担任がA男の保護者にお願いすることもあったそうです。
 「学校で言っても聞きません。家でも言ってもらえますか。」
 ところが、家で言っても、やはりA男は言うことを聞きません。それどころか、あまりきつく言うと、パニックになってしまうこともありました。
 そのため学校では、ある程度は望ましい行動を示すのですが、無理強いはできませんでした。

 教師が困っている行動の一つに、「雨の日に傘をささない」というものがありました。
 どしゃぶりの雨でも、傘をささずに来るのです。
 当然、朝から全身ずぶぬれの状態です。
 机の床にまで雨がしたたるような状態で、座っているのです。
 担任は繰り返し、「雨の日は傘をさしなさい」と言い続けたのですが、とうとう高学年になっても、雨の日に傘をさす習慣は身につきませんでした。

さて、A男を受けもってしばらくして、朝から雨の日がありました。

 朝、教室に入ると、A男はずぶぬれ状態で座っています。
 さて、ここでどうすべきかを考えました。
 これまでの担任は、ずぶぬれのA男を見て不憫に思い、保健室に置いてある着替えを与えていたのです。
 私は少し考えて、そのまま見守っておくことにしました。
 もう高学年になっているのです。もしぬれた状態が嫌なら、自分から体操服に着替えるはずです。
 見守っていると、A男はずぶぬれのままで授業を開始しました。
 A男にとっては、どうやら、「雨でぬれたまま過ごすのが男らしい」と誇らしげに思っているようなのです。
 ところが、昼も近づくにつれ、だんだんとぬれた服が気持ち悪くなってきたのでしょう。服を手でつかんで肌につかないようにする仕草が増えてきました。
 こうして、その日は結局ぬれたまま放課後まで過ごし、そのまま帰りました。私はあえて、何も望ましい行動を教えないことにしたのです。 
 
 ただ、この見守りは、A男にとっては、意味のあることでした。
 というのも、A男は、雨にぬれることで周りからの注目を集め、すぐに着替えさせてもらって気持ちよく過ごすことを習慣にしていたからです。
 ところが、今年は具合が違います。
 雨にぬれて学校に来ても、先生は特に注目してくれません。
 すでに高学年で、A男はいつも雨にぬれてくるのですから、周りも注目してくれません。
 さらに、着替えさせてもらえるわけでもなく、ぬれた服で気持ち悪い時間を過ごしたわけです。
 しばらくすると、A男は、自分から傘を差すようになりました。
 傘を差さないと、「学校で損だけが待っている」と体験で分かったのです。
 そして、自分から傘を差す選択をしたのでした。

子どもは(大人でも)、自分が動きたいと心から思ったとき、放っておいても動くものです。

 問題は、こういったことを意図的に、教師がやっているかどうかです。
 熱心な教師ほど、先回りして教えることには長けています。困った子がいたら、本人が助けを求めていなくても、教師の方から救いの手をさしのべるのです。
 これはこれで、熱心な教育の在り方の一つです。
 しかし、教育の難しいところは、あまりに教師が助けるばかりだと、子どもが受け身になってしまう点です。
 反対に、若い教師で子どもの様子がつかめずに、放置同然になっている学級で、子どもが思った以上に育つことがまれにあります。
 それは、子どもを放置同然の状態に置くことで、子どもが「自分で動かないとまずい」と思い、自分から行動を始めるからです。
 ただし、これは行き当たりばったりの指導です。教師の意図的指導ではありません。言ってみれば、「けがの功名」のようなものです。
 そうではなく、意図的に、「子どもをあえて見守る」という場面もつくれなくてはならないのです。

 大まかに言えば、子どもの教育では、まず教えることが先にありました。
 この場合は、「雨の日は傘を差しなさい」ということを、何年にもわたって繰り返し教えられていたのです。

教えたのならば、次は見守る段階に入ればよいのです。

 見守る段階では、教師の忍耐力が問われます。
 熱意ある教師ほど、すぐに教えたり世話を焼いたりしがちだからです。
 しかし、それが子どもの成長を阻害することもあるのです。
 教えたら、次に見守って、子どもが自分の意思で動くのを待つようにするのです。
 つまり、最初は「教え導く」ことを大切にし、だんだんと「見守り、支える」ようにしていかなくてはならないのです。
 それでこそ、誰に依存するでもなく、自分の力で生きる「自立」の姿勢が身についてくるのです。そういった指導の方向性を教師が意識しておくことが大切なのです。

大前 暁政おおまえ あきまさ

昭和52年生まれ。岡山県の公立小学校教諭を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)として赴任。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞。著書に、『子どもを自立へ導く学級経営ピラミッド』『プロ教師の「折れない心」の秘密〜悩める教師への50のアドバイス〜』『プロ教師直伝! 授業成功のゴールデンルール』『プロ教師の「子どもを伸ばす」極意―学級&授業づくりマスターBOOK―』『スペシャリスト直伝!板書づくり成功の極意』『スペシャリスト直伝!理科授業成功の極意』(以上、明治図書)、『必ず成功する!授業づくりスタートダッシュ』(学陽書房)、『NHKおじゃる丸 クイズでおじゃる 目指せ小学校クイズ王』(執筆協力、NHK出版)などがある。
著者HP:『大前暁政の教育』

(構成:及川)

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