新版 詩の授業 理論と方法

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詩とは何か、詩をどう読むか、そしてどう授業するか、百編以上の詩を取り上げて、その面白さ、深さを解説しながら、教材化の視点を示した。


復刊時予価: 2,497円(税込)

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電子書籍版: なし

ISBN:
4-18-657616-5
ジャンル:
国語
刊行:
対象:
小・中
仕様:
A5判 152頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第

目次

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刊行にあたって
人問の真実を美として表現する──虚構
詩の美と真実
視点
作者と話者
宮入 黎子 「から」 /原田 直友 「きょうね」 /鶴見 正夫 「おうむ」
題名の虚構性
村野 四郎 「鉄棒」
視点も虚構の方法
原田 直友 「すもう」 /村野 匹郎 「夕だち」 /谷川 俊太郎 「わるくち」 /他
一人称の主語省略
宮沢 章二 「知らない子」 /木下 夕爾 「ひばりのす」 /八木 重吉 「母をおもう」 /三好 達治 「祖母」 /武鹿 悦子 「はくさい ぎしぎし」
視点の転換
原 民喜 「水ヲ下サイ」 /松谷 みよ子 「三日月」
多様な一人称の視点
工藤 直子・みのむし せつこ 「はきはき」 /工藤 直子・かまきり りゅうじ 「おれはかまきり」 /草野 心平 「春のうた」 /工藤 直子・いけ しずこ 「おと」 /高見 順 「われは草なり」 /北原 白秋 「落葉松」 /室生 犀星 「寂しき春」 /他
文字でつづられた芸術──詩
方言の生みだすもの
島田 陽子 「うち知ってんねん」 /島田 陽子 「いやなこと」 /高木 恭造 「吹雪」 /片岡 文維 「六月のうた」
漢字とひらがな・カタカナか生みだすもの
草野 心平 「春のうた」 /まど・みちお 「イナゴ」
掛詞
谷川 俊太郎 「いるか」 /島田 陽子 「あかん」
つづけかきとわかちがきの生みだすもの
谷川 俊太郎 「きもち」 /佐藤 春夫 「海の若者」 /山田 今次 「あめ」 /鶴見 正夫 「雨のうた」 /関根 宋一 「かいだん」
漢字とふりがなが生みだす二重性
高木 恭造 「吹雪」
原典に忠実に
高木 あき子 「ぞうの かくれんぼ」
視角的イメージを詩の形に
山村 暮鳥 「風景 純銀もざいく」
題名の役割 /有馬 敲 「かもつれっしゃ」 /有馬 敲 「せみ」
句読点
原田 直友 「かぼちゃのつるが」 /北村 太郎 「おそろしい夕方」
漢字表記のつくりだすイメージ
三好 達治 「祖母」 /木下 夕爾 「黒い蝿」 /吉野 弘 「夕焼け」 /宮沢 賢治 「烏百態」
文末と語尾
井上 ひさし 「なのだソング」
語法がつくる虚構の世界
草野 心平 「石」 /まど・みちお 「つけもののおもし」 /三好 達治 「雪」 /新美 南吉 「牛」
ことばのふしぎさ
ことばのはたらき─同音異義語
川崎 洋 「とる」
ことばのふしぎさ─イメージの筋(展開)
村野 四郎 「鹿」
声喩
おうち・やすゆき 「バッタのうた」 /武鹿 悦子 「はくさい ぎしぎし」
対比
阪田 寛夫 「おうむ」 /松谷 みよ子 「三日月」 /原田 直友 「村の人口」
否定態の表現
中野 重治 「浪」
つなぎことば
阪田 寛夫 「ひばりのす」 /香山 美子 「おきゃくさま」
声喩のおもしろさ
比喩と声喩
宮入 黎子 「から」 /八本 重吉 「母をおもう」 /工藤 直子・かまきり りゅうじ 「おれはかまきり」 /草野 心平 「春のうた」 /工藤 直子・いけ しずこ 「おと」 /有馬 敲 「かもつれっしゃ」
視点と対象の関係─声喩
谷川 俊太郎 「わるくち」
微妙なニュアンスの違い─声喩
高橋 忠治 「おっかけ歌」 /田中 冬二 「雪の日」
矛盾する感情を表現する─声喩
原田 直友 「はじめて小鳥が飛んだとき」
感情と感覚か表裏一体─声喩
中江 俊夫 「たべもの」
イメージの変身─声喩
武鹿 悦子 「はくさい ぎしぎし」
声喩的な使い方
三好 達治 「こんこんこな雪ふる朝に」
声喩と対になる比喩
まど・みちお 「音」
話者の心情─声喩
山田 今次 「あめ」
声喩を使った詩による詩論
まど・みちお 「音」
全ての表現は視点と対象の相関関係を表す
まど・みちお 「タンポポ」 /有馬 敲 「せみ」 /おうち・やすゆき 「バッタのうた」
比喩がつくる世界
比喩とは何か
いろいろな比喩
こわせ たまみ 「こゆび」 /丸山 薫 「北の春」 /村野 四郎 「夕だち」
視点と対象のひびき合い
吉田 定一 「うしさん うふふ」
比喩のはたらき
のろさかん 「ゆうひのてがみ」 /鈴木 敏史 「手紙」 /村野 四郎 「鉄棒」 /川崎 洋 「足」
場のイメージ・人物のイメージをつくる
三好 達治 「土」 /嶋岡 晨 「虻」 /三好 達治 「祖母」 /新美 南吉 「天国」
矛盾の構造を表した比楡
まど・みちお 「イナゴ」 /木下 夕爾 「黒い蝿」
現実をふまえ現実をこえる
佐藤 春夫 「海の若者」 /村野 四郎 「鹿」 /村野 四郎 「にじ色の魚」
比喩するものと比喩されるもの
黒田 三郎 「紙風船」
構造──もっとも基本的な類比と対比
構造とは何か
変化・発展する反復─類比
宮入黎子 「から」 /まと・みちお 「おさるが ふねを かきました」 /有馬 敲 「かもつれっしゃ」 /まど・みちお 「朝かくると」 /まど・みちお 「タンポポ」 /宮沢 賢治 「烏百態」 /丸山 薫 「風土」 /峠 三吉 「にんげんをかえせ」
類比であると同時に対比している
萩原 朔太郎 「竹」
類比(反復)によって生みだされる意味
三越 左千夫 「おちば」 /高木 あき子 「なわ一本」 /鈴木 敏史 「ゆきの なかの こいぬ」 /鶴見 正夫 「雨のうた」
いろいろな類比(反復)
谷川 俊太郎 「わるくち」 /鶴見 正夫 「きれいに なあれ」 /北村 蔦子 「かがみの そばを とおるとき」 /まど・みちお 「さかな」 /島田 陽子 「あかん」 /川崎 洋 「とる」 /谷川 俊太郎 「いるか」 /まど・みちお 「じこしょうかい」 /竹中 郁 「柱のしるし」 /山之口 獏 「歯車」 /他
変化・発展し対比する
まど・みちお 「つけもののおもし」 /嶋岡 晨 「虻」 /原田 直友 「すもう」 /高橋 忠治 「水すまし」
類比・対比が生みだす深いイメージ
類比であると同時に対比によって生む深いイメージ
まど・みちお 「くまさん」 /まど・みちお 「おばけならいうだろう」 /宮沢 賢治 「烏百態」 /新美 南吉 「牛」 /金子 みすヾ 「大漁」 /原田 直友 「村の人口」 /谷川 俊太郎 「であるとあるで」
矛盾は対比の高次元のもの
まど・みちお 「いわずに おれなくなる」 /北原 白秋 「落葉松」
類比と対比は虚構の方法
原田 直友 「すもう」
虚構とは意昧づけること
文芸の美──ユーモア
虚構の美
ユーモアのある詩
原田 直友 「きょうね」 /工藤 直子・みのむしせつこ 「はきはき」 /まど・みちお 「おさるが ふねを かきました」 /浦 かずお 「すいれんのはっぱ」 /川崎 洋 「へそ」 /吉田 定一 「うしさん うふふ」 /川崎 洋 「名づけあそびうた」 /島田 陽子 「うち 知ってんねん」 /有馬 敲 「せみ」
人物と読者の認識のズレ
新井 和 「うんどう会」
ユーモアの中に人物の真実か
高木 あき子 「ぞうの かくれんぼ」 /村野 四郎 「夕だち」 /片岡 文雄 「六月のうた」 /まど・みちお 「くまさん」 /北村 蔦子 「かがみの そばを とおるとき」 /阪田 寛夫 「練習問題」
視点との関係で生まれるユーモア
香山 美子 「おきゃくさま」
笑えないユーモア
まど・みちお 「すいぞくかん」
文芸の美──ファンタジー
ファンタジーは二つに色分けされる
谷川 俊太郎 「みち」
全部ひらがな書きになっていることが/野原ではなく<せかい>となっていることで/まぶしさの二重の意味/「みち」のおもしろさ(美)
村野 四郎「にじ色の魚」
<にじ色>だからこそ/<ゆめ>の二重の意味
みずかみ かずよ 「馬でかければ─阿蘇草千里」
現実をふまえながら非現実へ/現実に海や波があるのではないが/イメージのつながり
幻想的な詩
佐藤 春夫 「海の若者」 /小野 十三郎 「山頂から」 /他
詩における美の構造──真と美
詩の真と美
三越左千夫 「おちば」 /嶋岡 晨 「虻」 /おうち・やすゆき 「バッタのうた」 /まど・みちお 「イナゴ」 /北川 冬彦 「雑草」 /村野 四郎 「夕だち」 /高橋 忠治 「水すまし」 /高見 順 「われは草なり」 /北原 白秋 「落葉松」 /室生 犀星 「寂しき春」
表現のしかたによる矛盾
草野心平 「石」 /中江 俊夫 「たべもの」 /まど・みちお 「つけもののおもし」 /三好 達治 「土」 /三好 達治 「雪」/中野 重治「浪」 /松谷 みよ子 「三日月」 /谷川 俊太郎 「であるとあるで」 /武鹿 悦子 「はくさい ぎしぎし」 /まど・みちお 「音」 /新美 南吉 「天国」 /原田 直友 「かぼちゃのつるが」 /小野 十三郎 「山頂から」 /佐藤 春夫 「海の若者」 /北村 蔦子 「かがみの そばを とおるとき」
作品と読者か対話する中に生まれる
山田 今次 「あめ」 /高浜 虚子 「金亀虫──」

刊行に当たって◎詩とは何か──詩の理論と方法

 詩とは何か1次の詩をひきあいにして考えてみましょう。


    キリン

         まど・みちお

  キリンを ごらん

  足が あるくよ


  顔


  くびが おしてゆく

  そらの なかの

  顔


  キリンを ごらん

  足が あるくよ

       (『まど・みちお全詩集』理論社)


 子どもにわかるやさしいことばで書かれています。題材のキリンも子どものよく知っている動物です。

 この詩は一読して、キリンの<ようす>はよくわかります。キリンを見ている人物の<きもち>も想像がつきます。<ようす>と<きもち>の読みとりに終始する読解指導なら、誰でも手軽にできるでしょう。

 しかし、これから私の出す問いについて、どれだけ、あなたは正しく答えられるでしょうか。まず、詩を読んで、考えてみてください。

 「足で、あるく」と言わずに、なぜ、<足が あるくよ>となるのでしょう。なぜ、<足が あるくよ>

と、わかりきったことを言うのでしょうか。それに、<あるく><くび><そら>などは平仮名なのに、なぜ、<足>と<顔>だけが漢字なのでしょうか。

 どうして<くびが おしてゆく/そらの なかの>という変な言い方をしているのでしょうか。また、なぜ、「そらのなかの 顔」とつづけないで、<顔>だけ、わざわざ行をあらためているのでしょうか。

 初連と終連は、おなしことばです(反復)。でも、両者のちがいがわかりますか。

 さいごに、もう一問。この詩は、キリンのことをわかってもらいたいのでしょうか。この詩は何を訴えているのでしょう。つまり、この詩の主題(テーマ)と思想は何でしょう。

 この詩にかぎらず、詩というものは物語などにくらべて、たいへん短く、そして、むつかしい文字やことばもすくなく、知らない事柄というものはありません(<ようす>と<きもち>の読みとりなら、すぐ出来ます)。

 それなのに、いざ、ほんとうにわかりたいと思って読むと、先に述べたように、わからなくなるのです。「キリン」という詩ひとつ、とりあげて、いまのように問いかけてみてください。おそらく、この問いのすべてに正しく答えられる読者はいないと思います(もし、あなたが、これらの問いにすべて答えられるとしたら、もう本書を読む必要はないのです)。

 このような問いと答えは、詩というものが、<ことばの芸術>であり、<虚構>であるという本質からみちびき出されるものです。そして、この問いに答えるためには、文芸学の理論を学ぶ以外にありません。

 ところで、この詩「キリン」をとりあげて授業するのは何のためでしょう。この詩で何を教え、何を学ばせ、どんな力を育てたらいいのでしょう。

 この問いに答えるのは、教育的認識論(ものの見方・考え方)です。

 本書は、近現代詩、子どもの詩のなかから教材としてすぐれたものを数多く選び、西郷文芸学と教育的認識論をふまえて、具体的にくわしく、やさしく講義したものです。

 本書を読まれて、詩に興味・関心をもたれた方は、私の『西郷竹彦文芸・教育全集』(恒文社)のうち、第9巻、第29巻、第30巻の一読をおすすめします。


  一九九八年四月   文芸教育研究協議会会長 /西郷 竹彦

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