鍛える国語教室シリーズ6教材の開発・技術の開発

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教材開発論としては著者初の問題提起。特に「マスターカード」の開発、作文新教材の開発はすぐ応用できる。他に授業技法、音読技術など公開。


復刊時予価: 2,430円+税

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電子書籍版: なし

ISBN:
4-18-659518-6
ジャンル:
国語
刊行:
対象:
小学校
仕様:
A5判 176頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第
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目次

もくじの詳細表示

まえがき
T「マスターカード」の開発
一 マスターカードとは何か
マスターカードへの着想/ マスターカードのコンセプト
二 作文「推考」マスターカード
「推考」マスターカード(1)/ 「推考」マスターカード(2)
三 「辞書の引き方」マスターカード
語業習慣の大切さ/ 辞書による語業の習慣/ 辞書引きマスターカードの開発
四 「筆順」マスターカード
筆順指導の大切さ/ 筆順の原則
五 「一文レッスン」マスターカード<誤文例集・95例>
一文を正確に書く意義/ 誤表記、誤表現文例の収集を/ マスターカードの意義/ ねじれのある95文例
六 「文字の上手な書き方」マスターカード
U 作文指導新教材の開発
一 「スケッチ作文」の授業(小4)<生き生きとした表現に気づかせる>
はじめに/ 喜んで書くためには/ テンポのある授業/ 自分の立場をはっきりとさせる/ 作文の良さに気づかせる/ 生き生きとした表現の深まり/ 板書の有効性/ 授業の感想/ おわりに
二 作文ワーク「単文の正しい書き方」(小4)
学習指導案/ 授業の実際/ 作文ワークの活用について/ 野口先生の授業における作文ワークについて
V 野口流・授業技法のキーワード14
1 国語のめがね
2 賛成なら○を、反対なら×を
○×をつけることだってノート作業/ ある立場に立つことが主体性/ ○×式二者択一へのアレルギー
3 30・×・Δ・A・B・C
4 小刻みなノート
遅い授業のテンポ/ 多すぎる作業時間/ 作業を小刻みにする/ 「小刻み」にすることの利点
5 束ねる
「束ね」のない授業進行/ 「束ね」の大切さ/ 「束ねる」ことの具体例
6 「なぜか」に強くする
7 問われてこそ見えてくる<「発間」の一つの条件>
君はここから何が見えるか/ 紫色のりんどうの花の可憐/ マクロの世界とミクロの世界/ 問われてこそ見えてくる
8 教師の解
教師の解はない方がよいか/ 子どもの読みには誤解がある/ 子どもの解を改めさせよう/ 子どもの納得を筋道に乗せる
9 動作化で診断を
動作化によって音読が変わる/ 動作化から導かれる発間/ 発問に対する野口の解/ 動作化をとり入れる目的
10 乾杯式指名
「上澄み指名」/ 「どぶさらい指名」/ 「乾杯式指名」
11 耳元で囁かせる
授業にはドラマが必要だ/ 小さな意外性と期待感を生む/ 耳元で囁かせる
12 すべからく「地上戦」で個別化、自学化を図れ!
「話し合い」は「空中戦」/ 「書く活動しは「地上戦」/ 「地上戦」は個別化、自学化を促す
13 「空中戦」から「地上戦」への戦術転換
「集中」とは「個々の問題」だ/ 個別化の原理は「作業化」/ 「空中戦」と「地上戦」
14 興味化・作業化・成就感<三を支える構えづくり>
必要な三つの条件/ 支える子どもたちの「意識づくり」
W 野口流・音読技術のキーポイント
一 音読指導の基礎技術
はじめに―「音読」は、「理解」を助ける/ 前後の学年のねらいを知って/ 「音読」は、国語学力の基礎の基礎
二 音読指導の復活・再生を「大造じいさんとガン」の一片
音読・朗読の指導が軽視されている/ 音読の指導を復活しよう/ 音読指導の実際
三 音読にかける時間の目安<問題意識と心の疲れと>
興味の切れめが、縁の切れめ/ 「手段的音読ゝの目安はせいぜい三分/ 「目的的音読」の目安も、せいぜい十分
X 職人世界の技術開発<山の匠・木の匠>
職人世界への憧れと遊び<はじめ>
一 知恵が生み出す百人力<木出し職人>
1 馬車付きまでのドラマ―入木を運ぶ知恵
2 樫の木のそりの威力-れんじゃくに油を塗って
3 ゆっくり休む大切さ―不物の力を出す為に
4 安全への厳しいしつけ―掛け声、合図、真剣
5 時代が職人を消していく<ジープの出現で失職>
二 裂帛の気合いで倒す<根切師>
1 最後の根切師―五つもの職業を兼ねて
2 細心の裏舞台―慎重さと勘と経験
3 伐木の前仕事
4 倒木のドラマ―轟音と静寂と
5 易々淡々―達人の条件
6 本出しの技術―ワイヤーとキンシャを組み合わせて
7 枝打ちだけは玄人に―樹上で気絶したことも
8 大樹の枝打ち―鍛えぬかれた技
三 根切師<根切師>
屋根の上の大枯枝―落ちれば屋根棟が崩れる!
倒す方向にプロの判断―雑物の枝をとり払って
張りつめた静寂―そして阿吽の呼吸

まえがき

 東京湾に「夢の架け橋」がとうとうできあがった。「アクアライン」と呼ばれるこの横断橋は、房総半島の木更津市と、湾を隔てた対岸の神奈川県川崎市とを結ぶものである。

 この完成のお陰で、私の生活は大げさに言えば一変したと言っていい。今まで函館からの最終便では家にまでは帰れず東京に一泊したし、羽田の一番機で函館に飛ぶ為には東京に前泊をしなければならなかった。アクアラインの開通でこの二つのネックが一遍に解消してしまった。羽田ー木更津間は専用のリムジンバスで何とたったの三十五分しかかからない。浜松町から東京あたりでぐずぐずしている内に、もうバスは木更津に着いてしまうのである。函館への通勤も夢ではない、などとも考える昨今である。

 何と科学技術というものの進歩は偉大なことであろうか。十年前、二十年前の技術水準では、これだけの効率をもって工事が進むという訳にはいかなかったに違いない。つくづく「日進月歩」という言葉を思い浮かべるのである。

 科学技術というろのはまさに日進月歩を続けて目覚ましい進展を見せているのだが、さて、改めてその眼を教育の世界に転じてみると、どうもその進展のテンポはまことに牛歩の感を否めない。いや、もっとはっきり言えば「十年一日」の感さえも拭えない。私が新卒の教師としてお世話になった四〇年前と今とで、その教育の方法が一体どれほどに変わったというのだろう。

 いや、科学技術と教育とは元々その有り様が異なるのだから、それはそれでいいんだよ、という人もあろう。そうなのかもしれない。たしかに、教育を科学技術と同等に見ること紘当を欠くであろう。

 だがしかし、せめて「教材」や「指導技術」「授業技術」については、四〇年前と同じであっていいということにはならない筈だ。それらは、いつでも検討されながらよりよいものに脱皮し続けていかなければならない性質のものだからである。

 さて、本書には、『教材の開発・技術の開発』という名称を冠した。月刊雑誌『教材開発』の編集を十年近くもしていながら、私自身の教材開発についての実践をまとまった形で公にして来なかったことが多少心に引っかかっていたのである。教材開発の問題についてはいつも関心を向け続けてきた。本書ではその一端を紹介してあるが、特に「マスターカード」については読者の関心を格別に注いで欲しいと思っている。

 T章の「マスターカード」というのは、その名の示す通り、「それを一通りこなせば、狙っている学力がマスターできる」というものであり、いわゆる「問題集」や「ワーク」を超えた密度を持つ新教材として開発をしたものである。その名称も一般に知られていない現状にあるが、期する所にご注目を載き、それぞれの教室でもっと良質のマスターカードが生まれてくれるようにと望んでいる。この章は、そういう志を持つ人には恰好のヒントとなるだろう。

 U章は「作文指導新教材の開発」である。ここでは四年生で実践した「スケッチ作文′の事例と、「作文ワーク」の開発と活用法について述べてある。「作文ワーク」については、私が編集をさせて戴いた学年別全六巻が好調に普及しているところを見ても、その名はかなり浸透していると見てよいだろう。ここで紹介している新ワーク「単文の正しい書き方」の着想は、もっと注目されていくべき新しい問題提起だと私は考えている。これまで「長く書かせる」ことにのみ意識を向けてきた傾向があったが、「短く確かな」文が書ける力をつけていくことの方が本当は大切な筈だとこの頃私は考えるようになってきている。

 V章は、私の授業技術の骨格とも言うべき「向上的変容の連続的保障」を具現するためのキーワードを挙げ、そのキーワードの思想、狙い、効果などを解説した。これらのキーワードが多くの教室で実践されていけば、指導の質はかなり向上する筈である。

 W章は「教室音読」の指導を簡潔に図解して示した。私は一般社会の高度な「朗読法」の概念とは別に、もっと基礎的、基本的な「教室音読」という新しい概念を提起している。ご批判を載きたいところである。

 X章の「職人世界の技術開発」というところは、いささか異色の内容である。これは一つの「読み物」なのだ。どんなところに私の意図があるかということについては該当パートの「はじめに」に書いておいたのでまずそこに目を通してから読まれると有難い。

 一言付記するならば、職大衆こそは「技術」を身につけ、それを磨くことに生涯の努力を傾注しているのだという事実である。職人の技術は、そのまま雇用に影響し、それはとりもなおさず生計をも左右してくることになるのである。教師にとっての指導技術は、それがどんな貧しく、稚拙であったにしても、その被害は教室の子どもに及びこそすれ自らの雇用や生計には何らの影響も及ぼしはしない。

 だがしかし、「子どもに及ぶ」ということは重大である。その重大性に気づく者だけが教師を職業として選んだ筈である。職人世界の技術開発という本書巻末の「読み物」は、教師が読んでもなお必ず参考になるところが大きいと考えている。異業種から学ぶ、という姿勢もまた大切な教師修業の一面であると思うからである。


  一九九八年四月二十八日 田植えの為に帰省する日に函館にて記す   /野口 芳宏

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