鍛える国語教室シリーズ10
国語教師・新名人への道

鍛える国語教室シリーズ10国語教師・新名人への道

好評4刷

書評掲載中

かつて教壇には名人が多く存在した。

本書の序文で著者は次のように訴える。「かつて教壇には名人が多く存在し、後進にも大きな励みを与えていた。しかし近頃それを聞かない。名人が存在するということは、後に続く者の手本があるということである」と。ベテラン教師の修業の生きざまが参考になる。


紙版価格: 2,300円+税

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電子書籍版: なし

ISBN:
4-18-520014-5
ジャンル:
国語
刊行:
4刷
対象:
小・中
仕様:
A5判 208頁
状態:
在庫僅少
出荷:
2020年1月24日
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目次

もくじの詳細表示

新装版のための序文
1 出合い
出会いその1
どのような人と、どう出合ってきたか─私をゆさぶった人・変えてくれた人─
「君、原案を出したまえ」
「技術は、百発百中でなくては─」
「経験は意図的に積み─」
◇私にとっての人との出合い
出会いその2
何を、いつ、どう読んできたか─読む楽しみを教えてくれた本─
「教育ではなく、おおかたは発達……」
「教授の姿は、とつぜん見えなくなった……」
「教師には三つの型がある」
◇私にとっての本との出合い
出会いその3
どんな授業から、何を学んできたか─我以外、皆我が師─
「くす、くすっという笑い」
「〜と、言いましたあっ。」
「みんな音楽の先生になりたくなる……」
◇私にとっての授業との出合い
2 修業
修業その1
教材研究をどう進めてきたか─危ふきはその本を尋ぬべし─
文学教育の会の中から
素材研究ということ
指導事項の精選
指導法の創案
◇私にとっての教材研究
修業その2
授業の腕をどう磨いてきたか─今もそのことにこだわって─
明快さを求めて
眼目の自覚
反応の誘発─問いについて
主体化の工夫─作業について
面白さへの着目
質よりも量─見てもらう場数
◇私にとって授業とは
修業その3
不得手のことにどう挑んできたか─最大の収穫だった書道の練習─
文字は記号に過ぎない?
辛さの自覚から発奮
五年間の修業
五年間の練習から得たもの
◇私にとっての文字修業
どのような文章修業をしてきたか─三多の原理に如くはなし─
作文「チロ」でほめられる
手紙の読み役になって
家族の俳句会
父の一喝
向山先生の文体による開眼
◇私にとっての文章修業
修業その4
どのような研修をどう積んできたか─国語科にこだわり続けて─
国語だけが「優」だった
父の影響を大いに受けて
右手と左手の使い分け
ターゲットの絞りこみ
出かけていこう、見てやろう
実践からの理論化をこそ
◇私にとっての国語研修の道
3 探究
探究その1
何を求め、何を疑ってきたか─自分への納得を求めて─
つまらない名作?
新国語科か
「大きなかぶ」に噛みつく
◇自分の頭で考えるということ
探究その2
「話術」にどうこだわり、どう高めてきたか─うまい話も、下手な話もためになる─
退屈この上ない国語の授業・その分析
二つの名講演から学んだもの
私の話術─そのノウハウ
聴衆反応ということ
◇私にとっての話し方
探究その3
「司会」にどうこだわり、どうこなしてきたか─司会修業は、授業の修業─
ワンパターンへの失望と不快
「サクラ」ということ
単純化の功
指名こそが礼儀
附属中での連続司会
◇司会のたいせつさ
探究その4
「国語人としての視野」をどう広げてきたか─文芸に親しみ、創作に努める─
『少年探偵団』に魅せられて
俳句に触れる
短歌との出合い
文章を綴るということ
◇創作ということ
探究その5
「上達の筋道」をどう構想するか─心にとめてきたいくつかのこと─
素直さ、ということ
成功と傲り
守・破・離、のこと
◇面白さ、ということ
あとがき

新装版のための序文

 本書の原版は、一九八九年(昭和64年)に日本書籍から『名人への道・国語教師』という書名で刊行されたものです。刊行後間もなく版を重ね、その後も多くの方に読まれ続けて九年めに第八刷になりました。私の本のほとんどは明治図書出版からのものですが、本書だけはその点で特異なものでした。ほとんど宣伝らしい宣伝もないままでしたが、人から人へと伝えられて多くの方々に親しまれる結果となりました。著者としてこの上ない喜びです。

 『名人への道』はシリーズで、国語、社会、算数、理科、道徳、学級づくり、授業づくりの七冊が刊行されたのですが、国語と社会(有田和正氏著)だけが版を重ねて現在に至っています。このシリーズを作るにあたって、シリーズ全篇を貫くメッセージを書こうということになって、その文章は私が書かせて貰いました。以下がそれです。


  かつて教壇には「名人」が多く存在し、後進にも大きな励みを与えていた。

  しかし、近頃それを聞かない。

  まことに淋しいことである。

  「名人」が存在するということは、後に続く者の手本があるということであり、「名人」がいないということは、自らの範とするモデルが存在しないということである。

  めあての定かでない手さぐりの修業は、時に頼りなく覚束ない。

  「名人」の輩出を希うのは、自らを高めようとする真摯な実践者の共通の想いであろう。

  そこで、「名人」に憧れ、「名人」を愛し、「名人」への域をめざして、今もなおひたむきに修業を続けるベテラン教師の登壇を乞い、ここにその「名人への道」を、存分に、詳しく、かつ楽しく語ってもらうシリーズを企画する。

  ベテラン教師の修業の生きざまは、必ずや心ある後進への大きな励みとなるに違いない。


 読み返してみて今もこの思いに変わりがありません。現在は「生涯学習社会」という言葉が生まれ、広く知られています。いい言葉です。まさに私達は「生涯学習者」でありたいと思います。私は、間もなく満六十八歳になりますが、今も全国のすばらしい先生方との勉強会に仲間入りをしながら、「生涯学習者」としての道を歩んでいます。憧れ続けている「名人」の域には今もって到底及びませんけれども、憧れを持ち続け、それに近づこうとして歩む日々の充実感は、中々いいものです。

 この度、明治図書出版の江部満編集長のご厚意によって、しばらく入手不能の状態でありました本書が、装いを改めて、『鍛える国語教室シリーズ』の一冊として公刊されることとなりました。このような形で再び多くの方々とのご縁が生まれることになり、私は大変光栄に思い、心から喜んでおります。新装版とはしましたが、中味については何一つ改めてはおりません。旧版のままです。今もなお本書をお読み下さった方々からの喜びや励ましのお便りを戴いていますので、私は一切手を加えずに新しい方々とのご縁をも戴こうと考えたのです。

 一言で本書の内容を言えば、私の「修業抄」ということになります。私がこれまでにどのようにして教師としての力量形成を図ってきたかというありのままの足跡です。私は、何の飾りもなく、正直にそれらを綴りました。原版の初版を出してから十五年の歳月が流れ、改めて思うことがあります。それは、私の今日あるは「全て人様のお蔭」という実感です。私の教師人生は全く以てすばらしい師匠、先達、先輩、先生方との出合い、導き、叱咤、鞭撻の賜であります。自分の力で一体何をしてきたというのだろうかと省みると、まさに汗顔の至り、非力の自責あるのみです。本当に、しみじみと思うのです。私は、大恩をいっぱいいっぱい戴いてきた世にも珍しい果報者であると─。唯々、感謝あるのみです。

 そこで、私のこれからの人生は、これらの大恩、高恩にお報いしていくことが肝腎と思い至っております。私のこれからの人生は、まさに「報恩の人生」でありたいと思うのです。今もって尚未熟の点については、先達、先輩を見習って「名人への道」を歩み続けつつ、その片側では私のできる役立つことがあるならば、喜んでそれをさせて戴こうという心境です。本書をご縁に、共に教師人生の一層の充実が図られることになれば、著者としてこれに勝る喜びはありません。終わりになりましたが、本書にご縁を戴きました読者の方々のご発展を心よりお祈り申し上げます。


  平成十五年九月七日 秋の稲刈の初日を終えて   /野口 芳宏 記す

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