- まえがき
- 序章 国語科授業技法の基礎基本
- 一 時をおさえて、その時に相応しい言葉を教える
- 1 爽涼
- 2 小春日和
- 3 嵐
- 二 「授業とは何か」……授業の目的、内容、方法
- 1 授業の目的は、学力形成である
- 2 授業の内容は、「価値ある指導事項」であるべきだ
- 3 授業の方法は、「明快」であるべきだ
- 三 授業の場面で培う「力量を高める三つのステップ」
- 1 授業者は、どんな学力を形成したのかをふり返る習慣を持て
- 2 学力の形成手続きを吟味せよ
- 3 授業から「原理原則」や「技法」を抽出せよ
- 四 実践埋没型教師になってはいけない
- 五 学力を形成する授業技法
- 1 「作業化」の大切さ
- 2 「挙手、指名」から「作業、巡視、指名方式」へ
- 3 ノート作業は小刻みにさせよ
- 4 立場が関心を左右する
- 六 発言指導の基礎基本
- 1 ズバリと言わせよ
- 2 「す」ではなく、「か」で終わらせよ
- 3 「話し合い」から「討論」へ
- T 授業の話術の大切さ
- 一 話しことばと人間関係
- 二 不可欠の教育手段としての話術
- 三 ことばの五つの働き
- 四 話術で子どもに裁かれる
- U 私の話術七戒
- 一 明快に話す
- 二 簡潔に話す
- 三 具体的に話す
- 四 沈黙と間を生かす
- 五 聴衆分析をする
- 六 視線を合わす
- 七 ぶらずに、らしゅうせよ
- V 「導入」のポイント話術
- 一 前時とつなげる話術
- 1 前時とつなげる場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 原則として教師が行う/(2) 短くあっさりとすませる/(3) 本時のガイドこそが大切
- 二 導入と興味づけの話術
- 1 導入と興味づけの場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) さわやかにさらりと言う/(2) 希望と期待を持たせる/(3) 手際よく教師から話す
- 三 課題意識を高める話術
- 1 課題意識を高める場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 解決への意欲を持たせる/(2) 具体的に話す/(3) 興味や関心に合わせる
- W 「集中」させるポイント話術
- 一 うわついて散漫な時
- 1 うわついて散漫な場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 弱味を見せない/(2) 作業を命じる/(3) 真剣に叱る
- 二 話し合いが横道に外れた時
- 1 話し合いが横道に外れた場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 早期発見に努める/(2) 打ち切る/(3) 本題に戻す
- 三 一問一答になってしまった時
- 1 一問一答になってしまった場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) ノートによって多様な答を引き出す/(2) 指名を正答児に偏らせない/(3) 子どもの三角形を作る/(4) 発展性のある問い方をする
- 四 教師の一方的なリードになった時
- 1 教師の一方的なリードになった場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 黒板や教壇から離れて子どもの中に入っていく/(2) グループ学習をとり入れる/(3) 評価、判定を子どもにさせる/(4) 対立や討輪の場を組織する
- X 「追究」を深めるポイント話術
- 一 指示と命令
- 1 指示と命令が必要な場面
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 明快な指示をする/(2) 具体的な指示をする/(3) 理由や目的の納得をさせる
- 二 説明と解説
- 1 説明と解説が必要な場面
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 時機を考える/(2) 目的と機能を考える/(3) 具体と抽象を組み合わせる
- 三 問いとゆさぶり
- 1 問いとゆさぶりが必要な場面
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 基本的に教師が作るもの/(2) 理想と現実のずれの診断をする/(3) 落差を鮮明にする/(4) 選択を迫る/(5) 練り上げる
- 四 診断と評価
- 1 診断と評価の必要な場面
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 反応をとらえて/(2) 立場をはっきりさせて/(3) 表情を見ながら
- 五 区切りと束ね
- 1 区切りと束ねの必要な場面
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 成果をはっきりさせる/(2) 課題の確認をする/(3) 幹に戻す
- 六 発言の受けとめ方、生かし方
- 1 発言を受けとめ、生かす場面
- 2 そこでのポイント話術
- (1) すぐに肯定しない/(2) 無視もまた大切に/(3) 誤答、奇答も大切に/(4) 受けとめ方を多様に/(5) 謙虚な耳を持つ
- Y 明るさを生むポイント話術
- 一 緊張しすぎている時
- 1 緊張しすぎている場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 教師がくだける/(2) 冒険を許す/(3) 問いをやさしくする/(4) 作業的な学習を課す/(5) 笑いをとり入れる
- 二 雰囲気が白けてきた時
- 1 雰囲気が白けてきた場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 個人に問う/(2) ユーモアを入れる/(3) 課題の適否を考える/(4) 対立を作る
- 三 発言者が偏った時
- 1 発言者が偏った場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) ノートに書かせる/(2) 表情を観察する/(3) 多様な答を歓迎する/(4) 機械的に全員を指名する
- Z 確かな「まとめ」のポイント話術
- 一 まとめと確認のために
- 1 まとめと確認が必要な場面とは
- 2 そのためのポイント話術
- (1) タイトルでまとめる/(2) 経過をまとめる/(3) 板書を生かす
- 二 納得と感動を促す
- 1 納得と感動を促す場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 共感に訴える/(2) 話だけに頼らない/(3) 自分の経験と結ばせる
- 三 次時へのつながりを持たせる
- 1 次時へのつながりを持たせる場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 次時の課題を明らかにする/(2) 次時への期待を持たせる
- 四 余韻と残心を生み出す
- 1 余韻と残心を生み出す場面とは
- 2 そこでのポイント話術
- (1) 励ましや希望のことばを贈る/(2) いたわりのことばを贈る/(3) 感謝のことばを贈る
- [ 話術の貧困の自覚と反省を
- 一 教師の話術の意外な貧困性
- 二 教師の話術の一般病理
- 1 やや横柄で傲慢な点はないか
- 2 教えぐせと説法口調はないか
- 3 くどくて長い傾向はないか
- 4 反省や工夫に乏しくはないか
- 5 一方的で偏ってはいないか
- 6 ことばづかいは上品か
- \ 授業話術の修練
- 一 授業話術修練の必要
- 1 よりよくわからせるために
- 2 楽しい学校生活のために
- 3 すぐれたプロとなるために
- 二 話術のメカニズムの解明
- 1 話術のメカニズムの仮説――支配層・規制層・技術層
- 2 話術を支配するもの(支配層)
- (1) 話す目的/(2) 話す相手/(3) 話す場面
- 3 話術を規制するもの(規制層)
- (1) 適切な内容/(2) 適切な用語法/(3) 適切な態度/(4) 適切な技術
- 4 話術を高めるもの(技術層)
- (1) 教える立場をふり返る/(2) 他の人の話を分析する/(3) 自分で課題を持ち、挑む
- 三 授業話術の自己評価表
- ] 話術に豊かな品位を
- 一 話し方の個性
- 1 方言とアクセントの個性
- 2 能弁と訥弁の個性
- 3 男ことばと女ことばの個性
- 二 話し方の品位――結びにかえて――
- 1 温かい嘘と冷たい本当
- 2 完全説得の不完全性
- 3 やがてわかるだろう、というゆとり
- 初版のあとがき
- 増補版のあとがき
まえがき
教師は、子どもたちに向かっていつでも話しかけ、語りかけ、説明しています。ですから、世間の一般の方々からは、先生というものは話し方が上手だ、というように考えられています。確かにそのような、話し方の上手な教師もいます。しかし、概して教師の話は上手ではありません。職員会議における説明や発言でも、PTAの方々に向けての講話でも、さらに最も得意であるはずの授業場面の話し方でも、「上手だなあ」と思う先生は稀です。一体、これはどうしてなのでしょうか。
教師の話し方が必ずしも上手でない理由が二つある、と私は考えています。一つは、話し言葉というものの日常性に起因します。これは教師に限ったことではありませんが、私たちはふだん朝起きてから夜眠りにつくまで、必要に応じて話をし、話を聞き、格別の支障を感ずることなく用が足りています。こういう日々が連続しています。ですから「話し方で困った」という自覚が一般に稀薄です。「何とか足りている」という安堵感から、話し言葉に注目し、もっと上手に話せるようにしたい、というような自覚は持たないのが一般です。話したり、聞いたりすることへのこのような「慣れ」が、話し言葉を磨く機会を失わせているのだと思います。
もう一つは、教師の特性として「相手が子ども」という条件から生ずる問題です。私たちは、子どもから「先生の話はわかりにくい」とか「先生の話し方は下手だ」というような批判をされることはまずありません。教師の話し方が悪いために子どもが飽きてしまったり、脇見をしたり、手いじりをしたりしても、それを教師の話術の貧困が生む現象だというようには考えないのが普通です。それどころか、そういう子どもを「学習態度が悪い」ととらえ、叱ったり、たしなめたりする形でその場を繕ってしまいがちです。これは、本末転倒なのですが、こういう事態は日常茶飯的に生じているとは言えないでしょうか。こうして、話術の大切な反省、改善の機会を教師は失いがちです。
ところで、この問題は教師の「話し下手」という現象的な把握では済ませない問題を孕んでいます。実は、教師の話術の貧しさは、子どもの学力形成の上に大きな負の影響を与えているからです。これは重大なことです。子どもは何のために毎日学校に来るのでしょうか。子どもたちは、授業によって学力を形成する為に毎日学校に通って来ているのです。そのことだけが目的ではありませんけれども、まずは、そのように考えて誤りはないでしょう。そして、授業のおおかたは、教師の話し言葉とのかかわりで進行します。話し方の上手な教師に教わる子どもは、わかりやすく、楽しく学力を形成していけるのに対して、話し下手の教師に担任された子どもは気の毒です。わかりにくく、そのために苦しく、退屈な授業を受け続けなければなりません。これでは、学力は十分に形成されると期待する方が無理です。
授業における教師の話し方を、技術的に高めることは、教師としての基底的な研修事項だと言えるでしょう。教師の話術が高まれば、子どもの表情が輝いてきます。子どもが明るくなります。学校の一日のほとんどを占める授業が楽しく、わかりやすくなれば、子どもにとって学校は楽しい場に生まれ変わります。その為に、この本はきっと役立てて貰えるに違いありません。本書は、今回三度めの増補・改訂をして刊行されることになりました。初めての刊行は一九八二年ですから、ざっと今から四半世紀もの昔になります。本書は、この間、ずっと続刊され、夥しい読者の方々に愛読されてきました。著者として本当に嬉しく、有難いことです。
今回三訂版の増補改訂に当たり、新たに「序章」を加えることにしました。その内容は「国語科授業技法の基礎基本」です。授業における話術を考える前に、まず、「授業そのもの」の本質、根本をしっかりと理解しておくべきだという考えから加えたものです。ぜひ、まずこの「序章」を読まれてから、具体的な各論に進まれるようにと、私は望んでいます。後の理解がずっとしやすくなることでしょう。本書もまた、明治図書出版の江部満編集長にひとかたならぬご高教を戴いて刊行の運びとなりました。心から御礼を申し上げます。有難うございました。
平成一八年五月七日 さみだれに洗われた新緑の滴りの中で /野口 芳宏 記す
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- 明治図書