- 序文 生きて働く段落力で「論理的思考力」を磨き人間力を育てる
- /瀬川 榮志
- まえがき
- /上田 保明
- T 論理的な思考力育成の必要性と指導法の開拓
- 1 論理的思考力と説明文指導の意義
- 2 説明文指導の開拓
- 3 子ども主体の学びの開拓
- 4 指導内容の系統
- U 低学年 段落力が定着する「基礎的技能」の指導
- 一 「ばらばら事件ゲーム」から段落意識を育てる 「いきものの あし」
- 二 「大体を読む力」を生きて働く力へ 「いろいろな ふね」
- 三 見えないものが見える力をつける 「たんぽぽのちえ」
- 四 楽しみながら段落意識を高める 「ビーバーの大工事」
- V 中学年 段落相互の関係を押さえて読む「基本的能力」の指導
- 一 段落相互の関係の学びを論理的な文章表現へ 「ありの行列」
- 二 問いの答えを求めながら要点の読み取り方を学ぶ 「合図としるし」
- 三 表現活動に生きる段落力を 「ヤドカリとイソギンチャク」
- 四 総合的な学習へ発展する読みを 「手と心で読む」
- W 高学年 要点把握に働く表現力の「基本的能力」の指導
- 一 先輩の作品「モズの知恵」を読もう(開発教材)
- 二 問いと答えで組み立ての効果を身につける 「森林のおくりもの」
- 段落相互の関係をパンフレットに生かす
- 三 文末表現に着目して段落意識を 「アジアを見つめる、アジアから考える」
- 四 主張を読み取り意見を書く 「平和のとりでを築く」
- X 総合的な学習 段落力が生きて働く「統合発信力」の指導
- 提案型総合学習で統合発信力を伸ばす
- ――「チャレンジマップを見直して提案しよう」の実践を通して――
- あとがき
- /上田 保明
序文 生きて働く段落力で「論理的思考力」を磨き人間力を育てる
中京女子大学名誉教授 /瀬川 榮志
真の学力とは目的や必要に応じて生きて働く知識・技能・能力あるいは、情緒・意志・感動等を駆使・統合して価値的な行動ができる「人間力」のことである。この価値ある行動ができる人間力は、言語の機能によって培われることは言うまでもない。学力低下が我が国の教育界において重要な課題となっている現在、国語科教育が軽視されるようなことがあってはならないのは当然である。
学力向上を図る国語科教育の今日的課題は、「生きる力〜人間力」に連動する「生きて働く言語行動力」の指導を徹底することである。戦後半世紀以上経過した現時点においても、この課題解決の具体策は講じられていない。つまり、国語科で習得した基礎・基本が、総合的な学習や他教科並びに日常生活に波及・応用されていないのである。
生きて働く言語力を確実に身に付ける効果的な解決策に二つの方法が考えられる。
第一の具体的方法は、言語能力の螺旋的系統に基づく「国語科教育の体系化」である。「基礎的技能」を確実に定着し、その力で「基本的能力」を的確に習得し、その学習法で「統合発信力」を完全習得するのである。つまり、基礎が基本に生きて働き、さらに国語科で培う究極のねらいである「価値ある言語行動力」としての「統合発信力」に生きて働くのである。
この「統合発信力」は、総合的な学習を充実させ他教科の学習には勿論、日常生活の言語生活に生きて働くのである。
「生きる力」を育む「生きて働く言語力」が多様な言語活動に波及・応用される経路は、これまで発見・開発されていない実情である。
第二の具体的方法は、学習者の向上的変容を根底においた「国語科指導法の組織化」である。一単元・一教材の指導のシステムは、知的理解の「わかる段階」に止まることなく、自己変革の「かわる段階」に挑戦し、さらに実践行動の「できる段階」へと変容・変革する。学習者主体の指導過程はこのように「わかる」→「かわる」→「できる」の自己実現の学習過程によって「生きて働く言語行動力」が獲得できるのである。
この二つの具体策の推進によって、国語学力の向上は保障されるのである。これまでも現在においても、前述の国語科教育の理念や指導の原理・原則に基づいた抜本的な改革は行われていない。教育の営みは言うまでもなく、意図的・計画的でなければならないはずである。確たる理念・理論のない主義・主張に迎合し妥協することがあってはならない。日々子どもに接している現場の教師が、どの説に拠って実践するかについて去就に苦しむようなことがあっては、質的に高くしかも具体的な授業は創造できない。このように考えていくと「国語科教育の体系化」と「指導法の組織化」は今すぐ取り組まなければならない価値ある課題である。
この具体策の実施を完璧に遂行するためには、もう一つの追加しなければならない重要課題がある。それは、基礎的技能としての「単一技能」の指導が未開拓であるということである。
このことについては殆ど着手していない現状である。学力低下の原因もこの指導の不徹底にあると言っても過言ではない。それは、基礎的技能としての「単一技能」の指導が未開拓であるということができる。
「単一技能」の指導とは、「順序・要点・要約・段落・中心・要旨・場面・情景・心情・主題」等の基本的能力を一つ取り上げて、段階的学習法で生きて働く技能として定着することである。この「単一技能」の指導がなぜ必要か。それは、例えば、高学年になっても要点力が定着していないために、説明文を的確に書いたり読んだりすることができない子どもが多い実態である。その対応として、「単一技能」としての要点力の指導を徹底するのである。その指導法は「基礎的技能」として行うことが原則である。加えて、生きて働く要点力として「基本的能力」に位置づけて指導する。さらに、「統合発信力」の指導に位置づけて行う必要がある。
戦後半世紀以上、基礎教科として研究の歴史と輝く伝統のある国語科の指導で培った基礎・基本が、他教科の学習や総合的な学習並びに日常生活に波及・応用されないのは、確たる国語科教育の理念や理論に基づく実践理論・方法が開拓されていなかったからである。
さて、説明文の指導において、「順序・要点・要約・段落・中心・要旨」等の技能・能力は極めて重要である。しかも、これらの技能を駆使・定着する過程で論理的思考力を磨くことになる。つまり、単なるスキルの練磨定着に止まらず、物事の筋道を整え論理的に組み立てていく資質・能力を身につけ、科学的・合理的に生きていく力、即ち「生きる力〜人間力」を育てるのである。そして、この資質・能力は低学年から指導する必要がある。段落力にしても中学年から指導するのではなく、一年生から技能の発達段階に即しステップアップの指導法によって、段階的に定着 → 習得 → 獲得しなければならないのである。
現行の教科書の単元・教材は、以上のような論理によって配列構成されていないようである。「生きて働く」「国語力」の低下に歯止めをかけるには、「国語科教育の体系化」における「単一技能」の指導方法を明確にすることが大切である。例えば、段落力を指導するために最適の単元や教材を精選し、その教材で段落力指導に焦点を絞り技能の定着を図らなくてはならないのである。しかし、教科書教材には「単一技能」の定着に最適の教材を見つけることは困難である。従って、「単一技能」定着のための教材開発をすることも新しい課題となる。
次の教材は三年生の児童の説明文に多少の修正を加え、「段落技能定着」のために教師が開発したものである。
とかげは小さいけど、歯が大きいです。なぜかというと、とかげは、けんかをする時、歯しかぶきがないからです。
とかげは、すごくすばしっこいので、かんさつするのがたいへんでした。
とかげには、二つの特ちょうがありました。一つは、死んだふりができること。二つめは、とかげはしっぽが切れても死なないで、また生えてくるということで、これが一番の特ちょうです。
色は、黒に水色に銀のたてじまです。この名まえは銀とかげといい、もう一ぴきのは大きいけど、すばしっこくないので、取る時取りやすいです。大きいのは金とかげといいます。
金とかげは、おなかが赤いです。その金とかげにも特ちょうが四つあります。一つは銀とかげと同じように、しっぽが切れてもまた生えてきます。二つめもやっぱり銀とかげと同じように死んだふりがうまいこと。三つめは、あなをほるのがうまいことです。その中でも一番うまいのは四つめです。それは、かくれるのがすごくうまいことです。
それで、金とかげは、へいの中にあなをほったり、土のなかにもぐったりしています。銀とかげは金とかげとちがってすばしっこいから、草のなかやかれ葉の上にいます。銀とかげは別に気持ち悪くないけれど、金とかげは後ろの赤いのが気持ち悪いです。
とかげの食べ物は、葉についている小さな虫や葉のつゆをすいます。
とかげは、夜になるとしずかだと思っていたら、土のなかにもぐって死んだようになっていました。とかげは、朝がすごくうるさいです。
これが、ぼくのとかげのかんさつのようすの説明です。
この教材にどのような「段落技能定着」の機能があるかを確かめなくてはならない。また教科書教材もこのような視点から技能定着の機能があるかを分析確認する必要がある。
このような論理と方法に拠って段落指導を徹底するためには、「『基礎的技能』の定着における段落指導」→「『基本的能力』の習得における段落指導」→「『統合発信力』の獲得における段落指導」の教材を精選し、あるいは発掘して効果的指導方法を開拓しなければならないのである。「単一技能」としての「段落技能定着」の観点からの「とかげの観察」を分析すると次のようになる。
〈「とかげのかんさつ」(説明の組み立て)段落力定着のための文章分析と構造〉
(図省略)
この教材は、「とかげの分類とその特徴」が、中心段落となっており、「金とかげ」と「銀とかげ」で小段落を構成している。また、第一段落「とかげの全体的特徴」と第三段落の「とかげの食べ物」は第二段落の中心段落を支えている構成となっている。この「とかげの生態と特徴」は、三年生のT児がまとめた説明文である。自分の興味と関心のある「とかげの生態」について意欲的に観察し自力で課題を発見設定し、研究課題を観察追求し、課題解決をしている極めて「価値ある言語行動」である。単一技能定着指導には、このような教材開発と教材分析が必要である。
前にも述べたように、「順序・要点・段落・中心・要約・要旨」等の基本的能力野学習で習得すべき重要な単一スキルの指導が不徹底のため「生きて働く国語力」が波及・応用されていない実態であることを軽視してはならない。中学校・高等学校においても、このスキルが習得されていないために密度の高い文章が読み書きできない実態である。大学生の国語力の低下も国・公・私立を問わずその傾向がみられる。例えば、要点を押さえ要旨を明確にした自己紹介ができない学生や、四年間の研究の集大成としての卒業論文を完璧に仕上げることが難しい実態であると言われている。
上田保明先生は、このような国語科教育の重要な課題に焦点を絞り確かな実践理論で解決している。この価値ある課題への挑戦は小学校国語科教育だけの問題ではない。小・中・高・大学の国語教育で一貫して取り上げる課題であり「よき言語生活者」として生きていくために生涯教育の課題としてもチャレンジする意義がある。さらには、国際社会に伍していく世界の中の日本人として理論的主張ができる国際的な人間育成にも連動する。
この価値ある課題解決に取り組んだ上田保明先生と、「山口二十一世紀の国語教育を創る」プロジェクトの先生方は、理論と実践を統一した数多くの研究実績がある。この度の本書の執筆編集に当っても課題解決に真剣に取り組み、実践事例の内容の充実と画期的な構成の工夫等で多大の成果を収めた。
本書は、教育の理念を追究しつつ国語科教育の原理・原則に基づき実践的研究方法でまとめた、よい授業づくりに役立つ実践者必携の書である。教育の究極のねらいは「一人一人の子どもの可能性を最大限に引き出し生涯の幸せを保証する」ものであると信じている。本書がこのような機能を発揮し役目を果たすことを祈念している。
明治図書の教育図書出版企画室代表の江部満様には、企画から出版まで心温まるご支援をいただいた。深く感謝し心からお礼を申し上げる次第である。
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