こんなところに秘密があった! クラス&授業が楽しくなる「本当の理由」

こんなところに秘密があった! クラス&授業が楽しくなる「本当の理由」

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効果バツグン!学級&授業づくりの“しかけ”アラカルト

教育活動には「なぜ、それをするのか」という理由があります。「そのことを意識して行うか」で、子ども達の育ちにも大きな差が出てきます。本書は、クラス&授業が楽しくなる「本当の理由」として、効果バツグンの“学級・授業づくりのしかけ”とその効用を紹介します。


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ISBN:
978-4-18-126414-7
ジャンル:
学級経営
刊行:
対象:
小・中・高
仕様:
A5判 132頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第

目次

もくじの詳細表示

少し長いまえがき
第1章 朝の部
1 寿限無寿限無五劫の擦り切れ……長いわっ!!
学級目標を決める本当の理由
2 佐々木! おいっ! 佐々木! おいっ!
子どもの名前は呼び捨てにしてはいけません! という本当の理由
3 挨拶をすることが好きですか?
挨拶をする本当の理由
4 挨拶指導は音読指導
「おはようございます!」を何通りかで言う本当の理由
5 罪を憎んで人を憎まず
時には宿題忘れを許す……本当の理由
6 全力少女と全力少年
全力じゃんけんをする……本当の理由
7 騒いだ後はお静かに!
ミュートじゃんけんをする本当の理由
8 敵は自分の中にあった
10ます計算で「×0」をさせる本当の理由
9 伸びたか? 伸びていないか?
タイマーではなくストップウォッチを使う本当の理由
10 何や,あいつも俺といっしょやん。
あまりのある割り算プリントを10秒でさせる本当の理由
第2章 午前の部
11 最初と最後を褒めまくれ
授業の最初は必ず音読から入る本当の理由
12 相互指名より列指名
列指名を多用する本当の理由
13 教室の主役は子どもたち
指名なし討論を行う本当の理由
14 1人を見るか全員を見るか
俵原が机間巡視を机間巡指と言う本当の理由
15 発問というものは……
あえてあたり前のことを聞く本当の理由
16 気持ちを問う発問は是か非か
物語文でこの発問をする本当の理由
17 幸せ発見力をつける
有田式ワークをする本当の理由
第3章 午後の部
18 意味のない会話のススメ
給食は子どもたちと一緒に食べる本当の理由
19 先生のちょっといいとこ見てみたい
子どもたちと遊ぶ本当の理由
20 ここにいるぜぇ!
教師が教室にいる本当の理由
21 楽しいだけじゃないんです
教室にけん玉を置く本当の理由
22 1人の子どもを大切にしようという発想
掃除当番を固定化する本当の理由
23 つながる指導と鍛える指導
このネタをする本当の理由
1 対「つながる指導」ネタ・アラカルト
国獣の授業 /ポルシェより高いものは何? /おまいら天才や!! /クッキーはいくつあるでしょう /譲二の言葉〜暗唱教材〜 /いいかげんにしろ! /ペアドッジ /とくだがわ動物園 /「と」で始まって「と」で終わる言葉
2 対「鍛える指導」ネタ・アラカルト
漢字を使いこなせ! /いろいろ都道府県 /うちの子は文章題が苦手なんですが…… /それなりの感想文を書かせる方法 /豊臣秀吉の脳内メーカー
24 Happy endでみんなHappy!
朝の挨拶よりサヨウナラにこだわる本当の理由
第4章 放課後の部
25 ○ですか? ×ですか?
自分で答え合わせをさせる本当の理由
26 んなこったぁ,どうだっていい!
日記の返事がすらすら書ける本当の理由
27 お持ち帰りしてはいけません。
ノートを集めない本当の理由
28 本当の理由はわかっているけど
研究授業をする本当の理由
29 仕事を憂鬱にしないために
教材研究をする本当の理由
30 めんどくさい裏にも意味がある
報告書を書く本当の理由
31 上辺ばかり気にして弱さ見せない癖に……
ほうれんそうを大切にする本当の理由
32 声が違う? 年が違う? 夢が違う? ほくろが違う?
本で読んだ通りにならない本当の理由
33 めざせ! リア充!!
セミナーや本に没頭するなという本当の理由
34 皆様あっての私です
地域の行事に参加する本当の理由
第5章 おまけ実物資料(コピーして使用可)
1 あまりのある割り算プリント
2 音読カード
3 1個見て10ワーク
4 脳内メーカー
あとがき

少し長いまえがき……

 授業中に,子どものノートをチェックする場面を思い浮かべてください。


  あなたはどうしていますか?


 その方法を,ざっくり2つに分けると,次のようになります。


  1 教師が子どものところに見に行く。

  2 子どもが教師のところに見せに来る。


 1の方法で代表的なものは,机間巡指でノートを見るという方法です。(私は「机間巡視」「机間指導」のことを「机間巡指」と言っています。その理由は本編―第2章の14など―をお読みください。)


 2の方法で代表的なものは,向山洋一氏の実践で有名な「3問目ができたら,先生のところにノートを持ってきてください」という,教師のところにノートを持ってこさせるという方法です。

 あなたは,机間巡指派ですか?

 それとも,持ってこさせる派ですか?

 当然,それぞれに言い分があるはずです。


 では,お互いどのような言い分があるか両者が議論したとして,シミュレーションしてみましょう。

 次のような感じになるはずです。


〈机間巡指派〉:「教師のところにノートを持ってこさせると,列ができます。そうなると待っている間に,子どもたちの集中力がなくなり,私語をしたり遊んだりし始めます。そして,教室が騒然となります」

〈持ってこさせる派〉:「列ができるようなノートの見方をしていることこそ,素人の証拠。プロのノートチェックは,列など作りません」

〈机間巡指派〉:「遊ばなくても,待っている間は明らかにロスタイムですよね。机間巡指の場合,そのようなロスタイムは作りません」

〈持ってこさせる派〉:「いや,ロスタイムという点では,机間巡指の場合,教師が自分の場所に来るまで自分の席で待っているということになります。1人の子の側に座って個別指導をしている姿をよく見かけますよ。教師が自分の席にくるまで待っているなんて,それこそ,ロスタイムなんじゃないですか。自分が見てほしいタイミングで見てもらえるこちらの方が,ロスタイムは少ないと思いますが」

〈机間巡指派〉:「そんな机間巡指をしていることこそ,素人の証拠。プロの机間巡指はそのようなことはありません」


 ……と,お互いの理由はあるのですが,これ以上おこなっても堂々巡りになりそうなので,シミュレーションはこの辺で終わります。

 で,結局どちらがいいのでしょうか?

 どちらが正解なのでしょうか?

 不肖俵原の考えはこうです。


  ドロー!!


 みんな違って,みんないいんです。

 正しい答えなんてありません。

 空海を主人公として描いた小説『沙門空海唐の国にて鬼と宴する』(夢枕獏著・徳間文庫)に,次のような記述があります。


  「この石と,あそこの桃の花と,どちらが正しくて,どちらが正しくないのだ?」

  唐の都で,空海は逸勢に問う。(中略)

  「この石とあの桃の花と,どちらが正しくてどちらが正しくないかということなど答えられないではないか」

  「その通りさ,逸勢」

  「あるものが正しくて,あるものが正しくないなぞと言う時,それは天地の理がそう言うているのではない。人がそう言うているのだ」

  「うむ」

  「あるものを正しい正しくないと区別するというのは,それは人の理ぞ」


 あっ,ちなみに上のような台詞,実在の空海はたぶん言っていません。あくまでもフィクション。夢枕氏の創作です。

 ただ,実在の空海もこんな感じだったんでしょう。


 つまり,「机間巡指だ」「持ってこさせるんだ」とこだわるのは,あくまでも人の理。

 だから,天地の理で考えて,ドローということです(笑)。


 ただ,実際の俵原はどうかというと,よく使っているのは机間巡指の方です。

 当然,素人の机間巡指ではなく,プロの机間巡指(「プロの〜」という表現,なんか自分でいうと笑ってしまいます。)を行っていますので,1人の子どものところで留まっていることはありません。5分のノート作業中に教室を4周ほどまわります。そのような机間巡指を1日の内に何度も行います。

 教師のオーラを子どもたちに伝えるためにも,とにかく回数をこなしているのです。私にとって,机間巡指には,学習指導という側面よりも,「子どもとつながる」という本当の理由があるからです。

 だからとって,教師のところに持ってこさせるという方法を使っていないのかといえば,答えはノーです。

 自分が見せたいタイミングで子どもたちがノートを持ってくることができるという利点は無視することができません。また,1行だけ書いたものをチェックするような場合は,机間巡指よりも効率がいいのも確かです。

 そのような場面では机間巡指を使わず,子どもたちにノートを持ってこさせます。

 それぞれにいいところ,そうでないところがあるわけです。

 全てに万能なものなんてありません。

 子どもたちの実態やなぜそれを教師が使うのかという裏の意味をしっかり押さえた上で,取捨選択すればいいのです。

 これが,教師の理です。

 要は,使いどころをしっかりと押さえることが大切なわけです。

 全ての教育活動に,


  なぜ,それをするのか……という本当の理由


があります。

 それは,「なぜ研究授業をするのか」という普遍的なものもあれば,「朝の挨拶よりサヨウナラにこだわる」というような子どもの実態や教師の思いによって変わるものもあります。

 ただし,どちらにしても,そのことを意識して実践をおこなうのと,おこなわないのとでは,子どもたちの育ちに大きな差が出てきます。

 それなのに,多くの教師はそのことに対して無自覚です。


  1つ1つの実践の意味をもっと意識してほしい


ということです。

 無意識におこなっていた教育活動を意識化することによって,学級づくりや授業づくりは変わっていきます。

 本書は,こういう思いがあるからこの実践をおこなっているという点に焦点をあてて書かせてもらいました。


 俵原なりの“本当の理由”です。


   /俵原 正仁

著者紹介

俵原 正仁(たわらはら まさひと)著書を検索»

1963年,兵庫県生まれ。通称“たわせん”と呼ばれている。兵庫教育大学を卒業後,兵庫県の公立小学校教諭として勤務。「笑顔の教師が子どもを育てる」という『笑育』なるコンセプトによるユニークな実践は,朝日新聞,朝日放送「おはよう朝日です」などマスコミにも取り上げられた。教育雑誌に執筆多数。教材・授業開発研究所「笑育部会」代表。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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    • 物事の本質がたくさん書かれてあり、とても勉強にたりました。
      2016/11/1930代・小学校教員

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